第15話 メイアトリィからのお使い
パジワッピーの花の入り口まで来ると、メイアトリィが胸もとに両手を当てて心配そうに待っていた。彼女はあたしたちの顔を見るとうれしそうに言った。
「まあ、シャルピッシュ、ムリッタちゃんご無事でよかったですわ」
ムリッタは尻尾を振ってうれしそうに跳ね回る。あたしは髪を手で整えた。
「まあね、じゃあこれで指輪を作ってくれるのよね」
メイアトリィは目を閉じて一呼吸すると神妙な面持ちで答えた。
「……実は、レヴィスポワのハーブでは指輪は作れませんの」
「ええっ! じゃあなんで?」
「レヴィスポワのハーブをある人にお届けになってほしいですの」
「ある人?」
目を開くと強い眼差しであたしを見据えた。
「お名前はハニレヴァーヌといいますの」
「はにれ、ばーぬ? その人に届けるの?」
「ええ、お届けになって、そこでお作りになっている蜂蜜をいただいてきてほしいですの」
「はちみつ?」
「そうですの。その蜂蜜こそが指輪を作る原料になりますの」
「それって、最初にハニレヴァーヌのところへ行ってもらってくればよかったんじゃ……」
メイアトリィは左右にゆっくりと首を振る。
「申しわけないですの。無償ではもらえませんのよ。レヴィスポワのハーブと引き換えですの。それ以外はなにを持っていらっしゃっても、交換することはできませんの」
じゃあ、最初に指輪を作るときにどうやって蜂蜜をもらったの? メイアトリィはここから動けないはずじゃないの?
「メイアトリィ」
「なにかしら」
「メイアトリィはハートレルにやった指輪をどうやって作ったの? つまりハーブを手に入れるため、ここから離れなきゃならないし、パジワッピーの花から離れちゃいけないんでしょ」
メイアトリィは口もとを手で隠して笑みを零した。
「うふふ、それはわたくしがまだ、パジワッピーの花の種をどこにお植えするか探していたときのお話ですわ」
「植える前の?」
「そうですの。わたくしはこの世界にまいりまして、パジワッピーの花を育てるのにふさわしい場所を探していましたわ。その探しているときに、レヴィスポワのハーブを見つけて、とてもかぐわしい香りがしましたので、1本ほどいただきましたの」
「ふーん、それで、なんでハニレヴァーヌに会えたの?」
「レヴィスポワのハーブを持ったまま、育てるのにふさわしい場所を探している途中で見つけましたの、お城を」
「しろ?」
「ええ、とてもお美しいお城でしたので、なかを拝見したいと思いまして、入っていこうとしましたの。ですが門の前にいた門衛の方たちに呼び止められまして……わたくしはそれでも、お城のなかを拝見したいと思いましたので、その方たちに物を変える力を使ってご機嫌をとっていましたわ。それをハニレヴァーヌが見ていらして、お気に召したのか、お城のなかに入れてもらいまして、それはそれはとてもお美しい内装でしたわ」
メイアトリィは両手を頬に当ててうっとりしている。それはどこか遠くへ行っているように遠くを見つめていた。
「それで」
あたしが促すとメイアトリィは現実に戻り話を続けた。
「そうしましたら、紅茶をご用意くださいまして、お客様がお見えになると手厚いおもてなしをする決まりみたいですの。わたくしは言葉に甘えまして紅茶をいただきましたわ。そのお席で色々とお話しましたの、蜂蜜を生成なさっていることとか、その蜂蜜は簡単には譲れない物だとか……」
「ハニレヴァーヌってなに者なの? 偉い人みたいだけど」
「そのお城の女王様ですわ」
「女王様?」
「ええ、とてもお美しい方ですわ」
「ふーん、それでハーブを渡して蜂蜜をもらって来たってわけ」
「まあ、正確にはお薬として渡してきましたの」
「おくすり?」
メイアトリィは少しうつむいた。話そうか迷っているようなそんな素振りを見せている。彼女はためらいをほどいて続けた。
「……ハニレヴァーヌは不眠症にお悩みになられていまして、わたくしの持っていたレヴィスポワのハーブを『いい香りじゃ、これなら安眠できるやもしれぬ』と、大変お気に召したようで、それで差し上げましたの。そうしましたらタダではもらえぬとおっしゃいまして、代わりに蜂蜜をいただきましたわ」
ここまで話を聞いたけど、なんかまだ変な感じがする。なんで蜂蜜が指輪になるの? しかもお腹空かないで、疲労まで回復してくれる指輪に……それになんでその指輪にそんな効能があるとわかったの?
ハートレルが衰弱で倒れているときにハニレヴァーヌからもらってきた蜂蜜を指輪に変えてハートレルの指に嵌めた。そのとき、その指輪を嵌めればハートレルの衰弱を治せるとなぜそう思ったの? それを言うと、ほかのことも同様に説明のつかないものばかりだわ。
蜂蜜を指輪に変えて、メイアトリィ本人がその指輪を一度嵌めて、それでわかったのかしら?
あたしが考え込んでいると、それを悟ったようにメイアトリィはあたしの肩に手をそっと置いて優しく言った。
「ふふふ、大丈夫ですわ。原理がわからなくてもシャルピッシュにはシャルピッシュなりの考え方や行動が備わっているもの。すべてを理解しなくてもシャルピッシュ自身を信じていればいいですのよ」
たしかに、理解できなことを考えても仕方ないし、そういうものだと思えば考えなくて済む。この世界のすべてを理解したいわけじゃないし、する気もないわ。きりがないもの。理解できたとしてもそれがなにって思うだけよ、きっと。
「うん、ありがと。じゃあ蜂蜜を取りに行って来るわ。場所はどこにあるの?」
「あっ、ちょっとお待ちになって」
メイアトリィは手のひらに黄色い玉を乗せて見せてきた。
「これはレヴィスポワのハーブで作った物ですの。これをお持ちになって、ハニレヴァーヌに渡してくださいませ。寝室に置いておけば安眠できますとおっしゃってくださいね」
あたしはその玉を手に取った。黄色く綺麗な玉。手に収まるくらいの大きさで、ガラス玉みたいにツルツルしている。見た目よりも軽く心地よい清々しい香りがほんのりとする。あたしはそれをポケットに入れた。
「それから……」
と言って、メイアトリィは首にぶら下げいているペンダントをあたしの首に掛けてきた。
「それがあれば、ハニレヴァーヌ城へ入れますわ。それと、そのペンダントにはシャルピッシュを守る力がありますの」
「あ、どうも、ありがと」
白い花のペンダントがあたしの胸もとでキラキラと光っている。普段こういった物を身につけていないせいか、なんだかうれしいわ。
「シャルピッシュ、じゃあお願いね」
「うん、わかったけど……場所は?」
「あっ! そうでしたわ。言い忘れていましたわ。シャルピッシュ、わたくしの差し上げた地図を出していただけるかしら」
あたしは言われるがままにポケットから地図を取り出した。
「その地図に向かって、ハニレヴァーヌ城と言ってみてください」
持っている地図を見てみるとハーブの場所が記されている。あたしは訝しげに眉を寄せて言った。
「ハニレヴァーヌ城」
すると地図に描いてある道が消えて別の道を描き出した。現在地からハニレヴァーヌ城までの道のりが記された。
ふうん、地図に向かってその場所を言えば、そこへの道が記されるのね。
「そこがハニレヴァーヌ城の場所ですわ」
「うん、わかったわ。じゃあ行って来るわ」
「シャルピッシュ、お気をつけて」
メイアトリィはあたしの手を両手でつかんで優しく離した。あたしは小さく頷き振り返ると、ハートレルとムリッタがあたしを通すように両側へと下がる。ハートレルは目を細めて厳しい表情であたしを見ている。ムリッタは尻尾を振ってあたしについて行こうとしていた。
「シャルピー、僕も連れてってくれさー」
「悪いけどあたしひとりで行くわ、ムリッタ」
「そんなぁ」
「だって、あんたがいると……さっきみたいに危険なことが起こるかもしれないわよ」
「大丈夫さー、僕は」
ムリッタは元気に尻尾を振りピョンピョンと跳ね回る。
「それでも、ついてきちゃダメよ」
あたしの言葉に一驚すると跳ねるのを止めてしょげかえった。それを尻目に掛けて歩き出そうとしたけど、ムリッタはあたしの足もとにまとわりついて歩行の邪魔をしていた。
「ちょっとぉ」
「シャルピー、僕はシャルピーにまだ借りがあるのさーだから」
「だからなに、どうせハニレヴァーヌ城で出てくるお茶菓子が目的でしょ」
「えっ! そ、そんなことないもん、僕はシャルピーの護衛なのさー」
「シャルピッシュ、ムリッタちゃんをお連れになってくれませんこと」
あたしたちのやり取りに見かねたのか、後方からメイアトリィがやわらかな声を掛けてきた。
「えっ!」
やっと助けたのに、ここにいれば安全なのに、なんでなにが起こるかわからないところへ連れて行かなきゃならないの。
「でも、メイアトリィ、あたしは……」
言葉を切って一呼吸する。
「さっきみたいなことになったらどうするの。あのオオカミたちからなんとか助け出せたのに、またムリッタを危険な目にあわせるのって」
メイアトリィはうつむき、それから恐れを振り払うように顔を上げて言った。
「シャルピッシュの言う通りなにが起こるかわかりませんわ。ですからお互いが協力し合えば危ない目にあわずに済むかもしれませんの。だからムリッタちゃんを……それにムリッタちゃんはこう見えても、ハートレルのしもべなのよ、信じてあげて、ねっ」
メイアトリィは首を傾げて、優しく訴えるような笑みをあたしに見せる。
連れて行きなさいと、そう言いたいのね。うーん、まあ、お城にいるハニレヴァーヌ女王に会って、レヴィスポワのハーブの玉とハニレヴァーヌの蜂蜜を交換してくればいいわけで、簡単だわ、そんなこと。
地面に座って尻尾をゆらゆらと揺らしているムリッタを見ながらあたしは言った。
「じゃあ、別にいいわよ、ついてきても。ただしなにがあっても知らないからね」
それを聞いたムリッタは尻尾を勢いよく振りピョンピョンと跳ね回った。
「やったー! これで一緒に行けるさー!」
あたしはゆっくりとかぶりを振り歩き出した。ムリッタはあたしの前をスタスタと歩いて行く。
「シャルピッシュ、油断はするな」
背中越しから聞こえてきたのは、ハートレルの支えともいえる忠告だった。
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