パジワッピーの花~願いの花と空腹姉妹~

おんぷがねと

第1話 シャルピッシュの憂鬱とキャルフリーの悠々

「ふう、こんなもんでいいかな、帰ろっと」

 

 霧の立つ森のなかを歩いていた。遠くに目を伸ばせば白い霧が覆いかぶさりさきが見えなくなっている。暑くもなく寒くもない気温で、霧が晴れて太陽がのぞけば暖かいかなって感じの場所よ。


 あたしは小さな籠に木の実や果物を詰めて家に帰る途中なの。家ではお腹を空かせて待っている呑気な姉がいるわ。


 この和洋折衷わようせっちゅうのような水色のワンピースを着て腰に橙の太いリボンを結んでいるけど……この服の動きにくさといったら。ほかの服を着ればいいじゃないって思うかもしんないけどそんなことできたら、とっくにしているわ。


 この、伸びている草が足をかすめるから黒いタイツを仕方なくはいているけど、暑いのよね。黒のブーツでそんな地面を踏みつけながら家路をたどって帰る。


 それがあたしの日課になっているの。

 

 風が通り過ぎて服をパタパタと揺らす。不意に髪を触り、なでながら整えた。このマロン色の肩辺りまである髪、ミディアムヘアーが伸びたら姉に切ってもらおうかしら。

 

 そうそう、あたしの名前はシャルピッシュ、のんびり屋さんの姉はキャルフリー。

 

 両親はいないの。死んだわけじゃなくて10歳を超えたらあたしたちは修行のために、この【フォミスピーの森】に来て生活をしなきゃならない決まりみたいなの。


 あたしは10歳、姉は12歳、住む場所、着る服は用意されていて、あたしたちが両親の家で寝ているあいだに、こっそりと修行する家まで運んであたしたちを置いて行くの、手紙と一緒にね。


 その手紙に書かれていたのは……。


 ――キャルフリーとシャルピッシュへ、混乱しているかもしれないが、落ち着いて読んでほしい。

 

 これからさきはふたりで力を合わせて生活していきなさい、生活に必要な物は用意しておいた、食べ物だけは用意してないから自分たちで探して飢えをしのいでほしい。


 10歳を超えたら親もとを離れて生活することが私たち家族の決まりになっていて、パパも小さい頃なんの前触れもなく、フォミスピーの森に弟と共に置いて行かれ生活したものだ。


 不安かもしれないが頑張ってほしい。ママも応援している。


 ふたりならきっと生き抜いていける。お前たちが成長したころ迎えに行くつもりだ。それまで元気で私たちの愛する娘たちよ。パパより。


 追伸。

 キャルフリーお前はお姉さんだから、シャルピッシュの面倒をみるんだぞ――。


 ……だってさ。

 

 姉はここに来てからなにもしてないじゃない。食べ物集めは全部あたしに任せて自分はお昼寝したり本読んだり、どっちが姉だよ。


 洗濯とかはしてくれるけど。でも、外に干しているのを忘れていて、雨が降って来ても取り込まないとか、料理も焦がしたりして嫌んなっちゃうわ。


 二週間くらいこの世界に住んでいるけど全然慣れない世界。


 毎日を必死で生き抜いてきたけど見えてくるものはなにもなくて、ただただ生活をしていくことで精一杯。普通の生活ってなにって思いながら日々を生きているわ。

 

 柵で囲まれた石造りの小さな家があたしたちの家。


 なかはベッドふたつにテーブルひとつ、椅子がむっつ。そのほかにも洗面台、キッチン、バスルーム、などなど、まあ別荘みたいなものね。


「お姉ちゃん、朝食取って来たよ食べよう」

 

 あたしは姉の返事を待った。閑古鳥が鳴いているように静かだった。

 いつもなら飛んで来て『今日はなにー?』とか聞いたりしてきて慌ただしいのに、カチカチと掛け時計の音があたしのイライラをふっとうさせる。


 まだベッドでスヤスヤ寝ているのかと思うと、イライラを通り越して情けない感情が生まれた。でも、あたしの体は正しい反応を示した。


 ため息ひとつ吐き、テーブルの上に朝食の入っている籠を叩きつけて、姉が寝ているベッドを確認しに行った。


「お姉ちゃん、いい加減に起きなさいよ!」

 

 姉は顔まで毛布をかぶって寝ている。あたしはハンカチで種を隠しているマジシャンのごとく毛布を剥がした。見るとピンク色の五分袖パジャマを着た姉は腰まである杏子色の髪を乱しながら、手で胸を押さえていて苦しそうにしていた。


「うー……シャ、シャルピー……」

「どうしたのよ、なにか悪いモノでも食べたの?」

「……うん」

 

 姉の手にはいびつな形のパンが握られていた。以前はふわりとした丸いパンだった物が断崖絶壁のように崩されている。あたしはその半分ほどかじられたパンを取り上げた。


「これ食べたの?」

 

 姉は力なく頷いた。パンはパンだがどこか禍々しい模様の入ったパンだ。

 あたしたちの食事はおもに木の実や果物がメインで、たまに玉子が取れたら玉子焼きとかその程度だ、だからパンなんていうものは食べることはない。


「これどこにあったの?」

「小川の……向こうに、ピクニックしている魔法使い……がいて、そこにパンが置いてあったから盗んで……」

「魔法使い……」

 

 姉はあたしをからかっているのかと思った。

 楽観的なのんびり屋さんはこんな風にあたしをからかってくることがある。姉だから許してあげているけど他人だったらタダじゃおかないわ。


「ダメじゃないの、人の物を勝手に盗んじゃ」

「ごめーん、お腹すいてたから」

「これ返してくるから寝ててよね」

 

 姉は小さく頷くと手を振って見送った。不思議なことにさっきまでのイライラしていたものが治まっていた。


「いけないわ、シャルピッシュ落ち着くのよ、あたし」

 

 あたしは首を振って気持ちを落ち着かせた。ふと、テーブルを見ると木の実が少し転がっている。あたしはそれを籠に戻した、冷静でいた自分を取り戻すように。


 姉には憎めない部分がある。


 それは姉妹とかではなく、あたし自身を冷静に見つめさせてくれることっていうか、反面教師っていうか、こんなグーたらな人間になんかなりたくないって思ったりできるから。別に嫌いじゃないの、むしろ好き。

 

 あたしはコップに水を注ぎ姉のところへ持っていった。


「お姉ちゃん水持ってきたよ」

「ごめーん、ありがとね」

「ここに置いとくから」

 

 そう言って、ベッドのわきにある小さなテーブルにコップを置いた。


「うん」

「じゃあ、あたしはこのパンを、ま・ほ・う・つかいに返してくるから」

 

 わざとバカにした物言いをして行こうとしたとき、姉があたしを呼び止めた。


「シャルピー! 見て見てー」

 

 姉はあたしに手のひらを見せてきた。その手のひらは向こうの壁がのぞき半透明になっているように見えた。あたしは手でまぶたをさすりまた見た。間違いなく手のひらは半透明になっていた。


「お姉ちゃんそれっ!」

「すごいでしょ! なんか透明になってるみたーい」

 

 姉はうれしそうに自分の手のひらを見ていた。


「わーすごいねーおねーちゃん、透明人間みたーい……って、違うわー!」

 

 思わず姉の手をつかんだ。肌の温かなやわらかい手の感触が伝わってきた。あきらかに姉は手のひらだけでなく顔も足も半透明になっていた。あたしはその原因がすぐにわかった。


 それはあたしの手に持っている魔法使いのパンだ。このパンが姉をこんな姿にしたに違いないわ……っていうか魔法使いなんていたんだ。


 こんなこともあろうかと、あたしは魔法使いが出てくる本をたくさん読んでいた、だから耐性はついていた。


「と、とにかくあたしは魔法使いに会って、パンを返しに謝ってくるから、お姉ちゃんは寝ててよね!」

 

 慌ててあたしは家を飛び出した。焦る気持ちを抑えながら霧に包まれた森のなかを歩いて行った。

 

 (チュンチュン)と鳥のさえずりが聞こえてくる。空を見上げてみると、白い霧が日差しをさえぎり、光の小さな粒が霧を照らして森を明るくしていた。


 耳を澄ませてみると小川のせせらぎが聞こえてきた。その方向に足を進める。小川のほとりに着いてそーっと静かに歩いた。


 辺りを見ながら歩いてみると、魔法使いみたいな格好をした人物は見当たらなかった。あたしは声量を上げて魔法使いを呼んだ。


「ねぇー! 魔法使いさん、いるんなら返事してよ、いないの?」

 

 しーんと静まり返った森のなかは、あたし以外の者たちはいないのかと思った。


 ガサッと目の前をリスが横断していき、それから木に登った。しぶしぶあたしはきびすを返し家に帰ることにした。

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