第24話 ひとりごとすいり
「シャルピッシュ、もうよい、盗まれた詫びはわらわができるだけする。じゃからな、蜂蜜をメイアトリィのところへ持って行ってやってくれぬか」
あたしが考えあぐねていると、ハニレヴァーヌは諦めたといったように首を左右に振った。
「いや、ダメよ、わかったんだから……」
あたしはぐるりとその場にいる全員を見回してから、ハニレヴァーヌに視線を戻した。
「わかったとは、なんじゃ」
「ハーブの玉を盗んだ犯人が」
あたしの一言で周囲がざわつく。それを鎮めるために、誤解がないようにあたしは言った。
「今から言うことは、あたしの憶測とか思い込みがだいぶあるけど、気を悪くしないでね。そうね、あたしの独り言とでも思ってもらったほうがいいかしら」
そう言いながら、あたしは全員が見渡せる位置まで歩いた。
「まず、犯人は昨夜からこの計画を立てていた。それは今日の女王様の誕生会に合わせるために。そして、この誕生会で、あることを実行しようとした。それは、睡眠薬を使って女王様たちを眠らせることだった」
あたしはそこで一度言葉を切って周囲を確認した。全員が次の言葉を待っているようにあたしに視線を集中させている。あたしは続けた。
「睡眠薬を使うにはどうしてもこの日じゃなければならなかった。誕生会の席で違和感なく口にできる物。ケーキと紅茶、そのなかのどちらかに睡眠薬を盛った」
必然的にモナルダとルピナスに周りの視線が集中する。
「で、あたしは考えたわ。ケーキに睡眠薬を盛っても、それを食べなかったら意味ないし、今日ケーキを作っているときに睡眠薬を盛る行動が誰かの目に留まったら。まあ、たしかに昨晩作り置きしておいた、蜂蜜のジャムのなかに睡眠薬を仕込んでおけば問題ないと思ったけど、女王様の前でケーキを食べないわけにはいかないはずだから、女王様に気に入ってもらいたいっていうのもあったんじゃないかしら」
モナルダは下を向いて口を力強く結んでいる。
「そうなると、紅茶のほうに睡眠薬を盛ったと考えられるわ」
今度はルピナスに視線が集まる。彼女は下を向いて顔を赤く染めていた。
「ちょっと待ってよ、ルピナスが犯人なの?」
ベロニカがルピナスを庇うように前へおどり出た。あたしはそれを無視してさきを続けた。
「睡眠薬をティーカップのなかに盛るには、ふたつのことが考えられるの。ひとつは紅茶に入れる。もうひとつは紅茶を注ぐ前にティーカップに入っていた蜂蜜の玉に仕込む」
「ふむ、なるほどのぅ。そうなると、ティーカップに入れることのできる人物はルピナスになるの」
手をあごに乗せて考える素振りをしながらハニレヴァーヌは言った。
「じゃが蜂蜜の玉はともかく、紅茶のなかに仕込んだ、つまりポットのなかに睡眠薬を入れて、ティーカップに注いだ場合じゃ、本人も、ほれ、飲んどるでの」
そう言って、ルピナスの席にあるティーカップをあごでしゃくり示した。
「最初にあたしたちが茶室に入ったとき、すでにあたしとハニレヴァーヌのティーカップは用意されていた。そのあと、ハニレヴァーヌは家政婦たちも誕生会に参加するように命じた。おもてなしをすることが好きな女王様だから、全員参加を求めたのよ、それは家政婦たちならわかっていたこと」
家政婦たちはそれぞれ目配せをして慌ただしくしていた。
「それで、家政婦たちは各自で食器を用意しに厨房へ向かった。最初に戻って来たのがモナルダ、次にリナリア、ベロニカと続いて、ルピナスが最後に戻る。そこで問題の蜂蜜の玉はどこで誰がティーカップに入れるのかってこと」
わかっているのか、わかっていないのか、話の続きを促すようなみんなの視線があたしに向けられている。
「蜂蜜の玉は厨房に置いてある、なかの見えない桃色の瓶から取り出したもの。厨房からこの部屋へ戻る前に、その瓶から蜂蜜の玉を取り出して戻る。ひとりずつね」
「そうじゃろうが、なにが変なのじゃ?」
「昨夜、モナルダは蜂蜜の玉に睡眠薬を仕込んだ物と仕込んでいない物に分けた。仕込んでいない物を自分でわかるようにしておいた。それは、明日ルピナスが最初に女王様やあたしたちのティーカップに蜂蜜の玉を入れるため、瓶のなかに普通の蜂蜜の玉を混ぜて置くことはできない。だから、目印をつけたその蜂蜜の玉をふたつほどどこかに隠していた。そして、その夜モナルダはリナリアに睡眠薬のことや目印のことを伝えていた」
あたしはモナルダとルピナスを交互に見ながら言った。
「モナルダは今日、ルピナスがあたしたちのティーカップを運んでいるのを見計らって、その隙に瓶に目印つきの普通の蜂蜜の玉を入れた」
反論する気がないのか、モナルダとリナリアは黙って下を向いている。ハニレヴァーヌは彼女たちのほうへ目を向けながら聞いてきた。
「そうなると、モナルダとリナリアは手を組んでいたということかのぅ」
「まあ、そんなところじゃない」
「じゃあ、モナルダとリナリアがハーブの玉を盗んだということかのぅ」
疑わしそうにハニレヴァーヌは眉根を寄せて、あたしのほうへ向き直った。
「いいえ、この計画はもう一組によっても立てられていたのよ」
「もう一組?」
「そう、ベロニカとルピナスのふたりによってね」
意外だったのか、モナルダとリナリアは驚いた顔をお互いに見合わせていた。
「ベロニカとルピナスの計画はこうよ。昨夜、ベロニカは誰かが厨房でなにかをやっているのに気がついた。のぞいてみるとモナルダが蜂蜜の玉や瓶になにかをしているところだった。明日の誕生会でなにかしかけて来ると思ったベロニカは急いでルピナスにそのことを伝えに行った」
ルピナスはベロニカに助けを求めるような表情を送る。ベロニカはあたしにつかみかからんとするような目を向けてくる。あたしは構わずに続けた。
「そして、それを聞いたルピナスはベロニカと手を組んで、それを逆に利用してやろうと考えたわけ。おそらくだけど、ベロニカがのぞいたときに睡眠薬の入れてある金庫が開いていたのを見て、睡眠薬を使ったなにかをしてくると思ったんだわ」
ベロニカとルピナスがお互いの顔を見合わせる。そのあと、ルピナスは顔を背けて下を向いた。
「ベロニカはルピナスに『モナルダが蜂蜜の玉に睡眠薬を混ぜたみたいだから、もし明日の誕生会で紅茶を飲むようなことがあったら、蜂蜜の玉には気をつけたほうがいいわ』とか言って、それで当日に誕生会の席に着くことになってしまったルピナスは、モナルダとリナリアが厨房を出て行ったあと、ベロニカとふたりで、瓶の底のほうにある蜂蜜の玉を取り出して戻った。瓶の底にある蜂蜜の玉まで睡眠薬を混ぜたりはしていないはずと思ったんでしょうね……だってそうよね」
あたしはモナルダに目を向けた。
「瓶のなかにある蜂蜜の玉全部に睡眠薬を混ぜてしまったら、眠らされた女王様がなにに睡眠薬を盛ったのかを調べないはずはない。そうなると、蜂蜜の玉だった場合、モナルダに疑いが掛かることになる。だから瓶の上のほうにだけ睡眠薬入りの蜂蜜の玉を置いた。さきにモナルダやリナリアが瓶の中身を取りに行ったのは、万が一、目印をつけた普通の蜂蜜の玉がベロニカやルピナスに取られてしまうかもしれないから」
あたしのぎこちない説明についてこれたのか、ハニレヴァーヌはなにかに気づいたように言った。
「あっ! そうなると、わらわとシャルピッシュ以外のティーカップのなかにあるのは、ただの蜂蜜の玉じゃ……じゃとすれば、わらわとシャルピッシュ以外は全員寝たふりをしていたことになるが」
「いいえ、寝たふりをしたのはそのなかで、ふたりだけよ」
「どういうことじゃ」
「ルピナスはベロニカに自分の食器を一緒に持って行ってもらい、ルピナスは睡眠薬入りの蜂蜜の玉をポットに何個か入れて、そのポットを持ち厨房から出ていく。そして、女王様、あたし、ベロニカ、ルピナス、モナルダ、リナリアの順にティーカップへ紅茶を注いだ。その順番はお客様が来たときの順番に寄るものかしらね。あたしが来なかったら、女王様、ベロニカ、ルピナス、モナルダ、リナリアの順にしなければならないのよ。どうしても」
「んっ? それじゃ全員寝てしまうんじゃないのかのぅ」
「いいえ、蜂蜜の玉をポットに入れたとしても直ぐに溶け出さないわ。そうねぇ、5分くらいかしら。溶け出すのは。その溶け出す前に自分たちのティーカップに注げば問題ないわ。そして、モナルダのティーカップに注ぐときになって溶け出していた。まあ、その前まではとてもゆっくり動くなりして、調整をしていたんじゃないかしら。溶け出すまで」
心配そうに見つめるベロニカの目のさきに、ブルブルと震えるルピナスの姿があった。
「じゃあ、そうなると、ベロニカとルピナスが寝たふりをしていたということじゃな」
ハニレヴァーヌの鋭い視線がベロニカとルピナスに向けられる。
「本当の計画はここまでだったのよ、お互いのね。睡眠薬を使って汚名を着せる計画は」
「汚名を着せるとは、なんじゃ」
「罪を擦りつける、とでも言ったほうがいいかしら。ハニレヴァーヌは気がつかなかったのかもしれないけど、モナルダとリナリアはベロニカとルピナスを嫌っていた。逆もまた然りだけど。それでこの計画を立てて、この城から出て行かせようした、ハニレヴァーヌに耳打ちするかなんかしてね」
家政婦たちは互いをにらみ合っている。それを見ていたハニレヴァーヌは真相を知ろうと、あたしに聞いてきた。
「それで、なぜハーブの玉を盗んだのじゃ」
「計画が狂い始めたのは、あたしがこの城を今日訪れたからよ。誕生会の日に、それもそうよね。事前に計画を立てたことがあたしになんらかの理由でバレたらと思ったら気が気じゃない。だから、ポリジからそんな連絡を聞いた家政婦たちはあたしの行動をできるだけ監視するようにした。ポリジに用を足しに行くとかなんとか言って、口実を作り準備中に抜け出した。そのときにあたしの持っているハーブの玉を盗み見てしまったのよ」
「はーい」
ベロニカが手を挙げて、ピョンピョンと跳ねながら自分に注目を集めさせた。
「わたしがどうやってハーブの玉を確認するの?」
あたしは一呼吸して適当な説明をした。
「そうねぇ、多分こうじゃないかしら。まずハニレヴァーヌとあたしが謁見の間にいることはわかっていたはず。そこで、ポリジになにかしら言って直ぐに部屋から出る。たとえば、モナルダが最初に出たとするわ。そのあとを追ってベロニカが出る。モナルダにバレないようにね」
その言葉に反応して、モナルダはベロニカをにらむと、ベロニカはニヤリと笑みをこぼした。
「モナルダは謁見の間をうかがいながら見ていた。どこかに隠れてね。その隠れているのをベロニカは見ている。そしてあたしたちが謁見の間から出てくる。以前お客様が来たときの女王様の行動はわかっていたのよ、城内を案内することを」
ハニレヴァーヌは虚空を見上げて小さくため息をもらした。それはどこか、切なさや無力さを感じさせるような深いものだった。
「モナルダは廊下の出っ張りに隠れながらあとを追って行ったの、音楽室のほうへ。ベロニカもそれに続いたんだけど、あたしたちがナピタリティの像の見えるところへ向かっているとわかったベロニカは、逆に映写室のほうへ向かった」
モナルダは目を大きくして驚きの表情を見せる。ベロニカは笑みを消して、あたしをにらみつけた。
「ナピタリティの像のところで、あたしがポケットからハーブの玉を出したのを、モナルダは音楽室方面から、ベロニカは映写室方面からのぞき見していた。そんなところじゃない」
合っていたのか、ベロニカは下を向いて唇を噛みしめていた。
「うーん、家政婦たちはハーブの玉が欲しかったのか?」
ハニレヴァーヌは腕組みをして低く唸った。
「いいえ、ハーブの玉はお互いの擦りつけ合うための道具にしようと考えたのね。ハーブの玉を盗んで隠して置けば、より一層、この城から追い出すことができると思ったから」
首を左右に振り、呆れたというような表情をハニレヴァーヌは見せた。
「あたしたちが眠ったのを見計らって、ベロニカとルピナスは起きる。ベロニカは見ていたハーブの玉を思い出して、あたしのポケットからハーブの玉を取り出す。あたしたちがいつ起き出すか、ポリジがいつ茶室の様子を見て来るかわからない。だから、急いで考えたんだわ、隠す場所をね。外はポリジがいるし、あたしたちはいつ起きるかわからない。だから遠くへは行けない。つまりこの茶室か洗濯室か厨房のどこかに隠したのよ」
あたしに反論する者は誰もいなかった。家政婦たちは一様に下を向いて黙っている。ポリジとハニレヴァーヌは信じられないといったように、眉間に皺を寄せて疑わしそうに家政婦たちを注視していた。
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