第22話 睡眠薬の眠る場所

 あと6人か、まさかムリッタってことはないよね。

 ムリッタを見ると、退屈なのか睡眠薬のせいか大きなあくびをしていた。


 食べ物を口にしていない者と言ったら、あとはポリジだけね。


 ポリジが犯行におよんだとしたら、まずあたしの持っているハーブの玉を見る。それが欲しくなったポリジはなんらかの方法で睡眠薬をケーキか紅茶に盛る。そして静かになった茶室をのぞき全員が寝ていることを確認してから入る。


 あたしを起こす前にハーブの玉を盗み出してどこかに隠す。そのあと心配しているように振る舞いあたしを起こす。


 そう考えられなくもないけど、もっと追求しなきゃいけないことは……睡眠薬か、まずは誰が睡眠薬を手することができたのかを探し出すほうがよさそうね。


「ハニレヴァーヌ、本当に睡眠薬を摂取した感覚に似ていたの?」

「うむ、そうじゃ。ケーキか紅茶かわからんが、それらを口にしたあと急激な睡魔に襲われたからの、普段はこんな急激にはこんのじゃ」


 たしかに急に眠くなったのよね。睡眠薬を誰が持っていたのか、そしてどうやって盛ったのか、それを問い詰めていく必要がありそうね。


「ハニレヴァーヌが不眠症のために使う睡眠薬って誰が調達するの?」


 あたしはうかがうように周囲に目を向けた。そわそわと家政婦たちがしていると、ひとりの家政婦が手を挙げて言った。


「はい、わたくしであります」


 そう言ったのは、がっしりした体型のリナリアだった。


「わたくしが女王様の睡眠薬を調達しています」

「その睡眠薬は今どこにあるの?」


 あたしが質問するとリナリアは微動だにせずしっかりと答えた。


「はい、厨房にある金庫のなかにあります」

「金庫ってことは、鍵は必要よね。持っているの?」

「いいえ、ここにはありません」

「どこにあるの?」


 家政婦たちは顔を見合わせて頷きあった。そうしてリナリアがその代表として話し出した。


「以前は、女王様に鍵をお渡ししていました。ですが女王様はお飲みになるお時間関係なく金庫から睡眠薬を持ち出して大量に飲んでしまわれたのです。できれば就寝前にお飲みいただければと思いまして、それ以降、摂取量は守っていただくのと飲む時間を就寝前にしていただくために、わたくしどもが鍵と睡眠薬を管理することになったのです」


 ハニレヴァーヌは頬杖をしてあさっての方向を見ている。


「ですから鍵は女王様の知らない場所に保管してあります」

「その場所はどこなの?」


 リナリアは人差し指をすっと厨房があるほうへ向ける。


「あの花瓶のなかであります」


 その場の全員がその花瓶に注目した。


「本当にあるか確認してもらえるかしら」

「はい」


 リナリアはきびきびと歩きその花瓶のところへ向かった。花瓶に生けてある花を取り出すと、そのまま花瓶を持ち上げて逆さに向けようとした。


「水がもれるぞ!」


 ハニレヴァーヌはその行動を制止させると、リナリアはこちらに顔を向けて言った。


「女王様、ここだけは造花であります」


 ハニレヴァーヌは一瞬驚いた表情をすると軽く頷き、あごをしゃくり上げてさきを促すように示した。


 花瓶を逆さまにすると、なかから光る物が飛び出してきてリナリアの手のひらに乗った。


「鍵はここにあります」


 キーホルダーを摘まみ上げて、ゆらゆらと揺らしながらあたしたちに鍵を見せている。


「どういうことじゃ?」


 ハニレヴァーヌは訝しげにあたしの顔を見て聞いてきた。


「そこに鍵があるってことは、誰でも鍵を取り出すことができて、誰でも睡眠薬を手に入れることができるわ、門衛をのぞいてね」


「なるほどのぅ、そういうことになるか」


 そう言うと、ハニレヴァーヌは考えるようにあごを手で擦りながら虚空を見上げた。


「金庫のなかを見たいんだけど、誰か案内してくれる」


 あたしは周囲を見て誰彼かまわずに言った。


「わたくしがご案内いたします」


 声を上げたのは家政婦のモナルダだった。


 モナルダは「こちらでございます」と言い、厨房のある部屋へと向かった。あたしはそのあとについていく、ほかの人も金庫を確認したいのかあたしのあとについてくる。ハニレヴァーヌは座ったまま頬杖をしてそれを見送った。


 厨房への扉をモナルダが開けると銀色が目に眩しい厨房があった。銀色の調理テーブルをまんなかに置き、その周囲は人が3人並んでも余裕で通れる空間があった。壁際には白い棚がありそこに食器とか調理道具とかが綺麗に片づけられている。


 モナルダは足を止めて、ある一角に指をさして言った。


「こちらが金庫でございます」


 棚の上に置かれている小さな金庫は白い布が掛けられていた。モナルダが布を剥がすと、ふたに取っ手のついた工具箱のような白い金庫が姿を現した。


「開いてるの?」


 あたしが聞くとモナルダは取っ手をつかみ開けてみた、だが閉まっているらしく開けられなかった。モナルダはあたしに顔を向けて首を左右に振る。


「開きません」

「鍵が掛かっているのね、なかを確認したいからさっきの鍵を使って開けてみて」


 あたしは近くにいたリナリアに声を掛けた。リナリアは割り込むように金庫の前に来ると、持っている鍵を鍵穴に差し込んでゆっくり回した、するとガチャっと開錠した小さな音が鳴る。リナリアはそのまま金庫の取っ手をつかみ開けた。


「……ありません」


 リナリアは金庫から透明な空の小瓶を取り出すと中身を周囲に見せてから軽く振った。


「半分以上は残っていたとは思うのですが……」


「そうなると、誰かが花瓶に隠してある金庫の鍵を取り、この金庫の鍵をそれで開けて、なかに入っている睡眠薬を手に入れる。そのあと、その睡眠薬を今日のこの誕生会に出す食べ物などに盛る。そして、小瓶を金庫に戻して金庫の鍵を閉め、その鍵を花瓶に戻す」


 言い終えると、あたしの後ろからそわそわと声がする。


「とりあえず茶室に戻りましょ」


 あたしはそう言うと、不安からなのか何人かがため息を吐き、引き返す。そのとき調理台の脇に置いてある桃色の瓶が目に入った。


「その瓶、なにが入っているの?」

「蜂蜜を丸めた玉でございます」


 モナルダはそう答えると厨房から出て行った。厨房から出るとハニレヴァーヌがあたしを見て聞いてきた。


「どうじゃった?」


 あたしは首を振り「無かったわ」と答えた。みんながハニレヴァーヌを取り囲むように集まると、あたしはハニレヴァーヌに聞いた。


「ハニレヴァーヌに聞きたいんだけど。昨晩、あなたの寝室に睡眠薬を持ってきた人って誰なの?」


 唸るように少し考えてから彼女は答えた。


「うーんとな、ルピナスじゃ」

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