第39話 ポヨピオンにて
「この町は鳥の町って呼ばれているんだ」
風に乗って、鳥の羽ばたく音が薄暗い空に聞こえてきた。あたしは不意に空を見上げると、音は通り過ぎていった。
「鳥の町? 鳥でも飼ってるの?」
見上げるのを止めて、あたしは先導するリバトの小さな背中から離れないように歩調を合わせた。
「うん、まあ、そう取れなくもないかな」
リバトは鳥を放つみたいに、ボールを両手で空へ放り投げては、戻ってきたのを抱きしめるように捕まえた。
「この町には恵みの鳥っていう鳥がやってくるんだ。白くて大きな翼をはためかせてさ。その鳥は僕たちの生活に潤いをもたらしてくれる、大地の恵みを届けてくれんだ」
「大地の恵みって……水とか?」
あたしはそれが必要なものだと思って素直に問いかけた。リバトは軽く笑ってから首を振った。
「それもたしかに恵みだけどね。僕たちに届けてくれるのは食べ物のほうだよ。食べ物と言っても小さな種で、それを植えれば食べ物になるものさ」
「へぇー」
食べ物の種を届ける鳥。誰かの飼っている鳥かしら? その種を作ってこの町に届けているみたいだけど、どういう関係なのかしら。
「その代わり、クリスタルメサーチアをその鳥にあげるんだ」
「そうなの!?」
たしかヴィヴォラがクリスタルメサーチアは木にひとつしか実をつけないって言っていたわ。となると、この町の飢えか姉の体を治すのどちらかになるわ。
虎がもし食べていた場合。この町に恵みを与えてくれる鳥に果実を差し出せないから町は飢える。あたしが果実を持ち帰らないと、姉は治してもらえないしムリッタがヴィヴォラの奴隷になってしまう。
彼女のことだから、盗まれたって言っても「途中で食べたんだろ」とか言ってきて、ムリッタを返してもらえないかもしれないわ。どのみち、虎に会うしかなさそうね。
「その果実がなると恵みの鳥が現れる。だから、もうすぐこの町に飛んでくるんだ」
「ねぇリバト、もし、その鳥にクリスタルメサーチアをあげなかったらどうなるの?」
リバトは口を結んで地面にボールを叩きつけた。考えているのか何回かそれをやったあと、うつむいてため息まじりに返した。
「わからないよ、今までこんなことなかったから。たぶん、恵みの鳥はもう僕たちに種を届けてくれないかもしれない」
たとえば、虎が食べてなくて、どうにかしてクリスタルメサーチアを手に入れる。でも、恵みの鳥にあげてしまえば、あたしはその果実を手に入れることはできず、姉の体も治せない。
果実って言うくらいだから、半分とかにすればいいって思ったけど、ヴィヴォラにはあたしが食べたとしか思わないかも。それに、恵みの鳥には丸ごとあげているはずだわ、きっと。
少年のあとについて行くと、あたしたちがさっきのぼってきた階段を下りて、噴水のところへ来た。
「この噴水の鳥だよ、恵みの鳥って。実際はもっと大きいんだけどね」
大きな鳥の翼を広げた背中が、自由へ羽ばたく強さみたいなものを物語っているように感じた。
リバトは偉大なものに憧れてるような純粋な瞳を輝かせて、その鳥のオブジェに微笑みをかけていた。
「名前はプグラーストっていうんだ。恵みを与える鳥っていう意味さ」
「ふうん、その鳥って誰かが飼ってるの? 名前がついているってことは」
あたしの言った言葉が通じなかったのか、リバトは首を傾げて少し笑って答えた。
「はは、違うよ、名前は僕たちがつけたんだ。それと、果実がなったらどこからか飛んでくるから、誰かが飼ってるとかは、わからないよ」
「最初はどうだったの? その、どういう出会いだったのプグラーストとは」
リバトはボールを見つめながら眉根を寄せてなにかを思い返しているみたいだった。それから思い出したように頷くとボールで地面を打った。
「僕の親から聞いたことだけど、この町で珍しい果実がなったんだ。それはクリスタルメサーチアなんだけど。食べていいモノかわからなかったから、ずっとそのままにしていたんだ」
過去のできごとを投影でもしているかのように、少年の澄んだ瞳がボールを見つめていた。
「それから何日かが経って、プグラーストが現れた。僕たちは生き物を襲わないっていうしきたりがあるから、黙って見てたんだ。プグラーストはお腹空いてたのか、果実を食べてどこかに飛んで行った」
鳥が飛ぶように、両手でポーンと高くボールを空へ投げた。リバトは戻ってきたボールを捕まえようとしたけど、見当違いのほうへ落ちて拾いに行った。
それから戻ってきて話を続けた。
「それで、木のところへ見に行ってみたら、たくさんの種が落ちてたんだ。少し疑ったけど町の人たちは種を植えた、それで食べ物を作れるようになったって言ってた」
「プグラーストはその種をどうやって持ってきたの? 体につけてたの?」
リバトは考えを綺麗にするように空を見上げて空気を吸った。あたしも空を見上げてみた。薄暗い空を星が彩るように輝いている。
「うーん、たぶん涙だよ。プグラーストの」
なみだ? あたしは思わずリバトの横顔を見た。純粋な少年の目は星によって輝いているように見えた。
「涙が種になるの?」
「うん、プグラーストがクリスタルメサーチアを食べてる途中で、それがおいしすぎて涙を流しているんだと、僕は思うんだ」
まあ、この目で見たわけじゃないから否定はできないし、したくもない。この子の価値観はこの子だけのものだから。たとえ変でもそう思っているなら、あたしは疑わないわ。ひょっとしたらそうなのかもって思ったほうが素敵だと思ったから。
は? あたしはなにを思ってるのかしら、お姉ちゃんの影響だわ、まったく。
リバトは納得したのか、うれしそうに頷くとふたたび歩き出した。
「次はこの町の菜園を見せるよ」
あたしたちが下りてきた階段のほかに右側と左側にのぼり階段があった。
プグラーストのオブジェの背中を中心にして、リバトは右側の階段をのぼって行った。
あたしたちは誘われるままにリバトのあとについて行く。幅の広い光沢のある白い石で造られた階段をのぼりきると、広い通りに木や街灯が点々とあたしたちを導くように立っていて、それが奥まで続いていた。
「この町はプグラーストからもらった種を育てて食べ物にしているんだ。そのほかにもその食べ物を使って交換なんかもしているんだよ」
「交換?」
「うん、ほかの町へ行って交換してくるんだ、日用品なんかと」
日用品て買うもんじゃないのかしら?
「お金ってないの?」
「おかね? ああ、宝石みたいなやつ。ないよ、だってそれは貴重なものだって、うちの親が言ってた」
「ふうん、そうなの」
親があたしたち姉妹をあの別荘に置いていった日。その日から、生活するにはお金が必要ってことを気にしなくなっていった。森へ食べ物を取りに行くことで生命の維持をしていたから。
フォミスピーの森へ来る前は、あたしの住んでいたグラジルーネの町で、お金を使って色々できたわ。本を買ったり、服を買ったり。お腹が空いたらクレープ屋でチョコクレープなんか買ったりしてさ。
そう考えると、とても便利なものだったわね。
でもその代わり、あの別荘には色々な本や食器、服は……事前に親が買って置いたのね。親の趣味の服ばかりだわ。
まあ、それでも、食べ物以外はなに不自由ない生活ができるわけだけど。お金がなかったら、自然に物々交換になってしまうものなのね。
「ここだよ」
リバトのうれしそうな声が聞こえて、あたしは顔を上げた。
そこには、石で仕切られた菜園があった。広々としたところから緑の葉をのぞかせていた。
「水で育ててるんだよ。これと同じ場所が反対側にもあるんだ」
耳を澄ますと水の流れる音が聞こえてくる。薄暗い広々とした空間に静かな風が吹いて、緑の匂や風の匂いが感じられた。
「次は、あそこ」
リバトが人差し指を空へ向けた。見上げると、黄色の街灯で光る円筒形の塔が薄暗い空に建っていた。
「ポヨピオンの塔って言うところなんだ。あ、言い忘れてたけど、僕たちはポヨピオンっていう族なんだ」
「うん、知ってるわ。来るとき看板で見たし」
「ああ、そうなんだ」
リバトはポヨピオンの塔へ向かった。白い石の上を歩いて行く。通りには木や街灯が道に沿って点々と並んでいた。
塔に近づくにつれて薄暗さはなくなり、街灯の光が塔を縁取るように黄色い光を放っていた。
塔の上のほうは赤いとがり屋根に扇形の窓が嵌めあった。その屋根を支える白い壁にも扇形の窓が一定の高さごとに嵌めてある。
街灯に導かれるように塔へ近づくと、その入り口が見えてきた。扉はなく誰でも入れるようになっている。
「ここから入って上にのぼるんだ」
塔のなかへ入ってみると、外より少し暖かい。床は四角形の白い石造りになっている。壁面も床と同じように石造りになっていて、それが張り巡らせてある。その壁のところどころに嵌められている三角形の黄色の明かりが煌々と光っていた。
見上げると吹き抜けで、天井まで明るい。白い石の階段が壁沿いを螺旋状に上へ伸びて、それを追うように明かりが点いていた。
「この塔はなんなの?」
「一応、発電する場所だよ。この壁には発電装置が取りつけてあって、壁のなかを螺旋状に水を流すと、電気が集められて、それを塔の下から各家に送っているんだ」
電気を作ってるんだ。そういえば、うちの別荘もこんな白い石がところどころに使われていたような。
「この白い石は特殊で電気を作れるようになってるんだ。僕たちが歩くだけで電気が集められるんだよ。それが各家に流れるんだ。簡単に言うと、小さな摩擦が起こるだけで電気が作られるんだよ」
別荘にある家電が動いているから、なんとなく使っていたけど、もしかしたら白い石で動いているのかも。
「さあ、上に行こうよ。景色が結構いいんだ」
あたしたちは螺旋階段をのぼっていった。塔のなかだから暗いかと思ったけど本当に明るい。階段の1段1段がくっきり見える。
一番上まで来ると下と同じように白い石の床があって、三角の赤い屋根あたりには大きな窓が嵌めてあった。
「さあ、こっち、この窓から外をのぞいてみてよ」
あたしたちはその窓に近寄って、窓の外を眺めた。ポノガはあたしの肩に乗ってきて外を見た。
「あー! これは!」
点々と規則正しく街灯が立っている。それは鳥が翼を広げているみたいにこの町全体を囲っていた。鳥の顔がある場所はクリスタルメサーチアの木がある場所。鳥の尻尾の場所はプグラーストの噴水。鳥の翼がある場所は菜園がある場所。そして、鳥の背には各家が乗せてある。
「おおー! スゲー景色だぜー!」
ポノガも驚いて声を上げた。
ふーん、なかなかいい景色じゃない。あたしは質問しようとリバトを見た。
「ねぇ……」
リバトは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。
「どうしたの?」
あたしは首を傾げて聞いた。リバトはあたしの肩に指をさした。
「そ、その猫、話せるの?」
あたしとポノガは顔を見合わせた。
「ええ、そうよ、会話できるわ」
「へぇー、始めてみたよ、僕たちと会話できる猫を」
リバトはなにかを納得したように首を何度も縦に振った。ポノガは短い前足をリバトに伸ばして言った。
「おい! リバト、猫だからってしゃべれないと思うな、おいらはただの猫じゃねー!」
「ああ、ごめんごめん、いやー驚いちゃったから」
リバトはポノガの頭を軽くなでながら謝った。じゃれるかのようにポノガはリバトの手を前足でパタパタと叩いた。
「それで、なにを聞きたかったの?」
気を取り直して、リバトはあたしに聞いた。あたしは慌てて聞きたかったことを思い出そうとした。
「えーっと、なんだっけ、あ、そうだ。この景色って鳥の形してるよね、みんなで作ったの?」
「うん、そうだよ、町の人たちが街灯を並べて鳥の形にしたんだ」
「ふーん、鳥の町だからそうしたの?」
「いや、町になにか象徴的なものを作りたかったんだ。プグラーストが現れた日から、町を鳥の形にしようって決めて、それで」
リバトは窓の外に広がる景色をのぞいた。うれしそうな横顔があどけない少年のこころを光らせていた。
「それから鳥の町って呼ばれるようになったんだ」
「へぇー、そうなんだ」
あたしもふたたびのぞいてみた。薄暗い夜空を光りの鳥が飛んでいるみたいに見えた。それは、希望と自由の象徴とでもいうような、優雅な感じに。
「さあ、そろそろ下りようか」
「うん」
あたしたちは塔を下りた。なごり惜しいという気持ちをおみやげにして。
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