第5話 魔法使いの迷走

 草原を揺らす白と黒の混じった竜巻が緩み足もとが見えてきた。片方は白のブーツもう片方は黒のブーツを履いるのがわかった。


 渦巻いている緩い風が止むと同時に地面へ着地してその姿を現した。それは白と黒をまんなかから分けたローブで身を包み、同様のフードを被ったところからは男の低く落ち着いた声が聞こえてきた。


「これは、これは、これは、また会いましたねー、ハートレル」


 魔法使いはフードをめくり上げると、白と黒の短髪。それが頭の中心で色を分けている。目を細めながら、どこか疑わしそうにあたしたちを見つめると、不敵な笑みを浮かべていた。


「あんたね、魔法使いって人は」


 あたしはハートレルたちを押しのけるようにして前へ出た。


「待て! シャルピッシュ」


 ハートレルの焦った呼び止める声が背中越しに聞こえてくる。


「ん? おやおや、いつの間に子供ができたんですか? ハートレル」


 魔法使いはあたしを一瞥するとわざとらしくおどけて見せた。


「いや、彼女は……」

「ちょっと聞きなさいよ、あたしはあんたに話があるの」


 あたしは魔法使いの顔を見上げた。ハートレルよりも背が高くどこか余裕を感じさせる笑みがあたしを見下ろした。


「ああ、これは失礼、俺はヴィヴォルだ。見ての通り魔法使いをやっている」


 ヴィヴォルは自分の胸に片手を当てながら自己紹介をした。


「あたしはシャルピッシュ。あんたにこれ返すわ」


 あたしはパンを突きつけるように見せた。ヴィヴォルは首を傾げてから頷いた。


「ああ、思い出したそれは俺のパンだ。なくしてしまったと思っていたが、貴様なぜそれを持っている?」

「あたしの姉があんたのパンを盗んだのよ、返すわ、ごめんなさい」


 ヴィヴォルに歩み寄りパンを差し出した。それを取り上げるとまじまじとパンを見つめていた。


「貴様、こいつを食べたな?」

「そうよ、姉がね。それで体が半透明になったの。だから姉の体を治してもらえないかしら?」


 あたしの願いにヴィヴォルは首を傾げる。それから握っているパンから火が出て一瞬でそのパンを消し去った。


「治してもいいが、貴様はその代わりになにを俺に返すんだ?」


 やっぱりそう来たわね。参ったわね。ヴィヴォルの弱みはハートレルの思い出を盗んだってことだからそれを使うしかないわ。うーんどう切り出そう。


 辺りを見回すとポノガとムリッタはあたしを面白がって見ていた。


「ちょっと待って」


 あたしはヴィヴォルに待ってもらい、ポノガとムリッタに近寄った。2匹はあたしが近づくと面白がっているのを止めて、なにごともなかったかのようにしている。あたしは2匹を交互に見てから小声で話した。


(あんたたち、あたしが考えているあいだ、ヴィヴォルの注意を引いて時間稼ぎしなさいよ、あたしがいいって言うまで)

(えー? おいらたちが? それは無茶じゃねーかー)

(そうだよ、僕たちなにもできないよ、きっと)

(いいからいきなさい、ハートレルの悪口を言いつけるわよ)


 あたしはハートレルのほうへチラリと視線を送る。


(わかったよーやればいーんだろ、やれば)

(どうなっても知らないよ僕たち)


 2匹はヴィヴォルの前へ飛び出していった。ヴィヴォルは視線を2匹に向けて身構えた。


「おいらたち今から芸をやりまーす、まず1発目はタワー」


 ポノガとムリッタは息の合った動きを見せて、ヴィヴォルの注意を引いた。


「おいっ! お前たちなにをやっている?」


 ハートレルは片手を出しながら唖然としていた。あたしは彼女の注意を引くためにその腕を軽く触った。


「ハートレル。今のうちにヴィヴォルから姉の体を治してもらえる方法を考えるのよ。なにかないかしら」

「奴が姉の体を治さなくてはならない方法か?」

「うん、そうよ」

「フンッ、そんなの私が奴を力でねじ伏せれば、言うことを聞くだろう」


 そう言って、背中にある剣の柄を握り身構えた。あたしはそれを手で止めた。


「いや、ダメだわ。それによって余計に聞かなくなるわ」

「私は奴に思い出を奪われている、それを返してもらいたいだけだからな。奴をこの剣で叩き切れば私の願いは叶うと思うが、それも怪しいな。それで願いが叶ったとしても、シャルピッシュの姉は永遠に半透明のままだろう。厄介だな」


「そうだわ……そもそもなぜ、ここに現れたのかしら」

「それは、パジワッピーの花があるからだろう。私はパジワッピーの花を守る勤めがある。それで奴とは何度か戦った、そのときに思い出を奪われたんだ」


 パジワッピーの花に用があるってことは、幸福になりたいからだわ。ヴィヴォルは幸福になりたいため、ここに現れて花の蜜を奪おうとする。でも変ね、普通に来て、ハートレルの許可を取ればもらえるはずだわ、なぜヴィヴォルはそうしなかったのかしら?


 そもそもハートレルの思い出を奪っておきながら、まだ幸福を求めるなんて、なんて強欲な魔法使いかしら。


「ハートレル、もしヴィヴォルが花の蜜をくださいって言ってきたら、あんたは蜜を差し出すの?」

「……それは、奴がそう言ってくればな」

「言ってくればって?」

「奴と剣を交えたときに、私は言った。蜜が欲しいならくれてやると。だがそんなものはいらないと奴は言い返してきた」

「蜜を欲しがらないってこと?」

「そうだ」


 蜜を欲しがらないってことは、幸福にならなくてもいいということ。じゃあなぜこの場所に現れたのかしら? ……なにか理由があるはずだわ。


 ハートレルにはパジワッピーの花を守る使命があるらしい。花を守る理由は蜜を奪われないため、それは誰から? ヴィヴォルみたいな勝手に奪おうとする者から。


 ……ん? 例えば勝手に奪った者が、その花の蜜で幸福になることは許されるのかしら?。


 罪人は幸福になれないかもしれないと、さっきハートレルが言っていたことだわ。それが本当だとすれば、ハートレルの思い出を奪ったヴィヴォル自身が蜜を飲んだところで幸福になることはないはず。


 そもそも、パジワッピーの花の蜜を奪うという行為じたいが、罪だわ。

 

 少なくともヴィヴォルの狙いは、パジワッピーの花にある。それがなんなのか彼にたしかめる必要があるわね。


「ハートレル。ヴィヴォルがなぜここに現れたのか、あたし聞いてみるわ」

「それは花の蜜を独り占めしたいからでは?」

「ちょっと納得いかないことがあってね」

「納得がいかないとは?」

「それはね……」

「おーい! シャルピーまだか! おいらたちもうネタがねーよー!」


 変な態勢のポノガとムリッタがこっちを向いて助けを求めている。ヴィヴォルはあくびをして退屈そうにしていた。


「もういいわ、下がって」


 2匹はヴィヴォルのもとを離れて逃げるように素早く戻って来た。あたしはヴィヴォルに向かって言った。


「ヴィヴォル、あんたなぜここに来たの?」

「……パジワッピーの花があるからに決まっているだろう」


 ヴィヴォルがパジワッピーの花のほうへ視線を向けると、ハートレルは背中にある剣の柄を反射的に握った。張りつめた空気のなか、あたしは聞いた。


「花の蜜が欲しいの?」

「いや、違う」

「じゃあなによ?」


 ヴィヴォルはパジワッピーの花のほうへ手のひらを向けた。ハートレルはとっさにヴィヴォルに向かって行き剣を振り下ろした。ヴィヴォルはそれをひらりとかわし、宙を舞って地面に静かに着地をした。サーっと草をなでる風がひとつ吹きつけると、また、ハートレルとヴィヴォルは身構えた。


「俺がその花を狙う理由はなぁ、その花の性質の悪さだ」

「なんだと?」


 ハートレルは苛立たしげに顔をしかめる。それを軽く鼻で笑ってからヴィヴォルは続けた。


「最近この森で取れる食糧が少なくなっていることに俺は気づいた。それはパジワッピーの花がそれだけ栄養を必要としているからに違いないと俺は思った。だから花を葬ればこの森で取れる食糧は少なくならずに済む、そうすれば俺は飢えをしのいでいける。だからここへ来た」


「……どんな理由があろうと、私はパジワッピーの花を守る」


 ハートレルは両手に持っている剣の柄を強く握りしめると、姿勢を低くして身構えた。ヴィヴォルは構えていた手を下ろすと、ハートレルの苛立ちをなだめるように見つめていた。


「俺はただ、この森の栄養を奪うパジワッピーの花が憎いだけだ」


 あたしの足もとで顔を毛づくろいしているポノガがつぶやいた。


「なーんだ、だからおいらたちが食い物を探しても最近見つからないわけだぜー」

「うん、そうだね、僕たちはパジワッピーの花のせいで食糧難になっているのさ、きっと」


 ムリッタは伏せて地面に生えている草を咬みちぎって吐き捨てた。

 

 ヴィヴォルの話が本当だとしたら、パジワッピーの花はあたしたちの食糧を奪う害植になるわ。だからヴィヴォルは花の蜜はいらないと言ったのね。


 ふふ……なるほどね。その代わりにパジワッピーの花の蜜には幸福になる成分が入っているというわけね。


 でもどうしよう。あたしは姉の体をヴィヴォルに治してもらいたい。それにはなにかを差し出せと言うし、ハートレルはヴィヴォルに大事な思い出を奪われていて、パジワッピーの花を襲いに来るからハートレルはヴィヴォルを倒したがっている。


 ヴィヴォルは森で取れる食糧をパジワッピーの花が栄養として奪ってしまうから、花を葬ろうとする。うーん、なにかいい解決方法はないかしら。


「大体ハートレル、貴様はなぜそんな花を守るんだ? 貴様も食糧が必要だろう? 生きる上で」

「なぜだと? 私はあの花を守らなければならない理由がある」


 ヴィヴォルは大げさに両手を広げて小ばかにする。


「はっ、理由だと? あんなものを守ってもなんの意味もない」

「あの花は私にとって大切な思い出が詰まっている。あの方との」

「あの、方だと? それは誰だ?」

「それは……」


 ハートレルは下を向いてヴィヴォルから視線を逸らした。


「フンッ、まあいいそんなことは。花さえなくなればなっ!」


 ヴィヴォルは手のひらから火の玉を作り出して放った。火の帯をまといながら火の玉は勢いよく飛んでいく。その方向にあるのは、重厚な木々の奥の方に小さく見えている白く輝いている花らしきもの。パジワッピーの花。


「しまった!」


 ハートレルはその場からパジワッピーの花のほうへ走り出した。だが間に合わず、足がもつれてその場に倒れた。火の玉が花の目の前まで迫ったとき、火の玉はなにかに弾かれたように空へ飛んでいった。


「なに!?」


 ヴィヴォルはふたたび火の玉を放った。だがさっきと同じように弾き返された。花の前になにか透明な壁でもあるかのように、なにかがそれの侵入を防いでいた。


「なぜだ?」


 ハートレルは立ち上がりヴィヴォルに剣を振り上げて行った。ヴィヴォルは鳥の羽を作り出すと、指さきに挟むようにして身構えた。


 ハートレルの剣が振り下ろされるとそれに向かって鳥の羽を突き出した。剣は鳥の羽を切ることなく彼女の腕は硬直して震えている。ヴィヴォルはその羽で剣を弾き返した。


 剣を振るう、羽で弾き返す。そんな攻防が何回かあったあとヴィヴォルはハートレルを蹴り飛ばして、ふたりは離れた。


「ふぅ……少々腹が減った、俺は帰る」


 ヴィヴォルは自身を覆う竜巻を出してその場から消え去った。

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