第17話 女王様のお城案内

 銀色のティアラが光り凛とした顔を見せる。左腕にしている黄色の腕輪が窓越しの光で反射していた。


「女王様、こちらはシャルピッシュ様でございます。メイアトリィ様のご依頼でお越しになった模様でございます」

「そうか、ポリジさがってよいぞ」

「では、失礼いたします」


 ポリジは扉を開けて静かに出て行った。あたしと女王様のあいだに静寂が訪れる。それを破るように女王様が言った。


「わらわはハニレヴァーヌじゃ。シャルピッシュとか言ったのう、メイアトリィは元気じゃか?」


 黄色のピンヒールを鳴らしながら、彼女はあたしたちのもとへ近づいてきた。


「ええ、元気ですわ」


 近くまできて足を止める。あたしの背は彼女の胸もと辺りまでで少し見上げる形になった。


「そうか……ん? 犬がおるの」

「ああ、ムリッタっていうの」


 ムリッタは座ったまま尻尾を振った。


「そうか、可愛いの……で、なにしに参ったのじゃ」

「ええっと、メイアトリィに頼まれて蜂蜜をもらいに来たんだけど」

「おお、蜂蜜をとな……その前に茶でもどうじゃ」


 下を見るとムリッタがうれしそうに尻尾を勢いよく振っていた。


「……まあ、そうですわね。いただくわ」

「そうか、よかった今日はわらわの誕生日じゃ、楽しんで行ってくれ」


 ハニレヴァーヌは声高くポリジを呼んだ。


「ポリジはおるか」


 「はい」と扉越しから聞こえて、彼は部屋に入って来た。


「なんでございましょうか、女王様」

「今日はわらわの誕生日じゃ、客人も来たことだし、茶の準備をせい」

「かしこまりました」


 ポリジは静かに扉を開けて外に出て行った。女王様はうれしそうに口もとをほころばせている。


「あのーハニレヴァーヌ女王様、お誕生日おめでとうですわ」

「ありがとうじゃシャルピッシュ。それとな客人とは対等の立場じゃ、じゃから、女王様はつけんでよいぞ」

「うん、わかったわ、ハニレヴァーヌ」

「では、茶席にでも向かおうかの。ついてこい。ついでに城を案内してやろうぞ」


 ハニレヴァーヌはあたしたちを通すように、部屋の扉を開けた。あたしたちはそれに従って部屋の外に出た。広い玄関を見下ろすと左右対称の空間があたしの美感を誘惑する。


「こっちじゃ」


 あたしたちは誘われるままハニレヴァーヌのあとについて行った。


 謁見の間の扉を背にしてそこから右側に進み、白い壁沿いを歩いて行く。


 上には花びらの形をした照明があり、それが光沢のある白い床に反射していた。歩くたびにハニレヴァーヌからコツコツとピンヒールの弾む音が聞こえてくる。


 突き当りを右に曲がり奥へと進んでいくと、右側の壁に両開きの扉があった。ハニレヴァーヌはそこで立ち止まり静かにその扉を開けた。


「ここは音楽室じゃ」


 ガランとした空間が顔をのぞかせた。大きなピアノが奥のほうに置かれている。


「ここは歌を歌ったり、曲を聴いたりするところじゃ」

「へー、ハニレヴァーヌも歌を歌うの?」


 彼女は首を横に振り微笑んで答えた。


「いや、わらわは聴くほうじゃ、じゃあ次へ行くとするかの」


 扉を閉めてふたたび歩き出す。廊下を進むと左側の壁に片開きの扉が間隔に置いて連なっている。部屋と部屋のあいだには、壁を縦に削った半円筒形のような出っ張りが施されていた。


「その扉は?」


 あたしが聞くと、ハニレヴァーヌは扉に目を向けて言った。


「泊り用の客室じゃ。この城で宿泊したい客はの、ここで眠ったりするのじゃ。今は誰もおらんがの」


 その扉の前で立ち止まると彼女は扉の取っ手に手を掛けた。


「のぞいてみるか?」

「うん」


 扉を開くと光が部屋のなかから廊下へと流れてくる。部屋の奥にある大きな窓から光が差し込んできていた。


 ふかふかそうな白と桃色のボーダー柄のベッドが置かれていて、桃色の椅子が2脚と白の丸いテーブルが部屋のまんなかに置かれていた。


 天井には花びらの形をした照明があって、床には白と桃色の六角形を組み合わせた柄の絨毯が敷かれていた。


「こんな感じじゃ。客人はシャルピッシュとムリッタ以外、誰もいないからの。泊まりたかったらいつでも言ってくれ」

「うん」


 ハニレヴァーヌは静かに扉を閉めた。それからまた歩き出してお城案内をする。あたしは彼女の隣に行き質問をした。


「ねぇハニレヴァーヌ」

「なんじゃ?」

「メイアトリィから聞いたんだけど、あなたって不眠症をわずらっているとか」


 ハニレヴァーヌはゆっくり頷くと微笑んで言った。


「ふふふ、そうじゃの。わらわは夜が来てもなかなか寝つけなくての、困り果てておる。ずいぶん前にメイアトリィがここを訪れての、彼女から花をいただいたのじゃ。あれはたしか、とても心地のよい香りのする花じゃったな。なんと言ったかの……」


 彼女は思い出そうと、あごに手を当てながら虚空を見上げた。


「えっとな……レヴィスポワといった花じゃな。それを花瓶に入れて寝室に飾っとったんじゃが枯れてしもうての。仕方なく諦めたのじゃ」


「ふうん、それで効果はあったの?」

「うむ、それがあったおかげで、よう眠れとったわ」


 ハニレヴァーヌは自分の頬に両手を添えながら首を傾けて眠る仕草をした。


 廊下をまっすぐ進むと下へ向かう階段が現れた。階段の両側の壁は切り抜かれていてそこから風景を見渡せる造りになっていた。


 階段を下り切ったところは角になっていて、右に通路が伸びている。


 あたしは風景を見ながらハニレヴァーヌに歩調を合わせた。手すり壁の向こうに庭園が見える。ここから少し見下ろせる形にその庭園はあった。


 全体にうっすらと霧が掛かっている。その霧の海がときどき吹くやわらかな風に揺れては流される。

 

 あたしたちの通ったドリスプリーナの庭園とは違う庭園がそこに広がっていた。


「ここはの……」


 ハニレヴァーヌは立ち止まると人差し指を庭園のほうへ向けた。


「あそこにある像が見えるか?」


 あたしはその指の示す場所を確認した。庭園のまんなかに噴水があり、そこに像が立っていた。


「あの噴水のところに立っている?」

「そうじゃ、あの像はのナピタリティと言ってな、気高さと歓迎をあわせ持った像じゃ。わらわはそれを謁見の間から眺めておる。そのことを忘れぬようにな」

「へぇー」


 よく見ると、薄いドレスを着た女性の像がポットを両手で抱えて注いでいるような格好をしている。霧が掛かっても、両側の街灯が像を照らしていて、それでなんとなくわかった。


「次を行こうかの」

「あっ! ちょっと待って」


 あたしはハニレヴァーヌを呼び止めた。彼女は向き直り首を傾げる。あたしはポケットからレヴィスポワのハーブ玉を取り出すと、不思議そうに見ている彼女の目の前に差し出した。


「これ、メイアトリィからあなたへってもらってきた物なんだけど、レヴィスポワのハーブを玉に変えたものなの。多分だけど、これなら枯れないでずっと安眠できると思うわ」

「ほぅ、ハーブの花を玉に変えたのか。とても綺麗じゃの、どれ」 


 ハニレヴァーヌはハーブの玉を手に取り鼻の近くに持っていった。


「うーん、よい香りじゃ。これじゃこの香りじゃ、落ち着くのぅ」


 安らいだのか、笑顔を見せると彼女はあたしにそれを返した。かすかな安らぎの香りがその玉からする。


「まだよい。シャルピッシュが持っておれ、蜂蜜と交換じゃ。さきにもらったんじゃ対等じゃないからの」


 彼女は弾けるような足取りで歩いて行った。まるで、手の舞い足の踏むところを知らずのように。あたしは渋々ポケットにハーブの玉をしまって、彼女のあとについて行った。


 ハニレヴァーヌは廊下をまっすぐ進み、突き当りの角を右に曲がった。のぼり階段が姿を現してあたしたちはその階段を上がった。


 しばらくまっすぐ進んで行くと、左側の壁に片開きの扉が連なっていた。


「その扉も宿泊室?」

「そうじゃ、向こう側の廊下と同じような作りになっておる」


 左側の扉をいくつか通り過ぎると、右側に両開きの扉が見えた。ハニレヴァーヌはそこで立ち止まりその扉を開けた。


「ここは映写室じゃ」


 部屋の奥には大きなスクリーンがあり、その手前には映像を見るための椅子が何十脚か置かれていた。


「映画?」

「そうじゃ、客人のご要望があれば上映しておる」

「へぇーそうなの」

「シャルピッシュはどんな映画が好きかえ?」

「んーそうね、あたしはサスペンス系かな」

「ほう、サスペンスか、面白いの」

「ハニレヴァーヌはなにが好きなの?」

「そうじゃな、わらわは……悲恋系じゃ」


 ふふっと小さく笑い静かに扉を閉めた。


「そろそろ茶の準備はできているころじゃ、次は茶席に向かうぞえ」


 ウキウキしながら彼女は歩いた。

 まっすぐ進み突き当りを右に曲がると、最初に訪れた謁見の間の扉の前に戻ってきた。


 ハニレヴァーヌはそのまま階段を下りて玄関の広間に足を降ろした。そこから階段の奥へと向かった。


 階段の下は吹き抜けで、白い円筒形の柱が何本かそれを支えている。奥には両開きの扉が中央にあって、そこにはポリジが立っていた。


 凛とした背中は女王様という冠を表していた。嫌でもその気高さが伝わる。あたしはそんな背中から前をのぞき込むようにしてついて行くと、彼女はその扉の前で足を止めた。扉には花びらの模様の彫刻が施されている。


「ここが茶室じゃ」


 ハニレヴァーヌはあごをしゃくるとポリジはその扉をあけた。

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