第20話 城の入出許可証

「いいえ、ダメよハニレヴァーヌ。それじゃあ、あたしが納得できないわ」


 あたしはハニレヴァーヌに蜂蜜の入った小瓶を返した。彼女は困惑したようにそれを受け取る。


「……シャルピッシュ」

「あたしはたしかにここへ、この城へ持って来たのよハーブを。でもさっき探しても見つからなかったってことは、考えたくないけど……盗まれたんだわ」


 その言葉に各々が驚きの声をもらした。ハニレヴァーヌは一瞬驚いた表情を見せる。そのあと小さなため息をして冷静に聞いてきた。


「なるほどのぅ、それはわらわたちのなかに盗んだ者がおると申すのか?」

「さあね、わからないわ。たとえば誰かがこの城に忍び込んであたしが持っているハーブの玉を盗んで逃げるなら、この城の者たちじゃないわ」

「そうじゃのぅ」

「でも、あたしがここへ来ることはメイアトリィとハートレルしか知らないし、ハーブの玉を持っていることもね。それにあたしがここへ来てハーブの玉を見せたのは一度だけよ」


 ハニレヴァーヌは思い出したように手を1回叩いて言った。


「ああ、あのときじゃな。わらわがシャルピッシュを城案内しているときじゃ」

「そう、そのときに誰かが見ていて、ハーブの玉のことを知った。というかハーブの玉と思わなかったのかもしれないわ」

「ふむ、思わんかったとなると、なんじゃ?」

「そうね、なにかの宝石に見えたんだわ。光っていて綺麗だから」

「そのとき見た者が盗んだというわけじゃな」


 ハニレヴァーヌはあごに指を当てて考えた。あたしは彼女に聞いた。


「ねぇ、ハニレヴァーヌ」


 彼女は考えながら訝しげにあたしに視線を向ける。


「ここの警備って厳重なの?」

「厳重じゃ、ネズミ1匹通さんぞ」

「外部から誰かが侵入してくるってことは、あり得るかしら」


 虚空を見上げて考え込むとハニレヴァーヌは言った。


「それはないの。なぜならば、それじゃ」


 そう言いながら、あたしの胸辺りを指さした。あたしは自分の胸もとを確認した。


「そのペンダントじゃ。そういった物がない限り外部の者は入れんようになっておる」

「あの門にいた門衛たちが通さないってことでしょ」


 クスッと一笑するとハニレヴァーヌは軽く頷いた。


「まぁ、それもあるがの。ほかにもあるんじゃ、この城へ入れない理由が」


 ハニレヴァーヌは妖艶な笑みを見せると、テーブルに両肘を立てて手を組みそこにあごを乗せて言った。


「この城はの、わらわが認めた者しか入れぬのじゃ。無理に入ろうとすれば見えない壁に阻まれて引き返す羽目になるのじゃ。ただし、メイアトリィの物を本人から渡された場合は入れる、ひとりで来たとしてものな。わらわの知り合いじゃし、客人としての入る条件じゃからな」


 あたしはメイアトリィのペンダントを思わずぎゅっと握った。なんだかよくわからないメイアトリィの大きさを感じた。


「そうなると、絞れるわね」

「絞れるかの」


 頬杖をしながらハニレヴァーヌは聞いてきた。あたしは鼻を鳴らして言った。


「直接メイアトリィからそういった物をもらった人がこの城へ来て、たまたま、今日この城に来たあたしのポケットにしまってあるハーブの玉を見つけ出して、盗むなんてことがない限り」


「ははは、それは確率が低いのぅ、まあ、よしんばそれでこの城に入ったとしても出ることはできんじゃろう、わらわの許可なしにはな、なぜじゃかわかるか?」

「見えない壁」

「そうじゃ、この城から出ようとしても勝手に出れぬのじゃ」

「どうすれば出れるの?」

「わらわのところへ来て、服を変えるのじゃ」

「服を変える?」

「わらわが、このように……」


 と言いながら、あたしに指を向けると、一瞬であたしの着ている服が家政婦の服へと変わった。ハニレヴァーヌは続けて指を振ると、次々とあたしの着ている服が変わっていった。白のワンピース、銀色の鎧、朱色の浴衣、黒い猫の着ぐるみ。


「……すれば出れる。服はの、出るときに毎回わらわに変えてもらう必要があるのじゃ」


 彼女はふたたびあたしに指を向けて服をもとに戻した。


「じゃあ、あたしも今みたいに服を変えてもらわないと出れないの?」

「基本的にはの。じゃが安心せい、この城から出るためだけの服じゃ。出ればもとに戻ろう。それとこの城の敷地内であれば服はそのままじゃ」

「じゃあ、ムリッタも服を……」


 あたしは絨毯の上に伏せてこちらを見ているムリッタに指をさした。ムリッタが家政婦の服を着ている姿を不意に想像してしまった。


「いや、人間だけじゃ服を変えるのはの。ほかの動物は足首にリングをつけさせるのじゃ」


 ハニレヴァーヌはムリッタに指を向けて、その足首に黄色のリングをつけさせる。ムリッタはリングを見てうれしそうに尻尾を振った。


 あたしは首を振り、さっきした想像を消して質問を続けた。


「家政婦さんたちとかは、どうやってこの城に入るの? 家政婦さんたちって住み込みなの?」


「住み込みの者もおるが、帰宅する者もおる。さっきも言ったであろう、わらわの許可が有ればじゃ。わらわが入るためだけの見えない鍵を本人に渡すのじゃ。まぁ、見えない鍵といってもその本人の体が鍵の代わりとなる。鍵を持っておらん奴は自動的に入れん」


「でもその鍵を持っている人の友達とかが、一緒に来て入ろうとした場合は入れるの?」

「入れるぞ、ただし偽った者は入れん」

「偽った者って?」

「たとえばのぅ、誰々の知り合いとかを名乗っても、知り合いじゃなかったら入れん、知り合いの宝石が本人の物であってもな、それは本人に姿を変えたとしても同じことじゃ」


「ふうん、じゃあ見えない鍵を持っていない状態のとき、つまり、始めてこの城に来て入る場合どうやって入るの? あたしはメイアトリィの知り合いで、その彼女のペンダントを持っているから入れてもらえたけど」


「ここへ来る途中に看板が有ったじゃろ、その看板に何々募集とかを書くのじゃ、合言葉を添えてな、それ以外は入れん。募集は締め切っておるし、合言葉が使えるのは募集期間だけじゃからな、まあメイアトリィだけは特別じゃな」


 そうなると、ハーブの玉を盗んだ犯人がいたとしたら、まだこの城のなかにいるということになるわね。


「ハニレヴァーヌ、もしハーブの玉を盗んだ犯人がいるとしたら、この城のなかにいるわ」

「……じゃろうな」


 ハニレヴァーヌは疑うように目を細めて周囲を見渡した。


「ハニレヴァーヌ、この城にいる人数は全部で何人いるの?、まだ犯人がいるって決まったわけじゃないけど、一応ね」


「ここにいる者と外の門衛だけじゃ、今はな」

「今はって?」

「出かけておる者もおる、ふたりじゃがな」


 そうなると、あたしが知る限りじゃ全部で10人、その10人のなかにひょっとしたら。


「そのふたりはいつ出かけたの?」

「うーん、そうじゃのぅ……シャルピッシュが来る前じゃな」


 来る前ってことは……いや、出ていったと見せかけて実は、そしてハーブの玉を盗み、この城のどこかに隠れてやり過ごそうとしているかもしれないわ。


 今までの話やことがらをまとめると、まず、この城にはハニレヴァーヌの許可がないと出入りできない。出るには、ハニレヴァーヌに会って毎回出る用に服を変えてもらったり、リングをつけてもらう必要がある。


 逆に入るには、その本人に鍵を渡す。その鍵は本人の体そのものであって、道具とかではない。ほかにも、自分を偽った者は入れない。たとえば本人の友達だと偽りつき添ってきて、強制的に入ろうとしても、見えない壁で入れない。


 客人としてひとりで来た場合。あたしみたいにメイアトリィの知り合いで、直接メイアトリィから彼女の身につけている物を渡されれば入れる。彼女がハニレヴァーヌの知り合いなら。


 そう言った客人じゃなくても入る方法は、募集広告の合言葉を覚えておくこと、今はなにも募集してないから入れない。


 もし外部の犯行だとしたら、あたしがハニレヴァーヌにハーブの玉を見せたとき、それを確認した犯人が彼女の知り合いで、それによって城のなかに入ってきて、あたしが眠っているあいだに盗む。

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