破壊工作
次の日、風は
「調査隊じゃない、あれは」
舎内の窓越しでつぶやく班長の声がしたので、私は確認しようと硝舎の外に出てみる。
停車する硝舎の中から数人の作業員が出てきた。どうやら囚人らしい。そのうちの一人は熊沢と同じ色の作業服を着ていて、こちらに尋ねてきた。
「あんたが栗原さん?」
「いや、栗原班長はあっちにいます。私は有坂です。あなたは?」
「俺の名は増田だ。こいつら囚人たちの看守さ。ここが低周波の騒音を出すという31地区なんだって?」
私は違和感を覚えた。
31地区の状況は情報として他の班と共有されるはずだ。調査隊が調べ終わるまで他の班は近づいてはならないと言われているはずなのに、彼らはなぜここに来たのだろう。それに彼は今、『低周波の騒音』と言った。低周波の騒音が原因だと私が仮説を班長に話したのは、31地区の惨状を管制官へ報告した後のことだったはず。なぜ彼らが私の仮説を、まるで事実であるかのように話すのだろう?
すると、囚人たちが何やら作業に取り掛かっているのに気づく。調査するまえに柱を爆破するつもりなのか。そこへ、栗原班長がやって来る。
「これから専門の調査隊が来て、昨日の事故を調べるんだけど」
「ほう、ここは女の班長かい。ふん、あらかじめ伝えていなかったかな。このあたりの柱は俺たちが全て爆破して事故の再発を防ぐことになったんだ。だから栗原さん達は立ち去ってもらってかまわないぜ」
増田は薄ら笑いを浮かべて言った。
私は増田が連れてきた8人ほどの囚人たちが
何かおかしいと感じ、目の前にいる増田に
「あなた方の上官と話をさせてもらえないかな。端末を貸してくれませんか。本当に上から指示をもらっているのか確認するので」
穏やかな表情で私を見つめていた増田はゆっくりと私の横に立つと、突然、私の腹を拳で殴った。私は不意を突かれて呼吸ができなくなり、姿勢をくずして地面の砂に顔をうずめた。意識が遠のき、私の名を呼ぶ栗原班長の声が昨日と同じように遠くで聞こえる。その後どうなったか覚えていない。
消えかけた意識がすぐに戻ってくるのがわかった。さっきとおなじ砂の上に今いるが、場所が違うらしい。周囲には誰もいない。班長もいない。私をなぐった増田は数十メートル離れたところで彼の仲間と何か話している。我々の硝舎はここから五〇mぐらい離れたところにある。
硝舎は停車中に鉄骨のスタンドを地面に出して車体を支えるのだが、増田たちの硝舎のスタンドに自分の手首が縛り付けられているようで動けない。
「有坂さん」
背後から聞こえる小声に振り向く、熊沢が小さくなって伏せている。
「いまロープをほどきます。ちょっと待ってて」
きつく縛ってあるらしく、熊沢がノロノロとそれを解いていると、増田の横についていた囚人のひとりが、こっちに近づいてくる。
「早く、早く」
私は熊沢を急かす。
「縄を解いたら俺たちの硝舎まで走れ。地雷があるからな、俺の後をくっついてこいよ」
熊沢に小声で伝える。昨日、探知機で確認した地雷の位置がまだ記憶に残っている。背中の熊沢の息遣いが荒くなる。手首を絞めるロープの圧力がだんだん弱くなってくる。
縄がほどけた。
私が立ち上がり先頭で走り出す。少し振り替えって横目で後ろを見る。熊沢はついてきているが、その向こうにいる囚人はこちらの逃走に気づいた。しかし、彼はすぐに走り出せない。なぜなら地雷の位置がわからないからだ。その囚人は地雷を探知するゴーグルをもたもたと顔に装着していて、その間の数秒だけ追跡が遅れる。
私は走っていると、昨日みつけた地面に転がっている誰かのちぎれた腕を飛び越える。そして、なおも走り続ける。背後に足音が聞こえるが、熊沢はついて来ているのか?
やっとのことで硝舎のとびらに手をかけて振り返ると、20mほど後ろで走ってくる熊沢がつまづいて倒れこむ姿がちょうど見える。そのすぐ後ろから囚人が走ってくる。
私は扉を開けて硝舎の中に入ると、鍵を中から閉める。窓から外を見ると熊沢が囚人に後ろ
「まったく、なんだ、あいつらは。何をしようというんだろう」
息を弾ませ、どうしたものかと思案し、車内を見渡した。
ベンチの上にドローンのコントローラがあるだけだった。手に取って電源を入れ、ドローンの初期化状態をチェックする。あいつらが来る前に点検は済んでいた。コントローラと通路にある大型モニターをケーブルでつなぐとドローンのカメラからの映像が映し出された。コントローラで操作モードを自動から手動へと切り替える。コントローラのスティックを動かしてみた。三mほど上昇させ、水平移動させた。このドローンは時速八〇km/h近いスピードで飛ぶことができるから、すぐに熊沢らに追いついた。カメラがあの囚人と熊沢を捉えモニターで映し出す。おそらく五mぐらいの距離まで囚人に接近しているはずだ。囚人は驚いたように立ち止まり、少しあとずさった。私はドローンのスピーカのボリュームを上げ、マイクで叫ぶ。
「その男を放せよ。お前らは何者だ?」
「なんだ、こいつ」
囚人の声をドローンのマイクがひろう。彼は足元に転がっている例のちぎれた腕を拾い上げると、こちらに向かって投げつけようとする。私はそれに反応してスティックを倒す。モニターには旋回して上昇する風景が映る。私がドローンの向きを変えて囚人のほうに向けると、10mぐらい上空から囚人と熊沢を見下ろす映像になる。
このままだと
私はさっきから汗ばんで気になっている
このドローンはロープを柱に巻き付けるのが本来の仕事だ。ロープの端を柱にしっかり留めるために、このトリガーを引くと、ホチキスのはりの形をした二足のピンが柱に向けて発射される。もしも、これを人に向けて発射したらどうなるだろう。やったことがないけれど、柱に穴をあけるほどの威力があるから、人間に当たると死ぬかもしれない。
ドローンを下降させて囚人へと近づける。
さっき殴られた私の腹はまだ少し痛む。
「不意打ちかもしれないけど、さっきのお返しだ」
囚人の足首あたりに照準をあわせ、トリガーを引く。
風船の破裂するような音がしたあと、泣きわめく金切り声が人の叫び声がスピーカーから聞こえてくる。
ドローンを囚人から遠ざけてみると、彼は倒れてのたうち回っている。その足首あたりを拡大すると瞬時にカメラの焦点が合った。彼の足首あたりが作業ズボンの裾ごとピンといっしょに地面に埋まっている。脚の
「熊沢、硝舎へ走れ」
マイクでそう叫ぶと映像の熊沢は走り始めた。さっき私の走った足跡を上手にトレースしている。こちらの硝舎へたどり着くと、私は扉を開けて彼を中に入れてやる。
熊沢は特に痛めつけられていないようだった。私は彼がロープを解いて助けてくれたことに対する礼を言う。
「それには及びません。それより、栗原班長を助けませんか。あいつらの硝舎に閉じ込められるのをさっき見たんです」
いままでの経緯を遠くで見ていた増田と仲間たちは、飛び道具を使うドローンを警戒してその場を動かない。彼らにとって最近導入されたばかりのこの新兵器を地下世界で見るのは初めてなのかもしれない。
私は彼らのそばにある地雷原の上にドローンを滞空させる。ここなら彼らはドローンに近づくことすらできないはずだ。まずは、あいつらのボスと思われる増田と、対話に入ったほうが良いだろう。
「お前らの目的はなんだ? 栗原班長を拘束してるなら、自由にしてやってくれ」
「俺たちは、この地下の住人を解放するために立ち上がったレジスタンスだよ」
増田は声を張り上げて答える。
「レジスタンスだと? 誰に抵抗しているんだ?」
「地上の連中さ。都市ごと
「いったい、これから何をするんだ?」
「簡単さ。地下の柱を次々に壊す! 地上でのスーパーワイヤーと都市地盤の接続が終わる前に、すべての柱を破壊するんだよ!」
「そんなことをしたら、天井が崩落するじゃないか。下にいる我々も死ぬぞ」
「へへ、そうだよ、いいか、俺たちは時間との勝負をしているんだ。地上の奴らの命は我々が握っていると思わせるのが目的さ。奴らが負けを認め、俺たちを地上に戻し、無罪放免、解放してくれさえすれば目的は達成する。しかし、交渉に失敗すれば、上の奴も下の奴も、みんなお
「解放だって? さっきお前は自分を看守だといったが、違うだろ、お前も囚人じゃないのか」
「ああ、その通り。看守はすでに俺たちに殺されているよ。そしてな、地下で働いている他の班の奴らも、俺たちの仲間になりたいと、活動を始めてるんだぜ。お前たちの方が、むしろ、孤立無援の少数派さ、わかるか?」
私は、暗闇での今の仕事が退屈だと感じることがあったけれど、とんでもないことに巻き込まれたと実感し始めた。しかし、とりあえず栗原班長を救出さなければならない。この連中の勝手をやめさせるのはその後にしよう。
増田は得意顔で続ける。
「なあ、有坂といったっけ? あんたらに勝ち目はないよ。お前らも俺たちと組まないか? どうだ?」
増田は味方に引き込もうとしてくる。こういった心的揺さぶりは前の職場でもよく受けたことがある。闘争における
「栗原班長はどこだ?」
「さあな、自分で探せよ」
ドローンのカメラレンズをパンさせて周囲をぐるりと探る。増田たちの硝舎3台が停車している。これら硝舎のどこかに班長は閉じ込められているのだろう。
私はマイクをミュートにして熊沢を呼び寄せた。
「こっちに来てくれ、班長がどの硝舎にいるかわかるか?」熊沢が身を乗り出してモニターをのぞき込む。
「うーん。確か端っこのやつに閉じ込められたように見えたけど。手前のやつか、一番奥のやつか、位置関係がよくわからないよ」
「うむ」
私はあれこれ考えはじめた。毎日の暗い虚空を眺める地下生活のせいで、脳の活動が地上にいた頃より衰えているような気がした。今は敵に主導権がある。何とかしないと。
手元のドローンのコントローラを眺め、コントロールパネルを表示していじる。そこにはステータス画面が映り、いま何を装備しているのか状態が確認できた。柱に普段巻き付けて使う爆薬付きロープが一五mほど搭載されているのが見てとれた。これだ。これをどこかに巻き付けて爆破に使ってみようか。
私は三台並んだ硝舎のうち、真ん中の硝舎までドローンを飛ばす。熊沢の言葉を信じるなら真ん中の硝舎に班長は乗っていないはずだった。私はコントローラの操作を次にように行った。まず、ドローンはそこで爆薬付きロープを地面に
ここで爆破スイッチを押した。
地下では聞いたことのない爆発音が目の前のスピーカーから聞こえる。金属がはじけて転がるような音、ガラスの割れる音だ。ロープ爆弾は柱の強度を落とす程度のもので爆発力は弱い。しかし、硝舎を使いものにならなくするぐらいのダメージは与えられる。モニター映像では彼らの硝舎の一台だけが煙をあげている。カメラで拡大すると真ん中からぽっきり折れて大破している。
あっけに取られている増田の近くまで私はドローンを飛ばしてマイクで叫ぶ。
「今の爆破を見ただろう? 俺は栗原班長がどこに居るか知らないから、彼女を探し出すために、このような
硝舎がなくても地雷探知機さえあれば徒歩の移動は可能だ。しかし、柱を破壊してまわるのが目的の彼らには重機が必要だし、地べたを走る重機といっしょに、地雷を避けながら徒歩で移動することはかなり面倒で時間を要するはずだ。果たして増田はそのことを
増田はしばらく考えているようだった。
「待て、待ってくれ、わかった。これ以上、硝舎の破壊はやめてくれ。班長はお前らに返すよ」
私は音を聞かれないようマイクをミュートにして、ふう、と大きくため息をついた。
どうやら
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