第23話 疑惑の証言者たち
みんなが一斉にルピナスに視線を送る。
両手を握りしめて黙っている彼女の緊張がこちらまで響いて来そうな、そんな震えが手に取るようにわかる。あまり見続けるとその震える小さな体が壊れてしまうんじゃないかと思うほどに。
あたしはその沈黙を破るようにルピナスに聞いた。
「ルピナス、あなた睡眠薬を女王様に渡したあと、ちゃんと返したの?」
「……は、はい、返しました」
こわごわと言葉を振るわせながらルピナスは返答した。
「そうなると、ルピナスが金庫に睡眠薬を閉まってから、ハニレヴァーヌの誕生会までのあいだに睡眠薬を手にした人物が犯人の可能性が高いわ」
ざわざわと周囲から不安な声がもれる。ハニレヴァーヌはそれを制した。
「皆の者、落ち着くのじゃ」
それから、ゆっくりと椅子から立ち上がり、テーブルに両手をついてみんなに言った。
「このなかで、ハーブの玉を盗んだ者がおるのか? おるんだったらいますぐ出て来てはどうじゃ、怒らんから」
みんなはお互いを目配せしていた。それは自分以外を疑うようなそんな眼差しで。
「はーい、わたし見ました。昨日の晩、みんなが寝静まったころ、わたしが用を足しに起きたとき、厨房の明かりが点いていたので、なかをこっそりのぞいてみたら、モナルダさんがなにかをやっていました」
ベロニカが元気に手を挙げて我を立てる。笑みを浮かべながらここぞとばかりに続けて物言いをした。
「あと、わたしが用を済ませて部屋に戻るとき、リナリアさんが階段から降りてきて茶室に入って行くのを見ました」
そう言い終えると、満足したように手を下げて背中で腕組みをし顔をほころばせた。
モナルダとリナリアはベロニカを射るように見つめる。
「モナルダ、なにをやっておったのじゃ? 厨房で」
ハニレヴァーヌの低く冷静な声がモナルダの耳を捕まえる。
「はい、わたくしは女王様のお誕生会にお出しする、ケーキの下準備をしておりました」
「そうか、リナリアはなにをやっておったのじゃ?」
と言いながら鋭い視線を移すとリナリアは微動だにせず答えた。
「はい、わたくしは洗濯室に忘れた物を取りに」
「忘れ物? なにを忘れたのじゃ」
「はい、仕事の休憩中に読んでいた本であります」
「本か、それで厨房に明かりが点いていたはずじゃ、のぞきには行かなかったのか?」
「はい、行きませんでした」
リナリアは小さくため息をすると続けて言った。
「なぜなら、モナルダさんがいるのはわかっていたからです」
「どうして、わかっておったのじゃ?」
「はい、昼間わたくしに言っておりました。夜にケーキの下準備をするから、明かりが点いていても気にしないようにと、ですから」
「なるほどのぅ。じゃが、ケーキは当日でも作れるはずじゃぞ」
「それは、蜂蜜のジャムを作っていたのでございます」
モナルダが訂正するようにその疑問を解いた。
「蜂蜜のジャムか、そういえばケーキに塗ってあったの」
「はい、ジャムを半日ほど冷蔵庫に入れて冷やしておくためです」
「そうか、ルピナスは昨晩どこにいたのじゃ」
不意なハニレヴァーヌの質問にルピナスは一瞬驚き、あたふたしながら言った。
「は、はい、わたしは、部屋で寝ておりました」
「昨晩は1歩も部屋から出てはおらんのか?」
「……はい」
ルピナスは顔を赤くして下を向いた。
「うーん、モナルダとリナリアは、昨日は自宅に帰らずにこの城へ泊っていったのか?」
「はい」とモナルダは答える。そのあとを追うように「いいえ」とリナリアは答えた。
「わたくしは、本を手にしたあと自宅へ帰りました」
「ちょっと待って」
あたしはそこまでの会話を聞いてハニレヴァーヌに質問をした。
「ハニレヴァーヌ、もしかしてモナルダとリナリアは通勤で、ベロニカとルピナスは住み込みでいいの?」
「その通りじゃ」
「あと、この城を出るとき、ハニレヴァーヌはその人の服装を変えなきゃいけないけど、昨日の夜、モナルダとリナリアの服は変えて、ベロニカとルピナスの服は変えていないでいいのかしら?」
「……まあ、そうじゃの。この城から出たい者は、わらわの前に来るからの。服を変えてもらいにな。ちなみに服を変えた効果は、わらわが寝たときか本人が寝たとき、それは消える」
「そうなると、ハニレヴァーヌは夜遅くまで起きていたってことだよね」
「いいや、昨夜は一睡もしておらん」
ハニレヴァーヌは口に手を当てて眠そうにあくびすると、そのまま椅子に腰を下ろして背もたれに背中を預けた。
さっき厨房へ向かうとき、テーブルに置いてあるティーカップのなかを確認したけど、少しは残っていた物もあるけど、ほとんどはなくなっていた。それは全員が飲んでいることを意味しているわ。
このなかに犯人がいたとして、自分にだけ睡眠薬を盛らないように細工したってことかしら。
たしかルピナスがティーカップに紅茶を注いでいたのよね。やっぱり睡眠薬を盛るとしたら、ケーキか紅茶か……あるいは、ティーカップに入っていた黄色い蜂蜜の玉。
「あの、ティーカップに入っていた黄色い玉なんだけど、あれって蜂蜜?」
あたしにみんなの視線が集中する。一瞬なんのことかわからないといったような静寂が生まれ、それを破るようにハニレヴァーヌは答えた。
「そうじゃ、蜂蜜じゃ、それがなんなのじゃ」
「あの蜂蜜をティーカップに入れたのは誰なの?」
あたしはぐるりと周りを見回して聞いた。家政婦たちの強張った表情がわかる、そのなかからひとりの家政婦がゆっくりと小さく手を挙げた。
「わ、わたしが……入れました」
恥ずかしいのか顔を見られたくないのか、ルピナスは頭を低く下げて謝るように言った。
あたしが知りたいのは、ハニレヴァーヌが誕生会の準備をポリジに命じてから、あたしたちが茶室に入るまでのあいだに、ほかの人がなにをやっていたかってことよ。
「ルピナスは、ポリジから誕生会の準備をするように聞かされているわね」
「は、はい、わたしもですが、ほかの家政婦たちも一緒に命じられました」
「じゃあ、その命じられたときから、あたしたちが茶室に入って来るまでのあいだ、なにをやっていたのかを聞かせてもらえるかしら」
ルピナスは頭をゆっくり上げると、ひとつひとつ思い出すように話し出した。
「わ、わたしは、ポットに火を点けてお湯を沸かしているあいだに、ティーカップやスプーンなどを棚から取り出しました。果物を器に盛りつけてから、瓶に入っている蜂蜜の玉を取り出して、それをティーカップに入れて、それで準備は終わりましたので、ここのテーブルへ運びました。そのあとは、ここで待機をしていました」
「ふうん、その瓶のなかに入っている蜂蜜の玉って誰が作るの?」
「それは、モナルダさんがお作りになります」
「そうなんだ、今度それの作り方を教えて欲しいもんだわ。じゃあ、ほかの家政婦さんたちの話も聞きたいんだけど、それぞれなにをやっていたのかってことを」
あたしはルピナス以外の家政婦たちを見回した。そうして次に口を開いたのはモナルダだった。
「わたくしはケーキを作っておりました。ケーキを盛りつけしたあと、ここのテーブルに運んでおりました。運び終わりまして、それからここでお待ちしておりました」
モナルダが言ったあとリナリアが続けて言う。
「わたくしはテーブルや椅子を拭いたあと、テーブルに敷くテーブルクロスを洗濯室に取りに行きました。それから、ベロニカの手を借りてテーブルクロスを一緒に敷き。そのあと花瓶に花を生けてここでお待ちしておりました。
最後に残ったベロニカが前におどり出て言った。
「わたしがやったのは、主にこの部屋の拭き掃除をやっていました。絨毯を拭いたり、花瓶を載せている台座を拭いたり……くらいかな、そのあとはここで待っていました」
言い終えたあと満足したように後ろへ下がる。
「なるほどね、大体わかったわ。それじゃあ、ポリジはなにをやっていたの?」
ポリジは一瞬驚いたように目を丸くしてから、拳を作りそれを口に当ててコホンと咳をひとつ吐き言った。
「私は、女王様のご要望に合わせた、物の配置や飾りなどを家政婦たちに指示しておりました」
ポリジは一礼をして話し終える。
「誰かここから出た人物はいないの?」
あたしの問いにポリジは首を傾げた。それから思い出したように手をひとつ叩き言った。
「あ、そういえば、ふたりほどおりました。モナルダとベロニカです。たしかおふたりとも用を足しに部屋の外へ出ていかれました」
モナルダとベロニカ、そのふたりのどちらかがあたしの持っているハーブの玉を見た。もしくはその両方。
睡眠薬は口にする物のなか。ティーカップに紅茶を注ぐ順番。家政婦たちの深夜の行動。消えた睡眠薬。準備中に部屋を抜け出したふたり、怒られているふたり、それとも怒るふたり。
……わかったわ、すべてが。
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