第32話 楽屋の道化師たち
「面白い方ね、ヴィヴォルさんて」
「お姉ちゃん、それより大丈夫なの体、変じゃない?」
自分の体を見ているのか、パジャマの袖がお手上げみたいな格好で動いていた。
「別に、変じゃないわよ、おかしなシャルピー、うふふ」
うふふって、なんでこの人は不安にならないのかしら。自分の体が透明なのに、下手するともう戻らないかもしれないのに、本当に呑気なんだから、まったく。
あたしは物憂げな感情を洗い流すようにハーブティーを啜った。
「おいらたち、さっきキャル姉と話してたんだ、パーティーやろうって」
その言葉にあたしはティーカップを落としそうになった。
「ぱーてぃー?」
「そう、ぼ、僕たち仮装するから、仮装パーティーやろうって決めてたのさ」
「うふふ、そうよ、ポノガちゃんとムリッタちゃんが仮装するんですって」
「なんで?」
半笑いであたしは聞き返した。するとポノガとムリッタはテーブルから少し離れた場所に行った。
「おいたたち芸ができるだろ、だから、パーティーをすることに決めたんだ」
「そう、僕たちは芸ができるから、パーティーもできるのさ」
ポノガとムリッタは同時に『タワー』と言ってから、お互いが息を合わせて動いた。ムリッタの背中の上にポノガが乗る、ただそれだけの行動を見せた。
「わーすごいわー、ポノガちゃんムリッタちゃん」
姉はパチパチと手を叩いてうれしそうにしている。ポノガとムリッタは続けて『トンネル』と言って、ムリッタの横腹からポノガが潜り抜ける、ただそれだけの行動を見せた。
「うわーおもしろーい、ポノガちゃんにムリッタちゃん、いっぱい芸ができるのね」
パチパチと姉の叩く手の音が室内を弾んだ。一仕事を終えたかのようにポノガとムリッタは姿勢を正していた。
「と、いうことで、おいらたち仮装パーティーやるからな、ここで」
「うん、僕たちの芸で楽しませるからさ、安心して見ててさ」
「わたしも、もっとポノガちゃんやムリッタちゃんの芸を見てみたいわ」
あたしは慌てて椅子から立ち上がり言った。
「ちょ、ちょっと、あんたたちなに言ってんの? なんでやるの?」
「あーん、決まってるだろ、キャル姉が透明になった祝いだぜ」
「そうそう、僕たちキャル姉が透明になったから、それを祝おうと思ってさ」
「ちょっとあんたたち、わかってるの、お姉ちゃんは透明な病気なのっ! それを祝おうなんて」
「シャルピー、なにをそんなに興奮しているの? ポノガちゃんやムリッタちゃんはわたしの透明な体を祝ってくれるのよ、シャルピーは怒りん坊さんね」
だって……そうだわ、こいつらはあたしと考え方や思い方なんかが違うんだわ。お姉ちゃんはお姉ちゃんでズレているっていうか。はあ、まあいいわ、別に、好きにしてよ。
「あんたたち、仮装パーティーってなによ」
「あん、シャルピー知らないのか、仮装するんだ、体を」
「そうだよ、僕たちの体を仮装するのさ」
あんたたち、もうすでに仮装してるじゃない、せいぜい火葬されないように祈ってるわ。
「それよりあんたたち、ハートレルのところへ帰りなさいよ、もう自由なんだし。しもべなんでしょ、ハートレルの」
「ええっ! おいらたち、あの無口女のところへ戻るのは嫌だぜー、いつ殺されるかわかったもんじゃねー」
「そうそう、ぼ、僕たち、ハートレル様のところへ戻ってもこき使われるだけさ」
「まあまあ、シャルピー、ずっとここにいてもらってもいいじゃい、お客さんなんだし」
姉はポノガとムリッタに「ねえ」と言って、笑顔を送ったように見える。
今度ハートレルに会ったら、こいつらを縛りつけておくようにしてもらうわ。しかし遅いわね、まだかしらクッキー……クッキー?
「あ! お姉ちゃん」
あたしが呼ぶと姉は自分の頭に見えない手を持っていって上下させた。たぶん自分の髪を整えているんだわ。それから、あたしのほうへ姿勢を正して向いた。
「なーに? シャルピー」
パジャマの肩辺りが横にずれて小首を傾げたように見えた。透明な顔からは微笑みを浮かばせているのだろうと、あたしは姉の顔を思い浮かべた。
「お姉ちゃんに、お土産」
そう言いながら、ポケットからヴィヴォルにもらったクッキーの小包を取り出した。
「これ、ヴィヴォルからもらったクッキーなんだけど、お姉ちゃんにって」
「まあ、リボンのついた可愛らしい小包ね。わざわざいいのにヴィヴォルさんたら、ありがとうシャルピー、いただくわ」
姉はパジャマの袖をあたしに向けた。あたしは姉の手のひらにクッキーの小包を乗せようとした。透明な手に置こうとしたけど、本当にそこに手があるのかと思ってしまう。手が見えないため、この辺りかなと思いながら、手のひらがあると思う位置を探るようにゆっくり乗せた。
「うわー、綺麗な青色ね」
姉は掲げるように小包を自分の顔らへんに持っていった。宝石でも眺めているかのように、まじまじとそれを見ているように感じる。あたしにはどうしても小包が空中に浮いているようにしか見えない。
はぁ……早く治してあげたい。
「今お皿にクッキー用意してくるから、待ってて、一緒に食べましょう」
姉はテーブルの脚に立てかけてあるお盆を取って、椅子から立ち上がるとキッチンへ向かった。
「クッキーだってぇ、おいらたちちょーど腹減ってたんだー」
「うん、僕たちさっきの芸でお腹すいちゃった」
ポノガとムリッタはピョンピョンと動き回りクッキーが運ばれて来るのを待った。
「お姉ちゃん、あたし別に自分のやつもらったから」
あたしはポケットから何枚か食べたクッキーの小包を取り出して見せた。
姉は立ち止まると、ハンカチを落として呼び止められた女優のごとく振り返った。
「うふふ、いいのよ、一緒に食べましょう、みんなで」
ごきげんな鼻歌をしながら、姉はキッチンへ向かった。渋々あたしは持っている小包をポケットに入れた。
「それにしても、おいら本当にきつかったぜー、あのとき」
ポノガは椅子に飛び乗り座ると自分の後ろ足の片方を伸ばして、そこの毛づくろいをしながら言った。
「お前らが置いて行っただろう、そのあとだよ。ヴィヴォルの奴がさー、こき使うんだよ、掃除しろとか。おいら猫だからできねぇって言ってもさ、ほら、例のアレで、魔法だっけ? それで無理やりおいらの体を動かして掃除させるんだよ、まいっちゃうぜ、見てくれよー、この毛の汚れ」
ムリッタは床に伏せてあくびをひとつ吐いて言った。
「へー、ポノガも大変だったんだね。僕たちも大変だったんだよ、オオカミの通訳をさせられたり、そのオオカミたちに襲われたりさ。あと、城でなんだかよくわからないけど睡眠なんとかって言う食べ物が、僕たちの眠りを心地よく誘ってさ、あっ! でもケーキはうまかったなぁ」
ポノガはもう片方の後ろ足の毛づくろいをしながら言った。
「なんだよ、ムリッタも大変だったんだな、しかし、なんでここの連中はおいらたちをこき使うんだぁ、こき使うんならなにかくれよ。だいたいさー自分たちでできるだろー猫の手を借りなくてもよー、奴らはどうせ面倒くせーんだぜ、自分で動くのが」
ムリッタは前足の肉球をペロペロと舐めながら言った。
「うんそうだね。僕たちハートレル様のしもべだから、そんなに暇じゃないのにさ。あっちこっち連れまわされてさ、犬の手を汚さないでほしいよ、なんでそんな自分できることを僕たちに任せるんだ。あ、僕の鼻は特別か」
べらべらべらべらと、こいつらってホントに間抜けだわ。あたしはハーブティーをひと口啜り、頬杖をしながら窓の外を眺めた。窓からは室内が反射してあたしとポノガとムリッタが映っていた。
ポノガはお腹を上にして座り、尻尾の毛づくろいを始めた。
「でも、キャル姉はいいよな、おいらたちをこき使わないでクッキーとか出してくれるし、追い返したりしないし、誰かさんと違って」
ムリッタはぺったりと頭から尻尾のさきまで床に伏せていた。
「うん、そうだね、キャル姉は僕たちのことを優しく招いてくれるからさ、いいよね。こうやって待ってればさ、食べ物なんかを出してきてくれるもん、誰かさんと違ってさ」
こいつら……あたしのことね、まったく。でもまあ、姉を褒めることだけは評価してあげるけど。
「あら、なに、話が盛り上がっているみたいだけど」
姉はキッチンからクッキーをのせた小皿を何枚かお盆にのせて運んできた。そのあとていねいにポノガやムリッタの前に小皿を置くと、あたしと自分のところにも小皿を置いた。
姉は椅子に腰を下ろしてテーブルの脚にお盆を立てかけた。
「じゃあ、いただきましょうか」
そう言って、姉はクッキーに手を伸ばす。何回かクッキーが皿の上でズレてから空中に浮いた。そのあと、口もとへ持っていって頬張る。サクッと音がした。
「まあ、おいしーわ。甘すぎないで上品なくちどけ、まさしくこれは、クッキーのお花畑ね」
姉が頬に手を添えてうっとりとしているように見えた。
お花畑って……お姉ちゃんの頭じゃないの。
「うまいなー。おいら、あれからなんも食ってねーから、余計にうまく感じるぜー」
ポノガはテーブルに両前足を置いて、小皿をのぞくような姿勢でバリバリとクッキーを頬張っていた。
「うん、うまいさー。これを食べたの久しぶりさ。芸もやって腹減っていたから、格別にうまく感じるさー」
ムリッタは四つ足で立ちながら小皿をなめるようにガツガツとクッキーを食べていた。ポノガはともかくムリッタ、あんたはただ立ってただけじゃない、まったく。
食をそそられて、あたしもクッキーを摘まみ口へ頬張る。うん、まあまあな味ね。
姉はハーブティーを啜りティーカップをていねいにソーサーの上に置くと、ポノガやムリッタに聞いた。
「それで、さっきはなにを話していたの?」
姉は少し前のめりになって話を誘い出す。
「ああ、おいらたち、キャル姉はいい奥さんになれるなーって言ってたんだ」
「そうそう、僕たちに食べ物を出してくれるから、いい奥さんになるって話してたのさ」
「まあ、うれしい。ありがとう、ポノガちゃんムリッタちゃん」
「うふふ」と笑い、姉が恥ずかしそうにハーブティーを啜っているように見えた。
奥さん? いつあんたたちがそんなこと言ったのよ。あたしはその単語を噛み砕くようにクッキーをひと口頬張った。
そのとき、外から竜巻の音が聞こえてきた。それが止むと玄関の扉が開きヴィヴォルが室内にゆっくりと入って来た。
あたしと目が合うとヴィヴォルは言った。
「持ってきてやったぞ」
ヴィヴォルは懐から小包を取り出して、あたしに投げ渡した。受け取った物を確認するとリボンのついた青色の小包。あたしたちがもらったクッキーの小包と一緒の物だった。
「いいわ、じゃあ行きましょ」
あたしは席を立って家から出て行こうとした。すると、姉の呼び止める声があたしを立ち止まらせる。
「あら、シャルピー、お出かけするの? ヴィヴォルさんもまた来てくれたのに」
あたしは振り返り言った。
「うん、ちょっとメイアトリィのところへ行って来るわ。ヴィヴォルと一緒に」
「メイアトリィさんて、わたしにあまーい蜜をくれた方よね」
「そうだけど、それがどうしたの?」
「わたしも連れて行ってもらえるかしら、メイアトリィさんのところへ」
「えっ? お姉ちゃんを……なんで?」
姉は椅子からゆっくり立ち上がるとあたしのほうへやって来た。黙っていると姉の表情が読み取れないため、笑顔なのか、怒っているのか、困っているのかわからなかった。
「あまーい蜜をいただいたから、そのお礼がしたいの」
お礼ね……たしかに、姉を連れて行けば深刻な状況だとわかってもらえるかもしれないわ。情に訴えるようであまりしたくないんだけど、まあ、これはもともと姉がまいた種なんだし。
「いいわ、連れて行ってあげる」
「ほんとー、ありがとうシャルピー」
姉の透明な両手があたしの両手を包み込んだ。透明だけど肌の温かさと柔らかい感触が伝わってくる。たしかにちゃんといるのよね、ここに。
「じゃあ行くわよ……」
ヴィヴォルと姉はさきに外へ出て行った。あたしはヴィヴォルからもらったクッキーの小包をちらりと見てからポケットに入れた。
外からの風が吹いて玄関の扉がパタリと閉まる。その音に促されあたしも出て行こうと扉の取っ手に手を掛けて扉を開ける。するとなにかを忘れているのにあたしは気がついた。それは、あたしの目を盗み隙を見ては逃れようとするモノ。その盗塁を逃さないように振り向きざま言葉を投げた。
「って、待てー! あんたたちも一緒に行くわよ」
あたしは気持ちよさそうにくつろいでいるポノガとムリッタを呼んだ。ポノガは眠そうに言葉だけを投げ返してきた。
「なんだよ、おいらたちは留守番だぜ、ここで」
するとムリッタがあくびがてら尻尾を振ってあたしの言葉を打ち返した。
「ふぁあ、そう、僕たちお留守番するのさ、ここに盗賊が入らないようにさ」
あたしはその言葉を逃さないように受け取る。盗賊ってあんたたちじゃない、まったく。まあいいわ、次はどんな言葉を投げようかしら。
「ふーん、いいんだ、ハートレルにあんたたちが悪口を言っていたことを話しても、怒るわよーきっと」
ピクッとポノガとムリッタの耳が動いた。あたしは魔球のごとく言葉を続けた。
「まあ、それでもう二度とここに来て姉が作ったハーブティーを飲めなくなっても、あたしは構わないけどね。それと、パーティーするんじゃなかったっけ、か・そ・う・の」
すると、バタバタと飛び出すように起き上がりあたしの前に集合した。
「あーそうだ、おいらメイアトリィに会うんだったー、忘れてたぜー。なんだよー、それならそうと言ってくれればいーじゃねーかー」
「うん、僕たち、シャルピーの行く場所はどこへでもついて行くのさー、たとえ地の果てでも」
そして、家から飛び出すように2匹は出て行った。あたしは
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