第6話
九曜の後をついて歩きながら、雪上は集落を見て回る。
昔の街並みを残した柚原集落は人気の観光名所としても知られている。しかし、この不安定な社会情勢の影響からか、客は今一つ戻っていないらしい。
青木廉治はもう一つの鍵を持つ女性について、加藤有香と言い、過去に大学進学にともなって、柚原集落を出て行ったが、色々あって柚原集落にここ数ヶ月前に戻って来たのだと言う。
加藤有香の住む家は、青木家から徒歩十五分ほど。同じ集落ではあるが近所とは言えない距離がある。
青木家よりもこじんまりとしているが、柚原集落に相応しい、立派な年季が入っている家屋を見つけ、九曜はその家のインターフォンを押した。
「ごめんください」
ややあって、中から「はい」と女性の声がして、がらがらと玄関の扉が開いた。
雪上と九曜を交互に見た女性は、一般の観光客と思ったのだろう。少し怪訝な表情を見せる。
「すみません、家は一般公開はしておりませんので」
そう言って、玄関の扉を閉めようとするのを九曜が手で押さえた。
「加藤有香さんですね?」
「ええ、そうですが」
まさか、自分の名前を言われると思っていなかったのだろう。驚きと少しだけ恐怖の色を浮かべる。
「突然すみません。青木廉治さんから伺って」
青木の名前を出すと、加藤有香は少しだけほっとした様に思われたが、警戒心が解かれることはなかった。
「そうでしたか。それはすみません。それで……私に何か御用ですか?」
「少しお話を伺いたいのですが」
「ええ、もちろんいいですが……」
そう言いかけた所で、奥から足音がすると、今度は加藤有香と同年代ぐらいの男が怪訝そうに九曜と雪上を見た。
「一体……」
「すみません、」
男が言葉を言いきる前に、九曜はそれに言葉を被せる。
「S大の民俗学の研究室に所属する学生で、私は九曜。こっちは雪上と言います」
雪上は自身の名前を出されたので反射的にぺこりと頭を下げる。
「青木家に伝わる、妖刀・吸血鬼について伝承や民話の調査を行うために先日、こちらに来たのですが、……なんとも痛ましい事件があったようで、私達の所にも警察から、確認の電話がありまして。それで、これも何かの縁かと思い、再度こちらに伺った次第なのです……」
九曜は、ほんの少し悲しみの情感をこめてそう舞台のセリフの様に口上した。
普段の九曜を知っている雪上からしてみると、胡散臭いと思えたが、思いのほか目の前にいる二人には訴える何かが、伝わったらしく、一瞬目を見合わせた後、「ここでは何ですから、どうぞ」と、家の中に招き入れてくれた。
案内された部屋の一室に座り、再度自己紹介をした時に男は鈴木亮二と名乗り、加藤有香の恋人であるとも言った。
「でも、少なからず亮二もあの事件に関係しているのよね?」
加藤有香はインスタントのコーヒーを注ぎながら、亮二を見ると、彼は肩をすくめた。
「それはどういった?」
「亡くなった青木遥香と以前、交際していました」
渦中の人物が現れ、雪上は表情に出さない様に勤めていたが、青木廉治が言っていた言葉の通りだと思い出す。
「単刀直入に聞きますが、警察は加藤有香さんが殺害したと思っている様ですが?」
九曜の言葉に、きっと唇を結び、睨みつけた。
「彼女はそんなことは絶対にしない」
「ですが、凶器を持ち出せるのは、青木家の人と、加藤有香さんの二人だけと伺いました」
雪上は彼女加藤有香をちらりと見る。彼女はとても真直ぐな瞳をしていた。
「警察官みたいね」と苦い笑みを浮かべながら。
「確かに、その通り。私はこの集落の観光協会の会計を担当していて、様々な施設の鍵の保管と管理を担っているわ」
「その鍵はどこに?」
「この家の金庫に」
加藤有香はそう言いながら、部屋の片隅にある、頑丈な黒い四角い箱を指さした。
雪上は思わず溜息を漏らす。それは、旧式のかなり頑丈そうなダイヤル式の金庫で図鑑やネットでしか見たことのない代物であったから。
「鍵なんて、普段持ち歩かないから、ずっとあの金庫に入れたままよ」
「事件の後、鍵が金庫の中に入っていることを確認しましたか?」
「ええ、警察が私の所に来て、その辺りも調べていったから」
「金庫の解錠方法を知っているのは?」
「私と、私の両親だけよ。でも両親は、二人とも体を壊して今は家では暮らしていないわ」
九曜は頷いた。
「三人の間に何か諍いはなかったのですか?」
加藤有香と鈴木亮二は互いに顔を見合わせたが、すぐに首を振った。
「特になにも。もしあるとしたら、亡くなった遥香が自分の元恋人である亮二が自分と別れてすぐに私と交際を始めたことに対して、もしかしたら良い気持ちはいだいてなかったかもしれないわ。でも、それで、私達が殺人を企てるなんてことはあり得ないと思うけれど」
きっぱりと言い切った加藤有香の瞳に嘘は無いように思われた。
「それに、ちょうどその日は、近所の家で夕飯を。光協会のメンバーで会合と言う名の集まりがあって、お酒が進んで、そのまま泊まらせてもらっていたのよ」
年齢もてんでバラバラで、この集落の観光関係の仕事をする委員で構成されたメンバーで打ち合わせと称して、お酒を飲みかわしていたと言う。
「ずいぶんと親しいのですね」
「小さいころからの知り合いのお家だから、それほど気兼ねしてなくて。家の隣の隣にあるお家で。亮二も一緒だったわね」
鈴木亮二は加藤有香の言葉にこくりと頷いた。
「変なことを聞く様ですが、その長く席を外していたなんてことは?」
九曜の言葉に加藤有香はけらけらと声を立てて笑った。
「本当に刑事さんと同じことを聞くのね。残念だけど答えはノー」
九曜と雪上は後、二三質問をしてお礼を言うと家を辞した。
帰り際、加藤有香が言う会合があったと言う家の前を通って見た。
この辺りは本当に集落の外れの方に位置しており、青木家とはだいぶ距離がある。
雪上は今までに呼んだミステリー小説などを思い出し、トイレなどに行くと称して、家を抜け、犯行に及んだのではないかとちらりと脳裏の中で思ったが、距離的にも時間的にもそれは無理なようだ思い至った。
往復で三十分間弱。犯行時間を加味すればさらに時間はかかる。その時間、家を不在にすれば、流石にあれほど堂々とアリバイがあるとは言えないだろう。まず、警察が気が付くだろうと思う。
「話をしてあの二人が犯人だと思うのは難しいのでは」
隣を歩く九曜を見ずに前を見たままそう言った。彼はその質問には何も答えず、別の問題を提示した。
「犯人は凶器をどこに隠していたのかと言うことを、考えていた」
確かに、脇差が無くなった日、二人の後を血相を変えて追いかけて来た青木夫人の様子からも、本当に見当たらず、心当たりも無かったのだと言うことはなんとなくわかった。
「もし、加藤有香が犯人だったと仮定しても、青木家からどうやって脇差を隠し持ってこれる?」
「僕たちが、青木家のあの郷土資料館に行ったときはまだ展示室にあったのを見ています。ですが、確かその直後」
雪上の言葉に九曜は頷く。青木夫人が脇差がなくなったと、我々の後を追ってきた。もしその時、加藤有香が盗んだとしたならが、不審菜人物を目撃していてもおかしくない」
「そんな人はいなかったように思いますし、脇差を持っていたら、流石にわかると思うんです」
あの日は、青木家の周囲で誰かにすれ違うことはなかったと記憶を振り返る。もともと、お客さんの数も少なかったと思うし。
「もしくは展示室から盗んだ脇差を、青木家に隠して、犯行時に持ち出したと言う可能性もあるかもしれないが、それも少々おかしな話だと思ってしまう。だってそれならば、犯行時に鍵を持って青木家に入り、脇差を抜き取って行けばいい。事前に盗むに必要はない。しかもあの脇差は服の中に入れて隠せるほど、小さな代物ではないから。そこから考えだせることは?」
「事前に盗む必要があったから……」
九曜の問いかけに、そう言ったものの、それ以上の回答が見つからず雪上は口をつぐんだ。
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