魔導狩人 ~回顧録~
arm1475
魔導狩人 ~回顧録~
放火飛び交う五稜郭の地で、土方歳三は胸に強い衝撃を受けた直後、その意識を失った。
昏い闇へ急速に意識が融けていく中、土方はつまらない闘いだった、と舌打ちした。
激しい銃火の中で人ひとりが光になって消えても、それが誰だったのか直ぐには分かるハズも無く、近くに居た者の視認と記憶だけで自軍の将の死は確認されてしまった。
土方が次に意識を取り戻したのは、やけに開けた青い空が眩しい世界だった。
酷く疲れていたか、土方は身体が動かなかった。仕方無く目で状況確認を図る中、あの時銃で撃たれたことをやっと思い出した。
その中で、土方は横たわる自分を座って見下ろしている女の存在に気づいた。
見た目は10代くらいの幼さで、振ってくる日差しに透けた髪は亜麻色に染まっていた。革で出来たらしい鎧のような服を着ている。日本人ではなさそうだが、なんで五稜郭にこんな南蛮人の娘がいるのか不思議がった。
敵意は無い。心配そうに自分を見ていたその顔が、意識を取り戻したことを知って咲いたそれを見てどこに敵意を感じられようか。
そしてようやく土方は気づいた。ここは五稜郭では無い、と。
「オキタ」
少女が発した言葉は日本語だった。よりにもよって最初に聴いたそれが亡き戦友の名前だったとは。無論、名前ではなく自分が意識を取り戻した事への反応だろう。
身動きが取れない状態で、土方は新たな人の気配を知る。
「その人の意識が回復したみたいだな」
流暢な日本語だった。どう考えても日本人の話す言葉だった。
現れたのは青年だった。黒髪の、やはり革製の鎧を着込んでいて、腰には鞘に収まった日本刀らしき剣を下げていた。
「最初お顔を拝見した時は腰を抜かしましたよ。あの写真通りのお方が次元の裂け目からこぼれ出てきたのですから。時次元管理局の彼が出現を預言していた通りでした。土方歳三さんですね」
「……俺を知ってるのか」
なんとか口を開いた土方は訊いてみせる。
「ええ。子供の頃からファンでしたから。ご遺体が見つかっていなかったから絶対生きて五稜郭から逃げおおせられたと思ってました」
「……やっぱりここは五稜郭じゃねぇのか。どおりで硝煙の臭いしないわけだ」
そう言って土方は大きく深呼吸して安堵する。
「傷を確認しようとして服を調べた時に見つけたので勝手に抜いて申し訳ない。弾が当たった箇所に忍ばせていた金具が貫通を防いでいたようです。新撰組の方が使われていた鉢金ですかそれ」
青年が指す方へ視線を動かすと、左肩の横に真ん中が凹んだ、戊辰戦争の頃まで使っていた鉢金の存在に気づく。不断は仕舞っていたそれを、五稜郭の戦いで胸騒ぎを覚え、験を担いで忍ばせていたのが奇跡を起こしたらしい。土方は、死に損なったか、と自嘲気味に失笑した。
「……訊いていいか。おめぇの名と、ここがどこなのかを」
「ええ。俺の名は瑞原刃、ようこそ〈魔導界〉ラヴィーンへ」
土方はやけに無口な少女だと思ったが、失語症に近い状態にある事を刃から聞かされた。
「以前、山賊に襲われた隊商を助けに入ったことがあってその時の生き残りです。外傷ではなく心の問題のようで、筆談は出来るので分かりましたが、長い戦で両親兄弟を亡くしたそうです」
「ここでも戦かぁ」
酒場のテーブルで刃と酒を酌み交わしていた土方は、刃の隣でカップのミルクをちびちび飲んでる無口の少女を見遣った。
少女は土方の視線に気づくとカップから口を離し、
「シフォウ」
「またそれか。俺の名前の漢字はひじかたって読むって言ったろ?」
「一応、日本語の読み書きは教えたんですがね。読み辛いと言うか言い辛いのでしょう」
刃は苦笑いして言う。
「いっそこちらで暮らす名前、それにしません? あなたのお名前を知っている人間は結構いるんですよこの世界」
「うーん。命が狙われてるわけじゃなく、剣豪で知られてるから、この間のような変な詐欺師がより付いてくるからってのは癪だが……」
土方は酒を煽り、
「……あちらでは死んだ身だ。改名も初めてじゃねぇしな、まあいいか」
「シフォウ、オキタ」
突然、少女が嬉しそうに言う。
「この娘、本当その二言しか言わねぇなあ。名前も無いんだろ?」
土方の質問に刃は頷いた。
「いくつか名付けたのですが、なんか反応しない時もあって困ってまして」
「なら、こうしよう。どちらかしか言えないなら片方をおめぇさんの名前にすればいい。おめぇさん、今からオキタだ」
突然土方から命名されて少女は面食らう。
「土方さん、流石にそれは……え?」
苦笑いする刃の腕を抑えた少女が頭を横に振って見せた。
「……それで良いのかい?」
今度は少女は何度も頭を縦に振るものだから、刃ばかりか土方も吹き出した。
それ以降、少女は名前を聞かれると、オキタと答えるようになり、それか彼女の名前になった。
* * * * * * *
親兄弟と生き別れ、幼い頃から傭兵として生きてきた自称オキタは、荒削りながら剣の腕前は確かであった。土方はオキタに筋があると思い、女の身ひとつで生き残れるよう日本刀の使い方や戦い方の基礎を教えていったところ、海綿に水を注ぐかのように土方の教えを吸収し、あっという間にその自称に違わぬ女剣士として完成してしまった。これには、素養には気づいていたものの予想外すぎたと刃も舌を巻いた。
その刃も剣術の腕前は確かで、とても幕末から100年後の世界の平和な日本からやってきたとは思えぬ剣豪ぶりだった。刃曰く、少々複雑な事情で剣を覚えたらしく、自分の身と、手の届く周りの者を守る程度にしか刀を抜かなかったが、戦乱の世で無いのならそれで充分だと土方は思った。
かくして剣豪3人による傭兵部隊が誕生し、各国を渡り歩くこととなった。
土方がこの世界に来て3年目。やや政治的に不安定だったラヴィーン諸国の関係が、小競り合いから大きな紛争に発展しやすくなり、後の世に動乱の時代と呼ばれる10年間が始まってしまった。
3人はどの国にも属すること無く、傭兵として戦場にいた。
理由は実にシンブルで、仕えるに値する王がいなかったからである。
どの国の王も平穏な頃から権勢をほしいままにして民をないがしろにし、私欲な為に戦を始める始末であった。
「これは五稜郭と何も変わらんな。これじゃ動乱の世がいつ収まることやら」
土方は凄惨な戦場を目の当たりにして呆れたふうに言う。
隣では息の上がったオキタがへたり込み、その横には沈痛な面持ちをする刃が佇んでいた。
その横顔を見て、土方は懐かしい貌が去来した。
「……土方さん」
「なんだ?」
「俺、この世界の生まれなんです」
突然出自を語り出す刃に、土方は当惑した。
「刃、お前日本人じゃないのか」
「俺は昔この世界にあったある王国の皇子でした。滅亡の際、宮廷魔導師があちらの世界へ送ってくれて、ある若い夫婦の養子になりました。成人し、良い伴侶と息子に恵まれましたが、ある日こちらに還ってきました」
「還ってきた? 転生してきたんじゃ」
「その辺りは色々と。……多分、この動乱の時代が来るからこの世界に呼ばれたんでしょう。この惨状を見て分かりました。なんとかしなければいけないと。――土方さん、貴方、この世界を平定する王になりませんか?」
真摯な顔で言う刃に、しかし土方は頭を振る。
「それだったら刃、お前がなるのが筋だろ」
「俺は上に立てる器じゃありません」
「そんなことは無ぇ。血筋もあるし、何よりお前は素養がある」
「だけど俺は近藤さんみたいにはなれない」
その言葉に土方は言葉を詰まらせた。
生まれ変わった気でいたはずなのに、まだ新撰組を引きずる自分がいたのだ。
あの世界とは決別した。新たな出会いとの絆を護る事こそ新たな「誠」の一文字になるのに。覚悟が足りないな、と土方は恥じた。
動乱も3年目を迎えた頃、諸国の勢力図に変化があった。大国同士の同盟が始まり、小国を攻め落として争いが早期終了することが多くなった。
しかしそれは動乱の時代を収める為では無く、そもそもの話この動乱の時代が始まったのは権力者たちが自分たちの利権を守るため、そして弱者からの簒奪によって富を増やす為のマッチポンプであったことを裏付けるものであった。
大国に対抗するために同盟を組んだ南方の小国連合諸国を侵攻すべく、当時最強と言われた3つの大国が同盟を組み、最初の会議を始めるために南の平原へ王たちが集まったその日、事件は起きた。
物見遊山で虐殺を楽しみにきた諸国の王や貴族たちが、刃と、その思想に賛同した数名の戦士や魔導師たちの手によって皆殺しにされたのだ。
土方とオキタが不在の出来事だった。刃に頼まれて東の国に隠されていた刃の亡き祖国にあった宝具を回収してきた土方とオキタがその凶状を報されたが、二人には計画も知らされていない話だった。
慌てて戻ってきた土方たちは、諸国に反逆ののろしを上げた刃の前に立って問うた。
「お前、何で俺たちを部外者に……」
「俺の野望に二人は要らなかったからです」
「何……」
「だから、土方さん、貴方は王になって、魔皇となった俺を倒しに来てください」
「はぁ?」
にこやかにとんでもないことを言う刃に、土方は困惑した。
「……貴方はもう近藤さんを求めてはいけない。それが貴方の本当の理想を阻む」
「近藤さんは近藤さんだ! 俺はお前を担げると思ったから!」
「俺はそんな貴方だからのけ者にしたのですよ……腹ぁ括れ土方歳三」
「――」
「貴方こそ王だ……オキタとともに……平和の世を任せます……」
土方渾身の一刀を受けて魔皇は崩れ落ちる。動乱の時代最後と、そして英雄王誕生の瞬間であった。
オキタを娶りミヴロウ国を建国した土方は十数年後、魔皇の忘れ形見と出会うことになる。
土方は忘れ形見にあの男の生き様を全ては語っていない。彼は自分の手でその足取りを追うと決めたからだ。彼もまた出会いと別れに価値を見いだす男だった。
いつか彼が上に立つ日を来る日を願って、土方は亡き友に乾杯した。
了
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