第27話 ハニレヴァーヌ城からの帰還
ハニレヴァーヌ城を背にして歩いていた。あたしは蜂蜜の入った小瓶を取り出すと、上に掲げて眺めた。傾けると桃色の濃い透明な瓶のなかで蜂蜜がゆっくりと流れる。
あたしはそれをポケットに入れて、霧が覆う森を進んで行った。
ムリッタを見てみると、相変わらずあたしの前を歩いて、鳥を見つけたら突っ込んでいく遊び? をやっていた。
「ムリッタ」
あたしはムリッタを呼んだ。ムリッタはあたしに振り向き近寄ってきた。
「シャルピー、なにさー、クッキーでもくれるの?」
颯爽と駆けてくるムリッタ。あたしはハニレヴァーヌにもらった腕輪の効果を試そうとして、腕輪に触れた。
そのあと(スノードーム)とあたしは念じた。ムリッタがあたしの目の前まできて、急に変な方向へズレていった。ムリッタは首を傾げてから、ふたたびあたしに突進するような勢いで向かってきた。しかし、なにかに跳ね返されて変な方向へズレていった。
「シャルピーに近寄れないのさー」
ムリッタは体をブルンブルンと震わせて言った。
「なるほどね、本当に効果があるんだ、この腕輪」
あたしの左腕に嵌めてある黄色い腕輪は花びらの模様が施されている。
「シャルピー、なんなのさー」
あたしはムリッタに腕輪を見せつけた。
「これよ、この腕輪が見えない壁を作るのよ」
「見えない壁ってなにさ」
「さっきのやつよ、あたしに近寄れなかったでしょ」
ムリッタは首を傾げて考えた、しかし、わからないと言った素振りであたし聞いた。
「あーパジワッピーの花の前にある見えない壁みたいなやつぅ?」
「……まーそんな感じじゃない」
「すごいさー、それなら鬼ごっこやっても捕まらないね」
鬼ごっこ? 犬の世界でも鬼ごっこってやるのかしら。そう言えば、ハニレヴァーヌ城の庭で走り回っていたわね。あたしが捕まえようとしたら、素早い動きで逃げるのよね。
「でも、それじゃ、シャルピーにさわれないさ」
「大丈夫よ、もう一度、腕輪にさわれば戻るはずだから」
あたしは腕輪に触れた。そのあと、ポケットからクッキーを取り出してムリッタを誘った。
「ムリッタ、クッキーあげるわ、食べにきてよ」
ムリッタは少しためらったあと、あたしのもとへゆっくり近づいてきた。ムリッタが足もとまで来るとあたしはクッキーを食べさせた。
「どう、わかった」
ムリッタはクッキーを夢中で食べていた。
あたしは超常現象とかっていうのは、あまり興味がないんだけど。こういった物を見せつけられると、やっぱり信じざるおえないのよね。まあ、もともとここが、こういう世界なのだろうと思えば簡単なわけで、あたしの知らないことが星の数ほどあるのだって同じだわ。それの一部を知っただけに過ぎないのよ。
あたしはハニレヴァーヌの腕輪を空へかざして眺めた。
この腕輪だってそうよ。どんな原理で透明な壁ができるのかわからないし、知る必要もないわ。だって、それを知ったところで「ふうん」ってなるだけよ。
「ムリッタ行くよ」
あたしはメイアトリィのところへと歩き出した。
(チュンチュン)と鳥のさえずりが聞こえてくる。ハニレヴァーヌ城へ続く街灯を通り過ぎて、ドリスプリーナの庭園まできた。
蜂蜜をメイアトリィに渡せば指輪を作ってもらえる。その指輪をヴィヴォルに持って行って、そのあと、姉の体を治してもらうのよ。もうすぐだわ。
……しかし、あのハニレヴァーヌ城での出来事は意外だったわ。理由はどうあれ、ハーブの玉を盗まれるとは思わなかったわ。まったく。
本当はムリッタの鼻でハーブの玉の隠し場所をすぐに探せたのよね。でも、それはしなかったの。あたしの油断が招いたものだから。油断の代償を払った感じかしら。ハーブの玉が消えたとき、ムリッタの鼻でハーブの玉を見つけたとしても、あたしの自作自演ってことになりかねないし、とても不利な状況になっていたわ、きっと。
「ふふっ」
ムリッタがしゃべったときのあの人たちの顔といったら……こっちにしてみればハニレヴァーヌが使う服を変える力のほうが驚きだったわ。
服を変える力か……ハニレヴァーヌの腕輪が透明な壁を作るのじゃなくて、服装を変えてくれるほうがよかったかも。
退屈そうに寝そべっている像、ドリスプリーナの庭園を通り過ぎて、あたしたちはふたたび森のなかへ入った。
それにしても、誰かの見よう見まねでやったことだけど、あんなあたしのぎこちない推理が当たっていたなんて。たまたま当たっただけかもしれないけどさ。こんなときのためにミステリー小説の本を読んだりサスペンス映画を見ていてよかったわ。
霧の森を通り抜けて、パジワッピーの花の咲いている丘まできた。ひさびさに太陽の光を浴びて背伸びをしてみると、体がじわーっと火照り心地よい感じがする。暖かい陽だまりの下、風が草原を優しくなびかせていた。
丘の上には、ハートレルが花を守るために胸を張り堂々と立っていた。彼女はあたしたちに気づいたらしく、頷く素振りを見せるとどこかほっとした感じに強張った肩を緩めた。あたしたちはハートレルのところへ向かった。
「……手に入れてきたのか?」
ハートレルはおもむろに腕組みをしてあたしに聞いてきた。
「ええ、もらってきたわ」
あたしはポケットから蜂蜜の入った小瓶を取り出して見せた。ハートレルは目を細めて小瓶を疑い深く見つめる。
「……たしかに」
「メイアトリィは?」
「姫はなかにいる、少し待っていろ」
そう言うとハートレルは奥へ入って行った。しばらくすると奥からハートレルに続いてメイアトリィが姿を見せた。メイアトリィはあたしの姿を見るなり、うれしそうに笑顔を見せてピョンピョンと跳ねながら近寄ってきた。
「ごきげんよう、シャルピッシュ、ムリッタちゃんも」
ムリッタは尻尾を勢いよく振ってそれに答えた。
「ただいま、メイアトリィ」
「それで、どうでしたの? 蜂蜜はおもらいになって?」
「もらってきたわよ」
あたしはメイアトリィに蜂蜜の入った小瓶を見せた。彼女は目を輝かせながら小瓶を受け取った。
「これですのね」
「それで指輪を作ってもらえるかしら」
メイアトリィは輝かしい顔をあたしに向けると、両手で胸に小瓶を抱きしめて頷いた。
「ええ、これでお作りすることができますわ」
そう言うと、彼女は両手で小瓶を包み込み腕をあげて空へ向けた。手のなかがパァっと光るとそのままおろして、蕾が開くように両手を開いた。
「できましたわ」
見ると小瓶のままでなにも変わっていなかった。あたしはそれを受け取り首を傾げて尋ねた。
「なにも変わってないけど」
「うふふ、小瓶をお振りになって、シャルピッシュ」
あたしは言われた通り小瓶を振ってみた。(カランカラン)と小瓶のなかから音か聞こえてきた。
「そのなかに入っていますの、指輪」
「このなかに指輪が?」
「ええ」
あたしは小瓶のふたを取り外して、姿を見せないそのなかの物を手のひらに転がし出した。丸い小さな輪っかがあたしの瞳に映し出される。それは、明るく少し緑がかった黄色。カナリア色とでも言ったようなそんな指輪が日差しに照らされてキラキラと光っていた。
「これが、ハートレルと一緒の指輪」
「ええ、それでポノガちゃんを助けて差し上げて」
「うん、ありがと」
あたしは指輪を小瓶に戻してポケットに入れた。
「ああ、そうだ、ペンダントを返さなきゃ」
首から下げている白い花のペンダントを外そうとして、両手を自分の首へ持っていった。メイアトリィはあたしの腕にそっと触れて、首をゆっくりと左右に振った。
「それは、あなたに差し上げますの。シャルピッシュとわたくしの友情の印ですわ」
「友情……」
「シャルピッシュが困ったとき、そのペンダントがきっとお役に立ちますわ」
胸もとで輝いている白い花のペンダント。あたしがハニレヴァーヌ城へ行ったとき、不安はあったけど、このペンダントのおかげで勇気が持てたのも嘘じゃないわ。
「うん、ありがたく、もらっておくわ」
メイアトリィは微笑を見せると頷いた。そのあとなにかに気づきたらしくあたしの腕を見て言った。
「あら? その腕輪は?」
彼女は首を傾げながら、子供のように不思議がって腕輪を見つめてくる。あたしはメイアトリィに腕輪を見せて言った。
「ああ、この腕輪はハニレヴァーヌからもらったのよ、まあ、色々あってね」
あたしは笑顔でごまかしながら右手で頭の後ろをさすった。メイアトリィは懐かしむようにその腕輪を眺めていた。
「まあ、ハニレヴァーヌからいただいたの、素敵ですわね」
ごまかしたのは、ハニレヴァーヌ城でハーブの玉の盗難事件があったなんてことを言う必要もないし、言いたくもなかったから。
「じゃあ、ヴィヴォルのところへ行って来るわ」
「ええ、しっかりね、シャルピッシュ」
メイアトリィは応援するように片腕を上げて力こぶを作った。
ハートレルはあたしの肩に力強く手を乗せた。
「シャルピッシュ、わかっていると思うが、油断は禁物だ」
あたしは凛とした表情を作り頷くと、ハートレルは肩から手を離した。
「行くわよ、ムリッタ」
丘を下っていくあたしの背中を、優しく暖かい風が吹き抜けていった。
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