第8話 魔法使いのお仕事

 辺りを見ると、あたしたちは霧に囲まれた広い空間にいた。


 草は綺麗に刈り取られていて、芝生のようになっている。近くにうっすらとなにかが立っていた。そこへ行ってみると、あたしの身長くらいある、木で作られた看板が姿を現した。そこに書いてあったものを読んでみた。


 【 このさき 魔法使いヴィヴォル邸 】


 「……ヴィヴォル邸」


 あたしは看板のさきにある霧の壁を注意深く見た。揺れ動く霧が少し晴れて、うっすらと洋館が浮かび上がる。


 あたしたちはその建物へと歩き出した。途中に茶色と黄土色の煉瓦で造られた柱が崩れ落ちている。柱は両側にあってそこを潜ると、洋館の正面がはっきりと目の前に姿を現した。


 庭らしき地面には煉瓦で舗装された一本道が玄関まで続いていた。


 あたしたちの侵入を拒むように建っている洋館は、外壁が煉瓦で造られていて、赤いとがり屋根には煙突があった。煉瓦の道をたどって行くと玄関扉があり、その扉を中心にして両側の壁には窓がいくつか嵌めてあった。


「シャルピー、ここがヴィヴォルのいる場所さ」


 ムリッタは尻尾を振りながら、あたしの周りをクルクルと回った。


「ふーん、ここがそうなの、意外と小さな家だわ」

「シャルピー早く入ろうぜー、おいらはなかに入ってお茶菓子が食いてーなー」


 ポノガは足を上に伸ばすように座って、お腹の毛づくろいをしていた。


 あたしは玄関扉の前まで進んだ。手前に小さな階段があり、その両脇に外灯が立っている。煉瓦の階段を上がると、木で作られた両開きの扉が出迎えた。


 あたしの身長の2倍以上はあるその扉に触ってみると、木の重厚さが肌に伝わった。あたしは手の甲で扉を軽く叩いた。……だがなんの反応もなく、静かに吹いた風があたしの髪をなびかせるだけだった。


 誰もいないのかしら? いなかったらここまで来たことがむだ足になるじゃない。もし、いなかったらムリッタに無理を言って、探してきてもらうしかないわ。なんでも言うこと聞くって言っていたし。それか……。


「おーい、こっちにテーブルとソファーがあるぜー」


 右側からポノガの声が聞こえてきた。目を向けると、ポノガは窓の枠に張りついてなかをのぞいている。ポノガ自身の体重で滑り落ちそうなのをムリッタが頭で押さえていた。


 あたしはポノガがのぞいている窓に近づいてそーっとなかをうかがう。


 薄暗いなかに白く長いソファーが黒く重そうなテーブルを挟んで、向かい合わせに置いてある。奥には本棚。窓の手前にある台にはチェス盤やスゴロクみたいなものが見えた。


「なにもないわね」


 あたしはのぞくのをやめて、もう一度玄関の扉を叩きに行った。コンコンとさきほどより少し強めに叩いた。しかしなんの反応もない。


 扉の中央辺りに取っ手のような鉄の輪っかがついているのに気がついた。西洋の建物の扉によくついている物だ。あたしはその輪っかを摘まみ上げてそれを扉に叩きつけた。3回ほど叩いて手を離す。なにかの打楽器みたいな音が辺りに鳴り響く。


 ……誰も出てこないわ。留守なのかしら? まあ、勝手に来たのはあたしたちのほうだし、どこかに出かけていてもおかしくないわ。


「ねぇー! 誰かいないのー?」


 あたしは少し声量を上げて言った。空から(カーカー)とカラスの鳴く声が返ってきて、バサバサッと、どこかへ飛んで行った。


「なあ、シャルピー、もう帰ろーぜ、おいら腹減っちまったよー」


 ポノガがあたしの背中越しに催促する。見ると暇そうに前足を毛づくろいしていて、その隣にいるムリッタは伏せてあくびをしていた。


「ふぁあー、僕、眠くなってきたから、寝ててもいい?」


 まったく呑気なんだから。二度手間とか嫌だから、ここでヴィヴォルに会っておきたいんだけど。


 ……仕方ないわね。メイアトリィが起きてるかもしれないし、いったん戻ろうかしら。ムリッタを使おうと思ったけど眠そうだし。


「わかったわ、あんたたち帰るわよ」


 そのとき、庭に突風が吹き荒れて風は渦を巻いた。その渦は白と黒の混じった竜巻になり、だんだんと小さくなっていった。竜巻は弾けるように消えると、白と黒のローブを身にまとった人物が現れた。


 フードの影によって隠されているふたつの鋭い目が光る。人物はあたしたちに気づいて、ゆっくりとこちらに歩いてきた。あたしの身長の2倍はある背の高い男がフードを取り両手を広げて言った。


「おや? これはこれは、いつかの……たしか、シャルピッシュ」

「覚えていてくれて光栄だわ、ヴィヴォル」


 彼は下を向きポノガとムリッタに首を傾げた。すると2匹は慌ててあたしの後ろに隠れた。


「ん? 貴様らは、芸をやっていた者だな」


 ヴィヴォルは目を細めて、疑わしそうにあたしたちを見た。あたしは腰に手を当てて堂々と胸を張り待ち構えた。


「貴様ら、なにしにここへ来た。まさかまた芸でも見せてくれるのか?」

「違うわ、話をしに来ただけよ」

「はなし?」

「あんたの手を借りたいのよ」

「俺のなにを借りるんだ、ん?」


 ヴィヴォルは腰を曲げてあたしの顔をのぞき込んだ。あたしは負けじと冷静ににらみ返した。彼は曲げた腰を戻すと、一呼吸して言った。


「せっかく来た客人だ。とりあえずなかに入れ、茶菓子でも出そう」


 ヴィヴォルはあたしをするりと避けて玄関の扉を開けた。あたしは振り返り促されるまま扉に向かった。


「やったー食い物だー、おいら腹減ってたからちょーどよかったぜー」

「僕も腹減ってたのさ、なにが出てくるか楽しみさ」


 あとについて来る2匹はうれしそうに騒いでいた。


「ちょっと、あんたたち。お茶菓子を食べに来たわけじゃないのよ、静かにして」


 なかに入ってみると、ヴィヴォルは薄暗い廊下を通りあたしたちを応接間に案内した。そこはさっき窓からのぞいた部屋だった。薄暗い部屋にオレンジ色の明かりが点いている。丸い物体がふわふわと浮いていて、それが光っていた。


「そこのソファーでくつろぐとよい。少し待っていてくれ」


 ヴィヴォルは部屋に入らず違う部屋へ向かった。


 あたしは部屋を見渡してからソファーに腰を下ろす。

 

 ふーっと一呼吸すると、床でゴトっと音がした。その方向を見ると、ポノガは花瓶を床に倒して、カーテンを縛っている紐にじゃれていた。ムリッタは小さなボールを咥えたり、そのまま投げたりしている。


 動物の習性ってやつだわ。


「ちょっと! あんたたち静かにしてよ! ハートレルに言いつけるわよ」


 2匹はその言葉に反応してすぐに止めた。それからあたしの隣にきてソファーに飛び乗り、あたし、ポノガ、ムリッタの並びで座った。退屈そうにポノガはあくびをして言った。


「なあ、シャルピー、なにしに来たんだ?」

「言ってなかったっけ? ヴィヴォルに姉の体を治してもらうように、説得しに来たんじゃない」

「えー! そーなんだ。てっきりおいらたち、食いもんをもらいに来たのかと思ってたぜ」

「そうそう、シャルピーは僕たちが腹減っていると思ったから、ヴィヴォルに食べ物をもらいに来たのかと思ってたさ」

「なんであんたたちの空腹を満たすために、あたしがわざわざこんなところまで来る必要があるのよ」


「まー、おいらたちは食いもんにありつけたから、別にいいけどよー」

「そうそう、僕たちはハートレル様から離れて、こうして食べ物にありつけたからいいのさ」

「あんたたちが勝手について来たんでしょ」


 コツッコツッと廊下から足音が聞こえてきた。ヴィヴォルがそれぞれの小皿とティーカップをふわふわと浮かせて応接間に入って来る。


 彼はなにかに気づき手を軽く上げると、倒れている花瓶を浮かび上がらせて台にのせた。それから、テーブルの上に小皿とティーカップを静かに置いた。


「クッキーと紅茶だ、適当に召し上がってくれ」


 皿の上に乗せてある一口大のクッキーから甘い香りがする。


 ポノガとムリッタはよだれを垂らしそうな勢いでクッキーを見ている。あたしはヴィヴォルの顔をうかがった。それに気づいたヴィヴォルは軽く笑う。


「安心しろ、パンみたいに魔法は掛けてない」

「……いただくわ」

「どうぞ」


 あたしはクッキーを摘まみ頬張った。サクッとしてほんのり甘い香りが口のなかに広がる。ヴィヴォルは紅茶を静かに啜った。


 ポノガとムリッタはガツガツと頬張ってはペチャペチャと紅茶を舐めていた。それを見たあたしは首を振って紅茶を一口飲んだ。


「それで、俺の手を借りたいっていうのは?」


 相手の悩みを聞き出せば、それを利用できるかもしれないわ、だからまずは。


「その前に、なんであんたは魔法使いなの?」

「俺が魔法使いの理由を知りたいのか?」

「ええ、そうよ」

「話が長くなるが、いいか?」

「ダメよ、短くお願い」


 ヴィヴォルは軽く頷き紅茶を一口飲むと話し始めた。


「俺はある組織に雇われていた。それは、彷徨さまよい歩く人を道案内するというものだ。彷徨い人は光りのない暗い森を歩いているため、道がわからない。そこで俺たちの光でそいつらを迷わないように道案内していくというものだ」


 ヴィヴォルはあたしの後方に指をさした。振り向くとオレンジ色に光る球がふわふわと浮いていた。


「そこに、光る球が浮いているだろう? それを灯して案内するのだ。俺たちはその光を灯しながら、彷徨い人が来るのを待つんだ。フォミスピーとは違う森の一角でな。たくさんの彷徨い人はなにも持たないで歩いているため、俺たちの灯す光りに気づいて寄ってくるというわけだ」


 その人たちはなに者とか、なんで彷徨っているのとか、色々とつっこみどころはあるけど、そこは聞き流すわ。長くなりそうだし。


「ふうん、道を案内するのがお仕事ってわけね。それで、なんで魔法が使えるの?」

「道案内人にとっては魔法が必須みたいなものだ。まあ、魔法というか見えない力だがな」


 そう言うと、人差し指を上に向けて、ポッとオレンジ色に光る球を作り出した。それはふわふわと浮いて、その辺を漂った。


「この力を得るには、組織が用意する試験に合格しなければならない。なぜ物が浮いたり光ったりしているのかわかるか? それは妖精がさせている。組織では妖精を捕まえて手なずけるという試験があってな。それを合格し得たものだ。俺が見せた火の玉も妖精が作り出したものだ」


 ふーん、妖精がね。別に驚かないわ。妖精といえばメイアトリィも妖精よね。まったく、妖精だらけじゃない。


「妖精ってことはわかったわ。じゃあなんでこの森にいるの? 食糧が欲しいならこの森じゃなくても、ほかの場所で探したほうが早いじゃない。お得意の妖精を使ったりしてさ」


 ヴィヴォルはなにかを考えたあと、小さなため息をひとつ吐いた。そしてなにかを思い詰めながら話した。


「俺はこの森へ来る必要があった。それは、ある日のことだ……道案内の途中で彷徨い人と一緒に宿に泊まることがある。そこで、パジワッピーの花の噂を小耳に挟んだ。俺はその噂を知っている者から詳しい情報を聞いた。蜜を飲めば幸せになれるとか、その花はここではなく違う世界の森にあるってことも」


 遠い目をしながらヴィヴォルは窓の外を眺めた。


 違う世界の森。あっても不思議じゃないわね。だって、実際にヴィヴォルが使う魔法とかメイアトリィの作り出す不思議な力。そういったモノがあるわけだから。


「それから俺は組織を抜け出してパジワッピーの花が咲く森を探した。それでこの森に来たわけだ」

「なーんだ、あんたも蜜が欲しいんじゃん、燃やそうとしたくせに」

「あれはわざとやった。威嚇みたいなものだ。ギリギリで止めようとしたとき、途中でなにかに弾き返されたから驚いたのだ」


「じゃあ、パジワッピーの花があるから、森で取れる食糧が少なくなっているってことも、嘘なの?」

「いや、それは本当のことだ。少なくなっているのはたしかだ」

「ふうん、まあいいわ」


 あたしは一息いれるようにクッキーを食べた。ヴィヴォルは紅茶を味わうように飲んでいる。


 指輪を手に入れるにはどうしても、ハートレルに思い出を返す必要があるわ。さてと、どう切り出そうかしら。


「ハートレルに素直に言えば、蜜が欲しいんだって」

「実は言っていなかったが、俺はハートレルの思い出を盗んでいる。素直に蜜を差し出すとは思えないが」

「知ってるわよ、ハートレルから聞いた。返せばいいじゃない、ハートレルの思い出を」

「貴様にはわからないと思うが、この思い出は必要なのだ」


 ヴィヴォルは自分の胸にそっと手を当てた。


「必要? あんたさっきからなに言ってんの? 思い出を返したくないとか蜜が欲しいとか。バカじゃないの。ハートレルから奪った思い出を返せば、蜜がもらえるかもしれないじゃない。なんでハートレルの思い出が必要なのよ?」


 ヴィヴォルはため息をして紅茶を一口飲んだ。自分の内面にある気恥ずかしい気持でも洗い流すように。あたしもそれに続いて一口飲む。


「俺には双子の妹がいる。名前はヴィヴォラだ」

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