第25話 ハーブの玉の隠し場所

 ハニレヴァーヌは気を取り直そうと一呼吸してからあたしに聞いた。


「それで、ハーブの玉はどこにあるのじゃ」


 あたしはニヤリと笑い、その問いに答えた。


「本当はもっと早く隠し場所はわかっていたのよ、いいえ、わかることができたと言ったほうが正しいかしら」

「わかることができたとは、なんじゃ?」


 あたしは絨毯に伏せているムリッタを呼んだ。


「ムリッタ」


 ムリッタはむくっと立ち上がりブルンブルンと体を振るわせてから、あたしの足もとに颯爽と駆け寄ってきた。


 その場にいる全員がムリッタに集中する。座って尻尾を勢いよく振っているムリッタにあたしは言った。


「ムリッタ、ハーブの匂いがする場所、わかるかしら」

「うん、シャルピー、あっちのほうから匂うさー」


 そのとき、その場にいた全員が驚いた表情をした。


「……そ、そのワンちゃん、しゃべるの?」


 ベロニカがゆっくりと2、3歩前に出て言った。そのほかの者も唖然としていた。犬が人の言葉を話すとは思わなかったのか、疑わしそうにあたしにみんなの視線が集まる。


「腹話術じゃなわよ」

「なぜ、今までしゃべらんかったのじゃ」

「さあね。この城へ来る途中で色々と走り回っていたから、疲れてたんじゃない」


 あたしがムリッタに目をやると、ムリッタはあくびをして返した。


「それじゃあ、ムリッタ。ハーブの匂いがするところまで案内してくれる」

「うん、わかったさー、シャルピー」


 そう言うと、ムリッタは絨毯をクンクンしながら歩き出した。あたしたちはそのあとについて行った。


「この扉の奥から匂いがするさー」


 尻尾を振りながらその部屋の前でムリッタがたたずむと、あたしの後ろでハニレヴァーヌの声がした。


「そこは厨房じゃな」

「このなかにあるのよ、ハーブの玉が」


 あたしは扉を開き厨房へ入った。ムリッタはまっすぐ調理台の上に飛び乗りそうな勢いで、両前足を調理台の側面に引っ掛けた。


「この台の上から匂いがするさ、シャルピー」


 そこには桃色の瓶、蜂蜜の玉が入っている瓶が置かれていた。あたしはその瓶をつかむとムリッタの鼻に瓶を近寄らせて聞いた。


「この瓶のなかね」

「そうさ、そのなかからハーブの匂いがするさー」


 あたしはみんなの前で瓶のふたを開けた。その瓶を見せびらかすように大きく左右に動かした。


「このなかに、ハーブの玉が入っているわ」


 そのままあたしは瓶ひっくり返して、中身を調理台の上に出した。最初はなかから蜂蜜の玉がいくつか出てきた。そのあと蜂蜜の玉より少し大きめの玉が転がり出てきた。あたしは瓶を置き、その大きめの玉をつかむとみんなに見せた。


「これがハーブの玉よ」


 ベロニカとルピナスはハーブの玉から目を背けて下を向いた。


「さあ、戻るわよ」


 あたしが厨房から出るとほかの者たちはそれに続くように茶室へと戻った。さきほどと違った位置にベロニカとルピナスは立っていた。みんなから少し離れた場所でうつむきながら。


 みんながベロニカとルピナスを見ていた、それを振り払うようにベロニカは言った。


「シャルピッシュ様、わたしたちがやったっていう証拠はあるの、証拠があるんなら見せてよ」

「ふん、証拠ね……あるわ。ムリッタ、ベロニカの手のひらの匂いはなにかしら」


 ムリッタはベロニカに近づいた。ベロニカは自分の手のひらを両手でさする。ムリッタは構わず彼女の手の匂いを嗅いだ。


「ハーブの匂いがするさー」

「もういいわ、ムリッタ戻ってきて」


 ベロニカは下を向いてなにかを考えていた。彼女の赤くした顔は闘志を剥き出しにする表情そのものだった。隣でベロニカを見ていたルピナスは顔を歪ませて不安や心配といった表情をしている。


「どう、これでも白を切るつもり」


 ベロニカは首を左右に振り、あたしに人差し指を叩きつけるように向けた。


「で、でたらめよ! そんなの、わたしたちを陥れようとしてるんだわ!」

「ベロニカ!」


 ハニレヴァーヌは必死に訴えているベロニカをなだめようと言葉を発した。それでもベロニカは抵抗してきた。


「だってそうじゃない、シャルピッシュ様が事前にハーブの玉を瓶のなかに入れて、そのあとムリッタにそれを言っておけば……これは、シャルピッシュ様の自作自演なのよ!」


 あたしはため息をひとつ吐き言った。


「じゃあ、あたしがいつ瓶のなかにハーブの玉を入れるの?」

「みんなが眠っているときよ」

「じゃあ、どうやって睡眠薬をみんなのティーカップに盛るのよ?」

「それは……そ、そうだわ、モナルダたちと手を組んだのよ」


 焦っている。汗をかいて必死に抵抗してくる。なんで認めないのよ、まったく。


「ふん、まあいいわ。じゃあ、あなたのその手のひらをあたしたちに嗅がせてよ、このハーブの玉をみんなが一通り嗅いだらね」


 あたしは左手を腰に当てて、右手で軽く握っているハーブの玉をそのまま真上に投げて戻って来たのをつかむ、それを繰り返しながら彼女の出方を待った。ちらりとムリッタを見ると、ボールを投げてくれるのを待っているかのように、座りながら尻尾を振ってハーブの玉の動きを目で追っていた。


「い、いいわよ」

「うん、それじゃあ……」

 

 あたしはポリジとハニレヴァーヌだけにハーブの玉の匂いを嗅がせた。


「……これでいいわ、じゃあお願いね」


 ハーブの玉の匂いを嗅いだふたりはベロニカの両手首をつかみ、その両方の手のひらの匂いを嗅いだ。


「どう?」


 あたしがふたりに聞くと、ふたりは同じことを言った。


「ハーブの匂いがするのぅ」

「うーん、ハーブの玉と同じ匂いがしますね」

「ついでに、モナルダとリナリアの手のひらも嗅いでみて」


 あたしに促されるまま、ふたりはベロニカと同様にモナルダとリナリアの両方の手のひらを嗅ぐと、ふたりとも首を左右に振った。


「ハーブの匂いはしないのぅ」

「そうですね、ハーブの匂いはしませんね」


 その答えに、ベロニカは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。


「どう、これであんたがハーブの玉を触ったっていうことが証明されたわ。言い逃れるものなら言い逃れてみなさいよ」


 あたしはおもむろに腕組みをしてベロニカの返答を待った。


「……そ、そうよ、思い出したわ。今日ハーブの花を触ったんだったわ」

「どこで?」

「外よ」

「外のどこよ?」

「このお城のお庭よ」

「庭に咲いてるの? ハニレヴァーヌ」


 あたしがハニレヴァーヌに聞くと彼女は首を左右に振り、ため息を吐いて言った。、


「いいや、城の庭には咲いてはおらんぞ、もし咲いていたらメイアトリィからもらわんからな」

「咲いていないってさ」

「あっ! 間違えたわ、昨日お城の外に出て」

「どうやって出るのよ、ハニレヴァーヌに服を変えてもらわないと出れないんでしょ、この城から」


 あたしはベロニカの服を変えたのかを確認するためハニレヴァーヌに目をやった。彼女はあたしに向けてゆっくりと首を左右に振った。


「それは……」


 抵抗するものがなくなったのか、ベロニカは下を向いて力強く握りこぶしを作り肩を震わせていた。


「……もう、いいよ、ベロニカ……」


 ルピナスがそっとベロニカに寄り添いなだめるように言った。観念したのかベロニカは肩の荷を下ろすように力を抜いてうなだれた。その表情は目をつぶり、口を真一文字に噛みしめている。


 ルピナスは華奢きゃしゃな体を震わせながら、ベロニカを庇うように前に出て言った。


「わ、わたしが、すべて話します」

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