第33話 キャルフリーのプレゼント

 外に出るとヴィヴォルと姉とポノガとムリッタが集まっていた。あたしは玄関の扉を閉めてそこへ向かった。


「ヴィヴォルさんがわたしたちを運んでくださるんですって」

 

 姉がヴィヴォルにちらっと体を向ける。あたしは姉に聞いた。


「説明聞いたの? 手を離しちゃいけないって」

「ええ聞いたわよ、だから大丈夫」


 そう言ってパジャマの袖が前に動き、手と手を合わせて叩いたように、胸もと辺りで軽く音がした。姉は遊園地の乗り物にでも乗るかのようにはしゃいでいた。顔の表情がわからないから声と体の動きだけで判断しないといけないわ。


「そう、じゃあ行きましょ」


 あたしはヴィヴォルの背中をつかんだ。姉も同じく背中をつかむとその部分が折れ曲がるのが見える。ムリッタはあたしの足もとへしがみつき、ポノガがムリッタの背中に飛び乗って引っついた。


 ヴィヴォルは確認するようにあたしたちのほうを見る。


「じゃあ、行くぞ」


 ヴィヴォルは指さきで小さな円を描くと、あたしたちを包み込むように白と黒の風が巻き起こり髪や服をパタパタとはためかせる。木の葉を舞い上げると空へ吸い込まれていき、上空には風が渦のように回転していた。そして、あたしたちを包む白と黒の風は弾かれたように消える。


 体が少し軽くなり、透明な風船のなかにいるような感覚で周りの雑音はなにも聞こえないように静かになった。


「わーすごいわー、体が軽くなってとても静かだわ。まるでこれは観覧車に乗っているみたーい」


 観覧車って、それ、お姉ちゃんの頭のなかがカランカランしてるんじゃないの。


「お姉ちゃん、どうでもいいけど、ちゃんとつかまっててよね」

「ええ、シャルピー、ちゃんとつかまってるわ」

「ついて来い」


 そう言ってヴィヴォルは歩き出した。すると遠くにあった木が目の前に現れるということが起きる。あたしたちが1歩移動すれば、距離はどのくらいかわからないけど、瞬間的に遠くにあった場所が近くに寄ったように錯覚する。


「すごーい、目の前の景色が急に変わったわー」


 姉ははしゃぎながら、キョロキョロと辺りを見回していた。


 ヴィヴォルはふたたび踏み出した。今度は木や茂みのなかに立っていた。移動するとき、ある程度の距離は把握しているのかもしれないけど……調整が難しいのかしら。でもまあ、木や茂みにぶつかったとしても、こうして当たらない仕組みになっているのよね。


「えー、なにー? パジャマが木にめり込んでるわー、ふしぎー」


 姉はつかまっていない片方の手を木にめり込ませて遊んでいた。


 パジャマ? あ! 着替えさせてくるの忘れたわ。今からヴィヴォルに引き返してって言っても、面倒だから嫌だって言われそうだし、恥ずかしいけど仕方ないわ。


 ヴィヴォルに歩調を合わせるように踏み出すと、景色が切り替わり太陽の光が射す場所、パジワッピーの花が咲いている丘に着いた。少し離れたところにハートレルが腕組みをして立っているのが見える。


 まだこちらの姿は見えていないらしい。この空間のなかにいると周りからは見えなく、通り過ぎても風が吹き抜けたようにしか感じないらしい。


 ヴィヴォルは周囲を確認してから指を回転させた。周囲に風が巻き起こり広がるように消えて静かになる。軽かった体が体重が増えたみたいにいつもの重さに戻った。


 あたしたちが姿を現すと、それに気づいたハートレルは剣の柄をつかみ身構えた。さーっと丘の上をなでる風が草を揺らして通り過ぎていく。草原の上に映る雲の影がそれに合わせてゆっくり動いている。あたしはハートレルに駆け寄った。彼女はあたしに気づいて構えを戻した。


「シャルピッシュか、なにしに来た」

「ちょっとメイアトリィに用があってね。メイアトリィはいるかしら」

「ああ……」


 そう言いながら、ハートレルは鋭い視線をあたしの後方へ向けた。


「ヴィヴォル、また来たのか」


 ハートレルはまたも剣の柄をつかみ身構える。

 ヴィヴォルは両手を広げておどけて見せた。


「これはこれはハートレル、相変わらず熱いなぁ」

「お前、またパジワッピーの花を燃やしに……」

「はっはっはっ、残念だが今回は違う、別の件だ」


 ハートレルはヴィヴォルのさらに後方にいる者に視線を向けた。


「なに者だ」


 ヴィヴォルの後ろに隠れている姉は、ひょっこりと透明な顔をこちらにのぞかせている。それから跳ねるようにしてハートレルの前におどり出た。


「わたしはキャルフリー、シャルピッシュの姉です」

「ハートレルだ」


 と言いながら、疑わしそうに姉の足もとから上半身まで目線を動かした。


「姉? パジャマが?」

「あー違うの、お姉ちゃん透明になっちゃって」

「とうめい? お前の姉は半透明ではなかったのか」


 ハートレルは疑念に満ちた瞳をあたしに向けた。


「時間が経ちすぎて透明になっちゃったの。そこの魔法使いがお手上げなんだって、透明の場合は」


 ヴィヴォルは居心地が悪そうに空を見上げた。


「そうか、それでなにしにここへ」

「わかっていると思うけど、パジワッピーの花の蜜が欲しいのよ」

「また、姉に蜜を飲ませるのか?」

「ううん、そうじゃなくて、姉の体を治せる人に持って行くの」


 ハートレルは姉の姿を見るとなにかを考えるように目を閉じた。辺りを一陣の風が通り過ぎると、鳥のさえずりが行き交いながら遠くへ離れていった。それからゆっくり目を開いて言った。


「わかった、姫に聞いてくる、そこで待っていろ」


 ハートレルはマントをひるがえして、パジワッピーの花の咲いている入口を通りその奥へ歩いて行った。


「シャルピー、ハートレルさんてポノガちゃんやムリッタちゃんが言っていた、女騎士さんでしょ」

「うん、そうだけど」

「すごいわねー、剣を背負ってて、あの人がここを守っているのねぇ」


 姉は目の前にそびえたっている巨木をなでるように見上げていた。


 あたしも何度かこの奥へ入ったことあるけど、木漏れ日が辺りを輝かせて、幻想的でどこか神秘的なそんな場所。空気はとても澄んでいて、心地よい風や小川のせせらぎとか鳥のさえずりがほどよく聞こえてくる場所。そんな場所に咲いている花。パジワッピー。


「メイアトリィさんてどんな方なの、ねぇ、シャルピー」


 姉は両手を背中に回して組んだような格好で、入口の奥をのぞいていた。


「パジワッピーの花を守り育てる、妖精のお姫様だってさ」

「へー妖精でお姫様なのー、素敵ねぇ」


 妖精っていっても普通の人間っぽいんだけど。でも不思議な力を使うのよね。

 しばらくすると奥から足音が近づいてきて入口からハートレルが姿を現した。


「待たせたな」


 ハートレルは少し脇へ寄ると、入口から優雅にメイアトリィが姿を見せた。ひらりと風になびく黄色のワンピースドレスとそこからのぞかせた裸足は上品さをかもし出していた。歩く、という動作が優雅すぎて辺りがきらびやかに見える。それをまとった表情は幼くて、でも、しっかりと芯の通った微笑み。


「ごきげんよう、シャルピッシュ。また、お会いにいらしてくれたのね」

「うん、ちょっとね」

「うれしいですわ……」


 メイアトリィはポノガを見て微笑むと、姉とヴィヴォルのほうを向いて手を差し向けた。


「そちらさまがキャルフリーで、そちらさまがヴィヴォルですわね」


 そう言って姉とヴィヴォルを交互に見た。


「シャルピッシュの姉のキャルフリーよ、よろしくね、お姫さま」


 姉は自分の胸もとで手を組み挨拶をしたように見える。


「ヴィヴォルだ、お会いできて光栄だ」


 ヴィヴォルは両手を広げておどけて見せた。


「わたくしはメイアトリィですの、よろしく」


 メイアトリィは胸に片手を当てて優しく返した。


「ねえ、メイアトリィ……」


 あたしがなにかを言おうとしたとき、メイアトリィはそれを止めるように手を出して首を振った。


「ハートレルから聞きましたわ。お姉さまのお体を治すためにパジワッピーの花の蜜が必要なのですね」

「うん、あ! そうだ」


 あたしはポケットからヴィヴォルにもらったクッキーの小包を取り出して見せた。


「メイアトリィにいつもお世話になっているから、これ、メイアトリィにプレゼント、受け取ってくれる?」


 メイアトリィは誕生日にプレゼントをもらうような笑みを見せた。


「まあ、可愛らしい、なにかしら」


 そっと、あたしの手からクッキーの小包を受け取る。


「クッキーよ」

「まあ、クッキーですの。ありがとうシャルピッシュ」

「あー実は、それ、あたしが作ったんじゃないんだ。そこにいるヴィヴォルに頼んで作ってもらったの、だから……」


 あたしは頭の後ろをさすりながら気まずく返した。


「よろしくてよ、シャルピッシュ。あなたからいただいたことには変わりませんことよ、ふふふ」

「なら、よかったわ」


 すると、隣にいた姉が少し前に出て言った。


「メイアトリィお姫さま、わたしもパジワッピーの花の蜜をいただいたお礼でお渡ししたい物があるのです、受け取ってもらえますか?」

「ええ、もちろん喜んで受け取りますわ、キャルフリー」

「ありがとうございます」


 姉は自分の胸もとに両手を重ねて続けた。


「わたしがご用意したのは、お歌をあなたさまにプレゼントいたします」


 歌? そう言えば蜜を飲んだら歌うようになったのよね。ただでさえ恥ずかしいのに、これ以上恥ずかしいことしないでよね。それにしてもこんな口調だったっけ? お姉ちゃん、なんかしっかりしているっていうか」


「まあ、お歌をですの、素敵ですわ」


 姉は頷いてメイアトリィに背中を向けると、日の当たる広い丘へと歩き出した。あたしたちと少し離れたところで止まってこちらを向いた。


 ハートレルは腕組みをして様子を見ていた。ヴィヴォルは手を口に持っていきあくびをしていて、ポノガは前足で顔の毛づくろいをしている。ムリッタは地面に伏せてあくびをしていた。


 メイアトリィ、ハートレル、ヴィヴォル、ポノガ、ムリッタ、そしてあたしが姉を、キャルフリーを注目していた。


 サァーっと一陣の風が草原をなでると、姉は両手を広げてぎこちない踊りを見せながら歌い始めた。


 あたしは姉の顔を思い出しながらその歌を聴いた。



   《   あなたはわたしのお星さま   》



 小さなころ忘れてきたの


 それは わたしのなかに眠っているものよ


 つばさ広げた姿 みせたいから おもちゃ箱を探してみるの


 見つかるかしら


 ううん きっと見つけるわ


 そうよ いつだって あなたはわたしのお星さま



 大きな気持ちわかったの 


 そのぎんがにゆれる夢のかいがら

 

 風にはばたく姿 みせたいから そーっと扉を開けてみるの


 見つかるかしら 


 ええ ぜったい見つけるわ。

 

 そうよ いつだって あなたはわたしのお星さま



 歌い終わって姉は一礼した。しーんと静まり返った草原に終わりを告げるような一陣の静かな風が吹いた。


 パチパチパチと手を叩く音が近くで聞こえる。あたしはその方へ向くと、メイアトリィが微笑んで手を叩いていた。強くなく優しい音。その表情はメイアトリィの心の琴線にでも触れたような温かい顔。まっすぐ姉を見つめる瞳には、うっすらと光りが反射していた。


 姉は満足げにあたしたちの方へ戻ってきた。


「キャル姉! おいら、かんどーしたぜー!」

「うん、僕も感動したさー、キャル姉!」


 ポノガとムリッタはピョンピョンと跳ねながら姉を褒めていた。ヴィヴォルは鼻で笑った。ハートレルはちょっぴり笑ったように見えた。

 

 お姉ちゃん……あたしはどんな行動でも、誰かを感動させることは素晴らしいことなんだと思うの。でも、お姉ちゃんの歌ってる本当の顔を……あたしは見たかったわ。


「いかがでしたか、あまりお気に召しませんでしたか」

「いいえ、わたくしは感動いたしましたの。キャルフリーのお歌がわたくしのなかの幼き日の思い出を蘇らせてくれましたの。胸を打たれましたわ」


 褒められている姉は両手を前に出してモジモジしていた。


「ありがとうございます、うふふ」

「シャルピッシュ、キャルフリー、お気持ちのこもったプレゼントをありがとう」


 メイアトリィはゆっくりと胸もとで手を組み目を閉じた。それから落ち着くようにため息をひとつ吐きゆっくりと目を開いた。


「わたくしは幸せ者でございます……プレゼントのお礼といってはなんですが、お茶をご用意致しますので、お飲みになっていってくださいまし」


 そう言って首を軽く傾げて微笑んた。


「まあ、よろしいんですか? わたしパジワッピーの花を一度見てみたかったんです。奥に咲いていらっしゃるのでしょ」


 姉は奥をのぞくように体を傾けた。

 メイアトリィは肩を落として首をゆっくりと左右に振った。


「キャルフリー……ごめんあそばせ、今はお休みしているんですの」

「お休みですか?」

「ええ、今はお花が閉じていますの」

「え? 閉じてるの!?」


 あたしは思わず声を上げた。メイアトリィはあたしを見てニコリと微笑んだ。


「大丈夫ですわ、シャルピッシュ。そのうち開きますわ。今はお花の蜜をためているときですの」

「花の蜜をためているときって?」

「そうですわね、お花から蜜を取ると疲れてしまうのでしょうね」

「じゃあ、蜜は……」

「ええ、今すぐには差し上げられませんですの。申し訳ございませんですわ」


 蜜を持たずにヴィヴォラのところへあたしと姉を連れて行ってもらったとしても、ヴィヴォラは兄であるヴィヴォルの言うことを聞かないらしいから、あたしたちのいうことも聞かないかもしれないわね。うーん、指輪だけでは説得力に欠けるし、花の蜜を使えばうまく説得できる可能性はあるはずだわ。そうなると、花はいつ開くかってことね。


「それじゃあ、いつ開くのパジワッピーの花は?」

「それは、わたくしもわかりませんですの。お花しだいですわ」


 姉はあたしの肩にそっと手を置いて言った。


「シャルピー、メイアトリィお姫さまを困らせちゃダメよ。開くまでゆっくり待ちましょ」


 それから手を離してメイアトリィに「てへっ」と笑顔を送ったように見えた。


「うん」

「みなさまもよろしければ、お茶をご一緒いたしませんか?」


 メイアトリィは丘の上でくつろいでいる者たちに声を掛けた。するとポノガとムリッタは慌てて走ってきた。


「おいらたち、メイアトリィの入れたお茶を飲みたいぜー」

「うんそうだね、僕たち、メイアトリィのお茶が大好きさー」


 ハートレルはメイアトリィに向かい言った。


「ありがたいのですが、姫、私はここを守っています」


 ヴィヴォルは地面に寝ころびあくびがてらに言った。


「ふぁあぁ、俺はここで寝ているから、終わったら起こしてくれ」

「むっ、お前そこで寝るのか、切ってやろうか」


 ハートレルはヴィヴォルに剣を向ける。


「はいはいハートレル、俺を切ったらシャルピッシュの姉の体をもとに戻す術をなくすぞ、それでもいいなら、どうぞご自由に」


 ヴィヴォルは手を振ってハートレルをあしらった。ハートレルは渋々と剣を戻した。


「ふふ、それではハートレルよろしくお願いいたしますね。それとヴィヴォル、気が向いたらいつでもいらしてください」


 メイアトリィはあたしたちに笑顔を見せると「それでは、まいりましょうか」と言って歩き出した。

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