第31話 パジャマだけのショー
ピンクのパジャマは動いてあたしのほうを向いた。
「シャルピーなに、ここにいるわよ」
パジャマから声だけが聞こえてきた。姉は自分が完全な透明人間になってしまったことを理解しているのかしていないのか、それとも気づいていないのか、いつものように返答してきた。
あたしはヴィヴォルをにらみつけて言った。
「どういうこと? 治せるんじゃなかったの? なんでますます透明になってるのよ」
ヴィヴォルはあたしの剣幕に恐れたのか顔をそらした。
「こら、ダメよシャルピー、お客様にそんなこと言っちゃ。ヴィヴォルさん困ってるじゃない」
「だって、お姉ちゃんの体が透明になったから、この人が治せるって言ってたからっ!」
パジャマの袖が動いて姉の顔らへんに移動した。姉は自分の手でも見ているのか、どんな表情をしているのか読み取れない。
「わー、すごーい、わたしがいないわー」
姉のうれしそうな声が聞こえてきた。
はぁ、なんで喜んでんのよ、自分の今の現状をわかっているのかしら。でも、落ち込んだりしてなくてよかったわ。
お姉ちゃん……いけないわ、落ち着くのよシャルピッシュ、もっと冷静になって。
「治せないの?」
あたしは落ち着いて素直に聞いた。ヴィヴォルはあたしのほうを向くとため息まじりに言った。
「……いや、治せる方法はある。俺の今の力では治せんが、俺より強い力のある奴なら治せるはずだ」
「それは誰よ、教えて」
少しためらったあと、ヴィヴォルは虚空を見上げて言った。
「妹のヴィヴォラだ」
「じゃあヴィヴォラを連れて来てよ」
「それは……」
ヴィヴォルは唇を噛みしめて言い渋る。
ヴィヴォラって妹でしょ。なんでためらうのよ、居場所を知らないのかしら。
「早く言いなさいよ、もしかして居場所がわからないの?」
ヴィヴォルは一呼吸したあと渋い表情で言った。
「居場所はわかる、が、この森にはいない」
「じゃあどこにいるの?」
言いあぐねているヴィヴォルは目を細めて遠いところを見ていた。あたしは次に発する言葉をプレゼントのように待ち望んだ。
「
彷徨い人の森。フォミスピー森とは違う場所にある森みたいだけど、そこいるなら話は早いわ。
「じゃあ、そこからヴィヴォラをここに呼んできてよ」
「それは無理だ」
「どうして?」
「妹は俺の言うことは聞かん」
「これがあるでしょ」
あたしは指さきに指輪を嵌める仕草をした。それを見たヴィヴォルは首を横に振った。
「ダメだ、取り上げられて終わりだ。妹は強欲だからな、ちょっとやそっとでは動かん」
「どうすれば動いてくれるのよ」
ここで会話を切り、ヴィヴォルは腕組みをして考える素振りを見せた。
「あら、考えごとでしたら、椅子にお掛けになってください。今お茶を入れ直しますわ」
そう言って姉はキッチンへ向かった。あたしは姉を……パジャマを見送った。
「キャル姉のハーブティーまた飲めるのか―」
「うん、僕もまた早く飲みたいさー」
ポノガは椅子に飛び乗ってお腹の毛づくろいを始めた。ムリッタはあくびをひとつ吐き床に伏せて前足の肉球を舐めて待った。
「ちょっとあんたたち、姉が透明になったのよ、わかってるの?」
「うーん、シャルピーおいらたちは別に、キャル姉が元気ならいーぜ」
「うん、そうだね。ぼ、僕もキャル姉がハーブティーをごちそうしてくれるならいいさ」
ああ、そう言えばこいつらの捉え方って違うのよね、まったく。
「おいら、キャル姉が透明でもいーぜ」
「うん、そうだね。透明でもこうして僕たちを優しく招いてくれるからさ」
「あんたたち、それ以上言うと……」
あたしは手を上げて握りこぶしを作り2匹を脅した。そのとき、キッチンから姉が戻ってくる足音が聞こえてきた。
「あらあら、ヴィヴォルさん椅子にお掛けになってください。疲れますでしょう」
姉を見ると、ピンク色のポットがふわふわと空中に浮いて動いていた。パジャマがそのあとを追うようについて行く。踏み出すたびにピンクのサンダルがそのパジャマを崩さないようにバランスを取っているように見えた。
「どうしたの? シャルピー、ぼーっとして、わたしの顔になにかついているかしら、うふふ」
……いや、なにもついてないけど。
姉はなにも気にせずティーカップにハーブティーを注いでいく。ヴィヴォルはそれに釣られて渋々といったように椅子に座った。
注ぎ終えると、姉もゆっくり椅子に座る。するとポノガとムリッタはペチャペチャと音を立てて飲み始めた。あたしは首を横に振って椅子に座りハーブティーを啜る。
姉はあたしを見ているのか、パジャマの上がこちらを向いていた。それから、姉は自分のティーカップを取ろうとパジャマの袖がティーカップに近づいた。するとソーサーからティーカップが何度かズレて、浮かび上がった。
自分の手が見えないせいで、位置や感覚がわからないんだわ、きっと。
姉は自分の顔までティーカップを運ぶと、口もとらへんで傾けた。ハーブティーが消えていくように見える。
「不思議か」
ヴィヴォルが唐突に聞いてきた。それから姉のほうへ目を向けた。
「彼女の体は透明だが、体内になにかを入れれば消える。とういうか俺たちの体となんら変わらん、透明以外はな」
姉はティーカップを置いたあと、ポノガやムリッタとうれしそうにこそこそと会話をしていた。
どうせ、『おいらキャル姉が透明になっても関係ないぜ』とか『ぼ、僕たち、キャル姉が透明でもハーブティーを飲みに来るさ』とかなんとか言ってるんじゃないのかしら。
あたしは頬杖をしながらヴィヴォルに聞いた。
「で、それで、ヴィヴォラをどうやれば連れて来れるの?」
「そうだな、パジワッピーの花の蜜なら可能だろう」
パジワッピーの花、幸福を与えるとか、願いを叶えるとかって言っているけど、いまだによくわかってないのよね。ポノガやムリッタはあたしたちと会話ができるようになったみたいだし、姉は歌うようになったし、なんなのかしら一体。
「パジワッピーの花の蜜をヴィヴォラのところへ持って行くってこと?」
「そうだ」
またメイアトリィに頼まなきゃならないじゃない、何度も何度も、どうしようかしら。なにかメイアトリィが喜びそうなものを持って行かないと。
「ヴィヴォルさん、さっきのあれはわたしの周りに風を巻き起こす魔法かしら、
姉は屈託のない笑顔を見せているかのように言葉が弾んでいた。
「いや、まあ」
ヴィヴォルは半笑いをごまかそうとハーブティーを啜る。
「生まれて初めての体験、とても楽しかったですわ」
姉は手を組んで虚空を見つめているように見えた。ヴィヴォルはハーブティーが苦いのか、苦い表情でハーブティーを啜った。
あたしはヴィヴォルに聞いた。
「ねえ、ヴィヴォル、あんたクッキー作れるんでしょ」
意表を突かれた質問だったのか、ヴィヴォルはピタッと止まるとゆっくりティーカップをソーサーに置いた。
「作れるが、それがどうした?」
「作ってくれない、メイアトリィのところへ持って行きたいの」
「メイアトリィ? 誰だそいつは?」
「パジワッピーの花を守っている妖精よ」
あたしは手を羽のようにパタパタと振った。
「そいつとクッキーとなんの関係がある」
「あんた、ただで蜜をもらえるとでも思っているの? もらえないわよ、きっと」
「それで構わんのなら作って来てやるが、それで貴様は俺になにをくれるのだ」
あたしはテーブルを叩いて威嚇した。
「わかってないわね。あんたは姉の体を治せなかった、だからその代わりよ。それが嫌なら指輪を返してよ」
あたしは催促するように手のひらを差し出した。ヴィヴォルは懐から指輪を取り出して大事そうに見つめる。少し考えたあと、ゆっくりと懐へ指輪を戻した。
「いいだろう、クッキーは作って来てやる」
「じゃあ、お願い」
ヴィヴォルは席を立ち家を出て行こうとした。するとオレンジ色の光を放つ球体がふわふわとそのあとを追いかける。
「あら、もうお帰りになるの?」
姉はヴィヴォルを呼び止めた。ヴィヴォルは振り向かずに返答した。
「また来る」
「そう、またいらしてくださいね、うふふ」
「ねえ、あんた戻ってくるわよね、ここに」
あたしは頬杖をしながら、扉の取っ手に手を触れようとしているヴィヴォルに聞いた。
「信用しろ」
指輪を置いていってもらおうかしら。以前ヴィヴォルは妹を治すためにパジワッピーの花の蜜を欲しがっていたわね。ここに戻って来ないで、そのままヴィヴォラに指輪を渡したところで治せるとは思えない。
ヴィヴォルはハートレルの思い出を返しているから、ハートレルとのいざこざはなくなっている。そこは問題ない。だとすると、蜜を手に入れる可能性がある今を逃さないはずだわ。まあ、戻ってこなかったら、ふたたびヴィヴォラ邸に出向いて問い詰めてやるだけよ。
「いいわ、信用してあげる、行って」
ヴィヴォルは頷いて外に出た。そのあと竜巻の音が聞こえて消えた。
メイアトリィにクッキーだけで喜んでもらえるかしら、仕方ないわ、ダメだったらほかの方法を考えるわ。
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