第18話 夢見る誕生会
光りが差し込むと広々とした茶室が現れた。床には桃色の絨毯が敷かれていて、あたしたちをお待ちしているみたいに出迎えた。
白と桃色のテーブルクロスを敷いた縦長のテーブルがまんなかにあり、それに合わせるように白い椅子が何脚か置かれていた。
光沢のある白い天井には、小さな花をいくつも模したシャンデリアが淡い橙を放っていた。
その部屋の壁を見ると、白い壁に幅の広い桃色の線が1本横に引かれた柄になっている。両側の壁には両開きの扉が1枚ずつあった。
壁沿いには柱のような白い台がいくつか置かれている。その上に桃色だけの花を挿した白い花瓶がのせてあった。
そして、入り口から真正面にある大きな窓がその空間をより広いものにしていた。
「そこに座ってよいぞ」
歩きながらハニレヴァーヌはテーブルのいちばん手前の席を指さした。するとポリジがその椅子を引きあたしを誘う。あたしは促されるまま椅子に腰を下ろした。
テーブルの上にはティーカップやケーキや果物などが用意されていた。
周りを見ると家政婦とみられる人たちがテーブルから左にふたり、右にふたり並んでいた。丈の長い黒のワンピースに黄色のエプロンを着用して立っている。
ポリジが椅子を引きハニレヴァーヌが座る。あたしの座っているまっすぐ前の座席に腰を下ろした。
ハニレヴァーヌは手を2回ほど叩いて言った。
「今日はわらわの誕生日じゃ、そなたたちも座ってよいぞ」
それは家政婦たちや執事に向けた言葉だった。するとふくよかな家政婦のひとりがしっかりとした声で返した。
「女王様、わたくしどもは家政婦ゆえ、同席することは大変おこがましいと言いましょうか」
「なに構わぬ。たまには一緒に茶をいただくのもよいじゃろうて、それともわらわと一緒に食事をするのは嫌か? モナルダ」
「いえ、けしてそのようなことでは。それでは、わたくしどももご用意いたします」
そう言って、モナルダはあごをしゃくり、ほかの家政婦に合図を送った。
手際よく家政婦たちの食器が並べられていく。立っていたポリジは女王様に耳打ちをすると部屋の入口の扉へ向かった。出ていく前に彼はあたしに声を掛けてきた。
「お部屋の外におりますので、なにかございましたら声をお掛けください」
あたしは頷くとポリジは一礼して静かに部屋を出た。それから静かに扉の閉まる音がする。
あたしたちのティーカップにも注がれる。「紅茶でございます」と彼女は注ぎながらささやいた。
ムリッタにも少し幅の広いティーカップが用意されていてそこに注がれた。ムリッタはそれを見ると口を寄せて舐めようとしている。あたしはとっさに手でそれを止めて小声でムリッタに言った。
(まだ待って、女王様が飲んでからよ)
あたしはなんとなくそんな感じがして止めに入った。ムリッタは首を低くしてしょんぼりとティーカップを見つめる。
最後のティーカップに紅茶が注がれると全員が席に着いた。
「今日は客人のシャルピッシュも見えとるでの、それも兼ねた祝いじゃ」
ハニレヴァーヌはティーカップを持ち上げた。家政婦たちもそれに続いてティーカップを持ち上げる。あたしもそれに続いた。
『女王様、お誕生日おめでとうございます』
家政婦たちから祝福の言葉が同時に発せられる。あたしもそれに釣られて言った。そのあとティーカップに注いである紅茶を全員が啜った。
紅茶は心地よい渋みのなかに甘い蜂蜜の味がした。その香りが鼻と口に広がる。見るとなかに入っていたあめ玉らしきものが溶けてなくなっていた。どうやらそれは蜂蜜を固めた物らしい。
小皿にのせてあるケーキを見てみた。三角に切られた黄色の生地の上に生クリームが丸く添えられていて、その上にいちごがのっていた。
あたしは添えられているフォークでケーキをすくいひと口食べてみた。蜂蜜の甘い味がしたと思ったら溶けるようになくなった。
久しぶりにこんな甘い物を食べた気がする。こんなことなら姉も連れてくればよかったわ。
「シャルピッシュ、どうじゃ、口に合うかの」
「うん、おいしいわ。とっても」
「そうか、それはなによりじゃ」
にっこり微笑むとハニレヴァーヌは紅茶をひと口啜る。
「ところでシャルピッシュ、そなたはどこから来たのじゃ?」
あたしはテーブルナプキンで口を拭って答えた。
「えっと、あたしはグラジルーネっていう町から来ましたわ。この森で修行するために」
「ほぅ、それは自分で思いついてか」
「いいえ、うちの両親が勝手にあたしたち姉妹を寝ているあいだにこの森の別荘まで運んできて、置いて行ったのよ、置手紙をして」
「ふふ、面白い親じゃの。で、なんて書いてあったのじゃ、その手紙に」
「えーっと、たしか姉妹で協力して生き抜いてほしいとか、なんだとか」
あたしは首を傾げながら姉と協力してやっているものを考えてみた。料理、洗濯……。あとなんだっけ?
「生き抜いてほしいとな。シャルピッシュは姉かそれとも妹か」
「あたしは妹よ、姉はキャルフリーって言って、今はちょっと……病気っていうか、なんていうか」
「病気! それは大変じゃな」
ハニレヴァーヌは目を丸くして驚いた。あたしは慌てて手を振った。
「あー、別に大した病気じゃないのよ、ただ変わっているっていうか」
「……ふうん、まぁ早く治るとよいな」
「うん」
あたしは笑顔を送った。それを見て彼女は微笑むと、今度は近くに座っているモナルダに話しかける。それはなにかを提案するように耳打ちをしていた。
「気になる?」
不意に左斜めに座る家政婦が声を掛けてきた。あたしより少し年上な感じの雰囲気がする。
「おおかた、女王様のことだからなにか出し物でもして、シャルピッシュ様を楽しませなさい、なーんて言っているのかも」
ふふふっと彼女は笑う。あたしの真顔になにかを感じ取って慌てて言ってきた。
「あ、わたしベロニカっていうのよろしく」
「よろしく」
「シャルピッシュ様ってしっかりしているのね。ひとりでこんなところまで来て」
「いいえ、ひとりじゃないわ。ムリッタも一緒よ」
ベロニカはムリッタをのぞき見た。ムリッタはケーキをおいしそうに食べている。
「ふふ、可愛いワンちゃんね。……親が近くにいないのって辛い? 女王様とのお話を聞いちゃったから」
申しわけなさそうに彼女は眉を寄せた。
「別に、慣れれば辛くないわ。親は親よ」
「すごいなぁ」
「すごくないわ。あなたたちのほうがすごいじゃない。働いているから」
「まあ、そうねぇ。でも辛いこともあるわよ。いろいろとね」
ベロニカはその辛いことを洗い流すように紅茶を啜った。あたしも紅茶を啜ってから、話題を変えて聞いた。
こういった席で辛いことや嫌なことを思い出させるのもどうかと思ったから。
「ほかの家政婦さんたちは、ベロニカより先輩なのそれとも後輩?」
紅茶を置いて、ベロニカはほかの家政婦たちの紹介をした。
「そうね、先輩もいるけど後輩もいるわ」
「ふうん」
「まず、わたしの左隣に座っているのが、リナリアっていうの。プライドが高くて高飛車な性格をしてるの、わたしより年上で先輩よ」
リナリアはがっしりとした体型に見える。ケーキを大口で頬張り、ゆっくりと味わうように食べていた。
「あたしの左斜めに座っているのはモナルダっていうの。意地が悪いし気が強い性格。まあ、家政婦のリーダーね。彼女が仕事の分担などをしているわ。当然、先輩で年上よ」
モナルダはふくよかな体型をしていて、女王様になにかを言われてたじたじになっている。
「そして、わたしの正面に座っているのがルピナスっていうの。小心者で気が弱い性格。彼女は後輩で、わたしより年下なの」
ルピナスは華奢な体型で、フォークでゆっくりとケーキをすくって食べている。食べたときの表情は無表情で、おいしいのか不味いのかわからなかった。
「で、わたしはって、あーもう紹介したよね」
ベロニカは中肉中背で明るい感じの性格をしている。
彼女は一息つくように紅茶を啜った。とてもおいしそうに飲んでいる。あたしは家政婦の仕事について聞いてみた。
「家政婦の仕事って大変?」
「大変よ、炊事、洗濯、掃除を毎日だもん、分担はするけど……」
「するけど?」
「ほら、能力によって差が出るじゃん個人的な、それがあって、わたしと彼女……」
ベロニカは真正面の席に座っているルピナスに目をやった。
「……は、怒られてばかり、ほかのふたりにね。だから嫌んなっちゃうのよ……でも、好きなのよこの仕事が、だって綺麗でしょ、このお城やお庭」
ベロニカは周囲を見渡すと自分の席にあるケーキを食べて、うっとりとしていた。
あたしも息をするように意識して周囲を見渡した。シャンデリアから橙の明かりが部屋全体を照らす。
ゆらゆらと揺らめく暖かい空気があたしの体や思考をぼーっとさせてくる。
そういう、ボヤっとした感覚が不意に眠気を誘う。あたしは眠らないように首を振ったり目をパチパチと瞬きした。でも眠気が収まらなかった。それを見てハニレヴァーヌはあたしに「シャルピッシュ、大丈夫かえ」と聞いてくるけど、なんか、ぼんやりしている。
それは水に頭まで浸かって声を掛けられたようなふわりとした声だった。
あたしはそれに答えようと大きく頷いた。しかし、眠いため自分の動作がゆっくりに感じる。あたしの椅子の下隣にいるムリッタに声を掛けようとしたけど、ムリッタは気持ちよさそうに眠っていた。
ガチャっとテーブルの上から音が聞こえた。あたしはテーブルの上に目をやると、ベロニカがテーブルにもたれ掛かるように腕を組んで眠っていた。
あたしは彼女の肩を揺すってみたが起きなかった。それから順々にリナリア、ハニレヴァーヌ、モナルダ、ルピナス全員がテーブルに突っ伏していった。
油断。そんな単語が脳をかすかに触れる。それはハートレルからの助言『シャルピッシュ、油断はするな』を思い出させた。だけどその言葉はすでに遅く、あたしの思考を奪うように眠気が襲い掛かってくる。
部屋はさっきまでのガヤガヤが嘘のように消えていた。
あたしは眠気を我慢してテーブルに両手をつきおもむろに立ち上がる。それからポリジを呼ぼうと出口の扉へ向かった。夢のなかを
一瞬、クラッと頭が揺れて体が軽くなった。そこに自分がいないみたいに。
体がふわりとした感覚を支えきれず、ゆっくりと絨毯の上にあたしは倒れた。なんの抵抗もできないまま、静かなものに耳を傾けていた。
ねじを回していない人形のように動くのを止めた体。次第に耳も機能しなくなり、あたしはそのまま気を失うように眠った。
睡魔という魔物を野放しにしたまま。
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