第2話 釣られたお客
家に帰ってみると玄関の扉が開いていた。その扉に近寄ると家のなかで物音が聞こえてくる。
姉が朝食をつまみ食いしているのかと思った。あたしは脅かそうとゆっくりと玄関わきまで近寄った。すると、誰かの声がする。それはふたりいて言い争っているように聞こえてきた。姉の声じゃない、幼い子どものような声が家のなかを飛び交っていた。
「おいらが見つけた食い物とんなよ」
「それは僕が見つけた食べ物さ」
あたしは思い切って家のなかに入った。
「誰! あたしたちの家で騒いでるのは!」
見るとテーブルの上で1匹の猫が朝食をあさっていた。オレンジ色のトラ柄模様をしている。あたしのイライラをほうふつとさせる、その長い尻尾を優雅に揺らして。
取ってきた朝食が猫の足もとに散らかっていた。あたしと目が合うと、猫は驚いた表情を見せて固まっている。にらみながら猫を見ているとガタっとテーブルの下から音がした。
のぞくように少し屈んでみるともう1匹の動物がいた、それは犬だった。
半分垂れ耳の顔には茶色と黒を目もとから分けた感じで、背中から尻尾に掛けても同じ色。口もとからお腹周りは白色をしている。短くも長くもない毛をふわりとさせて、怯えるように犬は縮こまって首を低くしていた。
「あの、君がこの家のご主人?」
猫は急に姿勢を正して言った。
動物がしゃべったことに不思議と驚きはしなかった。なぜならこんなときのために動物がしゃべる本をたくさん読んでいたから。
「そうよ、なにか文句ある?」
「おいらはポノガって言うんだ、そっちはムリッタ」
「ぼ、僕はムリッタ」
「あたしはシャルピッシュ、それであっちに寝ているのが姉のキャルフリーよ」
ポノガはテーブルの上に転がっている木の実をひと口食べて言った。
「おいらたちは丁度いい朝めしがあったからこの家に入ったんだ、おいらが最初に見つけたのに、そしたらムリッタが最初に見つけたって言うもんだから、言い争ってたんだ」
「だって最初に見つけたのは僕さ、だから僕のものさ」
ポノガとムリッタはにらみ合っている。猫と犬が家のなかにいて喧嘩しているのはこっけいに思えた。勝手に人の家に上がり込んであたしたちの大事な朝食を盗み食いしたら、なにをお返しにくれるのかしら。
「あんたたち、勝手に入り込んでタダで済むと思ってるわけ?」
「いやーおいらたちは君と争う気はないから直ぐに出ていくよ」
ポノガは前足で顔を毛づくろいしている。あたしは2匹をにらみつけた。そして逃がさないように玄関の前で腕組みをして立ちはだかる。ムリッタはそろりそろりとテーブルの下から出てきた。
「ぼ、僕たちこれからハートレル様のもとへ帰らないといけないからさ」
「ハートレル?」
「おいらたちのご主人様だよ、早く帰らねーと怒るからさーあの無口女がよ」
「そうだよ、僕たちあの女にこき使われて嫌なんだ、でも怖いから帰んなきゃいけないのさ」
ポノガとムリッタは呼吸でも合わせるように深いため息を同時についた。
「そういうわけだ、だからさー見逃してくれよ、おいらたちなーんも持ってねーから」
ポノガはテーブルから飛び降りてあたしの足もとへきた。
ここで帰したらせっかく取ってきた朝食が台無しになってしまうわ。こいつらに食べた分を別のなにかで返してもらわなくちゃ。
「ダメよ、行かせないわ。あんたたちが食べた分だけ働いてもらうわ、きっちりとね」
あたしがにらみつけるとポノガは素早い動きでテーブルの上に戻った。
「おいおい、さっき言ったろ? おいらたちはなにも持ってねーんだって、なにをやれってんだよ一体」
あたしは魔法使いのパンを見せつけて言った。
「このパンね、魔法使いのパンなの。それで返したいんだけど、あんたたち魔法使いの居場所知ってる?」
ポノガとムリッタは顔を見合わせて目を大きくしていた。それからポノガはまたひと口、木の実を食べるとひとつ咳をして言った。
「しらねーよ、おいらたち魔法使いなんて会ったこともねー」
「そうだよ僕たち魔法使いがピクニックにパンを持ってきているから盗もうなんて思ってもいないさ」
「おいバカ!」
「あっ!」
こいつらは魔法使いの居場所を間違いなく知っている。墓穴を掘ったみたいだからもう白を切ることはできないわ。
「あんたたち知ってるわね、魔法使いの居場所、早く教えなさいよ」
「それはー……おいら……」
「シャ……シャルピー、お客さん来てるの?」
見ると姉がお腹を押さえて奥に立っていた。パジャマは消えていないけど露出している部分は相変わらず半透明のままだ。
「お姉ちゃん、盗賊よ、こいつら」
「まあ、盗賊のお客さんなのね。わたしはキャルフリー、そっちは妹のシャルピッシュ、今お茶を用意するわね」
姉は鼻歌をしながらキッチンでピンク色のポットに水を入れて沸かし始めた。
「お姉ちゃん、違うんだって、盗賊なの!」
姉はなにも聞こえていないようにひとりでお茶の用意を楽しんでいた。
「いい姉ーちゃんだな、おいらあーいう人がご主人様だったら、一生ついて行くのになー」
「僕もついて行きたいね、そしてボールを投げてもらうのさ」
ドンッとあたしは床に足をたたきつけて2匹の注意を引いた。
「そんなことより、魔法使いの居場所を言いなさい」
「まあまあ、落ち着いてくれー、おいらたちは逃げないからよ、キャルフリーの姉ちゃんがせっかくお茶を用意してくれんだぜ、それからでもいいだろ」
「僕たちはハートレル様のもとへ帰りたくないんだ、だからゆっくりしていくさ」
そう言ってムリッタは飛び跳ねて器用に椅子に座った。
こいつらから魔法使いの話を直ぐに聞き出そうとしてもむだだわ。ここは姉のお茶を待ってこいつらに合わせたほうが早いかもね。
「いいわ、ゆっくりしてましょ」
そうこうしているうちに、姉がお茶の入ったティーカップを持ってきてテーブルに置いた。
「どうぞ、ゆっくりしていってね」
「どーもキャル姉、おいらたちゆっくりしていくから、安心してよ」
「ふふ……シャルピーもそんなところに立ってないで、こっちに座ったら」
パンをポケットに入れて、あたしは黙ったまま椅子に座る。テーブルの上には朝食が散乱していた。
「あんたたちここ片づけなさいよ」
「シャルピーわかるよーでもおいらたち、散らかすことはできても片づけることはできないからよー」
「そうそう、僕たちシャルピーみたいに手が使えないもん」
あたしがテーブルを強く叩くと2匹はビクッとなり一瞬飛び上がった。
「いいから片づけなさい!」
「うふふ、まあまあ、わたしが片づけるわ。お客様にそんなことさせちゃダメよ、シャルピー」
姉はテーブルの上に転がっている木の実や果物をていねいに籠へ入れて片づける。そのあと椅子に座ってポノガとムリッタを見ながらうれしそうに話しかけた。
「あのーあなたたちは?」
「あ、おいらはーポノガ。ハートレルっていう無口女のしもべをしているもんだよ」
「僕はムリッタ。僕もハートレル様にこき使われているしもべなのさ」
あたしはお茶を啜って黙って会話を聞いていた。あたしが会話に参加すれば、どうしても急かしてしまい余計に時間が掛かってしまうと思ったから。
「へぇーハートレルさんってどんなお方なの?」
2匹は顔を見合わせてなにかを通じ合っているように首を振った。それを見た姉は首を傾げて目をパチパチさせた。
「おいらたちはーあの無口女にこき使われてるんだよ、朝から晩までずっと」
「そうそう、無口でごう慢で、逆らえない僕たちはハートレル様のために食事を用意したり、危険が迫ってないか偵察に行かされたりさ」
「ふうん、なにをやってる人なの?」
「騎士だよ、悪いやつが来たら剣でバサッと」
「僕たちいつもその剣で切られそうになっているから怖いのさ」
一息つくように姉はお茶を啜る。2匹もそれを真似してお茶をペチャペチャと舐めた。
「女騎士さんかー、どんなことするの? そのー普段は」
「花を守ってるんだよ、妖精の」
「妖精の花?」
「そう、僕たちはその花を守る使命があるのさ」
2匹は凛々しく姿勢を正した。
さっきまでのあの態度はどこいったのかしら。まったく間抜けな2匹だわ。
「その花を守らなきゃいけないのは、誰かから狙われているの?」
「いいや、でもあの花の蜜には幸福にさせる力があるらしい、だから誰が狙っててもおかしくねーよ」
「それはポノガだろう」
「違うお前だろムリッタ」
姉は手を出して2匹を止めた。
「まあまあ、それでどんな幸福なことが起こるの? その蜜で」
「うーん、おいらたちも良くわかんねーんだ、ただ、蜜を飲めばその者の願いを叶えるとか、なんだとか」
「そう、たしかその者が欲しくなくても、願いとは別の幸福が与えられるってハートレル様は言っていたのさ」
願いとは別の幸福って? 幸福になるけど願いごとではないってこと?
「へーわたしが飲んだらどんな幸福を与えてくれるのかなぁ」
姉はうれしそうに虚空を見て空想にふけっていた。
姉は自分の体が半透明になっているのを気にしていないのかしら? 花の話が本当なら、その蜜で姉の体をもとに戻せるかもしれないわね。やってみる価値はあるかも。
「まぁおいらはわかんねーけど、きっとそのとき重要なことが起こると思うぜ」
「見てみたいわその花。ねえ、なんていう花なの? その花の名前は」
2匹は息を合わせるようにお互いの顔を見合わせてから同時に言った。
『パジワッピー』
パジワッピー……初めて聞く花の名前だわ。姉の体を治すには、魔法使いに会うよりも、その花の蜜を手に入れるほうが早いかもしれないわ。こいつらにその花の場所まで連れて行ってもらうしかないわね。
「じゃあおいらたちは、そろそろ引き上げるとするか、なあムリッタ」
「うんそうだね、早くハートレル様のもとへ帰らないとなにを言われるかわからないからさ」
ポノガとムリッタはこの家から出て行こうとした。あたしはその2匹を通さないように玄関扉の前で立ちふさがり、少し開いているその扉を勢いよく閉めた。2匹はビクッとして急に立ち止まる。
「あんたたち、なにか忘れてない?」
ポノガとムリッタはお互いの顔を見合わせて首を傾げた。あたしがその2匹をじーっとにらみつけているとポノガは思い出したように言った。
「あー魔法使いの居場所だっけ、はあ、実は居場所なんかしらねーよ、だってピクニックしているところを見ただけだからよ」
「なら、それはいいわ。その代わりあたしをパジワッピーの花が咲いている場所へ案内しなさい」
「えーおいらたちが!? でもハートレルに許可もらわねーと、なあ」
ポノガはムリッタに話を振った、慌ててムリッタは話し出した。
「そ、そうだよ、僕たちしもべだから、ハートレル様の許可がないと動けないのさ」
「あんたたち、さっきまでハートレルの悪口言ってたのに、今じゃ大好きなご主人様ってわけ?」
2匹は気まずそうにあたしを見ている。冷や汗でもかいているように舌をだして自分の口もとをペロペロと舐めていた。
「それに、朝食の食べた分を返してもらいたいんだけど、まさか食い逃げなんてしないわよねぇ」
2匹はうなだれて深いため息をつくと、諦めたように首を振った。
「わかったよ、おいらたちについてきな、ただしおいらたちが悪口言ってたことはハートレルに内緒にしといてくれ、たのむよ」
「わかってないわねーあんたたちはあたしに命令できる立場じゃないの、まあいいわ、言わないでいてあげる。その代わり途中で逃げたり、騙したりしたら、この森のどこかにいるハートレルを探し出して、あんたたちの悪行を言いつけてやるからね。いいわかった?」
ポノガとムリッタは疲れたように頭を下げてため息をこぼした。あたしは扉を開けてその2匹を家から出させる。
「あら、お出かけするの? シャルピー」
姉が食器を片づけていた。お盆にティーカップをひとつひとつ、ていねいにのせている。
さっき苦しそうにお腹を押さえていたのに大丈夫なのかな?
「うん、お姉ちゃん、ちょっと出かけてくる。でー大丈夫なの? 体の具合」
「大丈夫よ。半透明になっている体はちょっと変だけど、でも透明人間を満喫しているわ。うふふ」
「それはいいけど、気分が悪くなったりしたら、なにもしないで休んでてよね」
「はいはい、シャルピーもね」
あたしは外に出て扉を閉めた。
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