第21話 必然的に外される容疑者たち
あたしが眠っていたときに犯行におよぶ。
普通に考えればそうなるわ。あたしが眠る前にあった物が起きたときにはなくなっていた。その眠っているあいだだけあたしは見ていないわけだから、そのあいだに盗まれたことになる。
じゃあ、なぜあたしは眠ってしまったのか? 疲労? 睡眠不足? それはないわね。たしかに多少の疲れはあるかもしれないけど、急激に眠くなったのよね。
『わらわが睡眠薬を飲んだときに似ている』ってハニレヴァーヌが言っていたわ。そうなると間違いなく睡眠薬であたしは眠ってしまった。
じゃあ、なにに睡眠薬を入れたのか? ケーキ。ティーカップに入っている紅茶。直接あたしが口にしたのはそのふたつだけ、そのどちらかに睡眠薬を投入したと考えたほうが自然だわ。
けど、どちらでも関係ないことね。だって犯人はあたしたちを眠らせることが目的だから。
もしケーキを食べなかったら、もし紅茶を飲まなかったら、そのどちらとも手をつけなかったら盗むことはできなくなる。でも女王様の誕生日なのに、その女王様の目の前でなにも口にしないのは失礼になるわ。特に女王様の周りを使えている人たちにとっては。
だから、まったくなにも口にしないことはできないはず。
大体最初に全員がティーカップを持ち、そこに注がれている紅茶を『女王様、お誕生日おめでとうございます』のあとに一斉に飲んでいたし、飲むふりをしていただけの者もいるかもしれないけど。
あたしは眠る前にこの部屋にいた全員が次々と眠っていくのを見ていたけど、本当に眠くなったのかも怪しいもんだわ。最悪、ここにいる人たち全員が組んでいて、あたしとムリッタを眠らせて盗む。
……んーどうだろう。だって、ほかの人たちはともかくハニレヴァーヌ本人に直接ハーブの玉を渡すわけだから盗む必要はないよね。それの引き換えといってもここで作られている蜂蜜でしょ。自分たちの蜂蜜が減るのが嫌だから盗む? そんなことするかしら。
あたしは一度ハニレヴァーヌから蜂蜜を受け取っている。それは確実だしあたしが返さなくてもよかったはず。つまり、蜂蜜をもらってそのまま帰ることもできたわけだから、蜂蜜が減って嫌ということは考えられないわ。
ここの人たちが裏で組んでいたとして、ハーブの玉と蜂蜜を両方とも欲しがった場合。あたしに蜂蜜を渡しても返してくるとわかっていて、あえてあたしに蜂蜜を渡した。
たしかに返したけど、そうなるとあたしがハーブの玉を見つけ出そうとする行動に出るわけだから、ここの人たちにとっては余計にあたしが厄介者になるはずよ……そんな回りくどいことするかしら。
本当に両方欲しいという計画なら、あたしが城案内されているときに、あたしが差し出したハーブの玉をハニレヴァーヌは受け取って、あたしを誕生会の席で眠らせてどこかわからない場所に置いて来るほうが早い……いいえ、寝ているあいだにあたしたちを亡き者にするほうがより安全だわ。
やらなかったのか、それともできなかったのか。
もっと言うと、あたしとムリッタを眠らせてやればいいわけで、全員がそんな演技をする必要もない。なんなら睡眠薬じゃなくても、毒薬かなんかを使ったりすればもっと簡単だわ。
……でも、あたしたちは生きている。だから犯人の目的はハーブの玉だけってことになるわ。
「ねぇ、誰かがこの城に入るとき、ハニレヴァーヌ自身がその人を確認しているの?」
あごに手をあてて考える素振りを見せながらハニレヴァーヌは答えた。
「そうじゃのぅ、わらわがその者の顔や体を遠隔で確認しておる」
「あの、素朴な疑問なんだけど、どうやって?」
「透明な壁ってのはな、言わば結界じゃ。そこを通った者は自動的にわらわがそこで監視するかのように見ることができるのじゃ、寝ているあいだは無理じゃがの」
「寝ているあいだは無理って?」
「わらわが寝ているあいだは誰もこの城へは通れんのじゃ、どんな者でもの」
「ふうん、そうなんだ」
「それがどうしたのじゃ?」
「そうなると、ここにいない出かけているふたりは除外されるわね」
「……ふむ、そうなるのぅ、出かけるときに見ているしな」
ハニレヴァーヌ、ポリジ、モナルダ、リナリア、ベロニカ、ルピナス、門衛のふたり、このなかにハーブの玉を盗んだ犯人がいるかもしれないわ。
実際に食べ物を口にしていないのは、門衛のふたりとポリジ。その3人だけね。
門衛のふたりが盗んだ場合。門衛のどちらかひとりの犯行だとは考えにくいわ。彼らのうち、どちらかが片方を黙らせなきゃならないし。
「門衛のふたりなんだけど、彼らになにか危険があった場合って、ハニレヴァーヌに知らせみたいのが届くの?」
「届くぞ、もし門衛がなに者かによって負傷や気を失ったとき、わらわのもとへ自動転送されて治療をしてやるのじゃ、わらわがの」
自動転送。人を自動転送できる? 今さら驚くことでもないわ。この森に住んでいる人たちは特殊な能力の持ち主ばかりだから。
転送されてきていないのを見ると、ふたりで犯行におよぶことになる。
「門衛って門から離れたらどうなるの?」
「シャルピッシュはわかっておらんかもしれんが、門衛は門から移動することはできんようになっておる」
「移動できないって、どういこと?」
「ある一定の距離までしか歩くことができぬようになっておる。それ以上歩いたら強制的に門のところへ戻されるのじゃ」
「距離ってどのくらいの?」
「んーそうじゃの、門から城の入り口手前くらいまでじゃ」
「距離の制限は、ハニレヴァーヌが眠っていても効果はあるの?」
「いや、ないの」
そうなると、門衛のふたりはそのあいだに犯行が可能だとういうことになるわ。
彼らは、あたしたちが眠ったのをわかっていてこの部屋に入る。でもポリジがこの部屋の前に立っているはずだから、見つからないで入ることはできない。
「ハニレヴァーヌ、この部屋の入り口はあそこだけ?」
あたしは入り口の扉を指さした。ハニレヴァーヌは軽く首を左右に振り言った。
「いいや、ほかにもあるの。あっちとそっちじゃ」
そう言いながら左右の壁に指を向けた。
「あっちはの」
ハニレヴァーヌは右側の壁を指さした。
「厨房じゃ。そしてそっちはの」
こんどは左側の壁を指さした。
「洗濯室じゃ、それぞれの部屋には廊下に出る扉がある」
となると、正面の入り口からではなく、左右の扉からこの部屋に入ってくることが可能になるわ。ポリジの目を盗んでこの部屋に入って来たとして、あたしの持っているハーブの玉を盗む?
……それだと、あたしがハーブの玉を持っているかをどうやって知るの? 彼らがどうやって睡眠薬を盛るの? ハニレヴァーヌが寝ているあいだにこの城へ侵入して、厨房か洗濯室の部屋からあたしたちがいるこの茶室に入る。
あたしの持っているハーブの玉を確認するには、ハニレヴァーヌの城案内であたしが見せたときだけ、そのとき彼らがそれを見た、そこで知ることになる。
睡眠薬をどうやってティーカップに入れたのか……そう言えば。
「さっき見えない壁って言ってたけど、どのくらいの範囲なの?」
ハニレヴァーヌはその質問に眉根を寄せながら言った。
「うーむ、そうじゃの……門衛の手前までじゃの。わかっていると思うが、門衛は門の前で待機しておる。その後ろに門がある。そこから塀を伝って円を描くように張り巡らされておる」
じゃあ、さっき『わらわが寝ているあいだは誰もこの城へは通れんのじゃ』って言っていたから犯行は不可能ね、いや可能かもしれないわ。
「ハニレヴァーヌが寝ているあいだ、見えない壁。つまり結界のなかに誰も入れないのはわかるけど、起きているあいだに結界の内側に入って待機していて、そして眠ってから城のなかに入ることは可能ってことになるよね」
あたしに渋い顔を見せるとハニレヴァーヌ聞いてきた。
「それは門衛のことを言っているのかの?」
「うん」
「たしかに可能じゃが、それはできんはずじゃ。彼らは自力でこの茶室、謁見の間、厨房、洗濯室には入れようになっておる」
「入れない?」
「契約での、勝手に立ち入ってはいけない決まりなのじゃ、つまりの見えない壁じゃ。自動的にな。負傷や気を失うなどをした場合にだけ入れる、それでも条件がある。わらわが起きていることと、わらわのいる近くの場所への転送のふたつじゃ」
ハニレヴァーヌは遠い目をした。そんな状況があったときの様子を思い浮かべているように。
「たとえばの、傷を負ってわらわのもとへ自動転送してくる。わらわがその者を癒すと直ぐに戻される。自動転送での」
ハニレヴァーヌが起きているときは門衛に移動の制限がある。それは門から城の入り口辺りまでの距離。
反対に寝ているときは塀の外からはどんな者も入れない。ハニレヴァーヌが起きているあいだに、城の敷地内に入っていれば、寝ていたとしても関係ない。さらに移動制限が解除されて、門衛は自由に動けるようになる。
でも、ハーブの玉をそのふたりが見ることはできない。あたしがハーブの玉を出したとき、ハニレヴァーヌは起きていた。その見せた場所は城の入り口の反対側にあるため、移動制限の掛かっている門衛たちはそこに行けない。
そして、この部屋に入ることができないなら、門衛のふたりは除外されるわね。
残りは――。
ハニレヴァーヌ、ポリジ、モナルダ、リナリア、ベロニカ、ルピナスってことになるけど、このなかにハーブの玉を盗んだ犯人がいる……そんなこと本当は考えたくないけど、ハーブの玉がなくなっている以上、疑わないわけにはいかないわ。
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