8.23.Side-ウチカゲ-次の敵
ウチカゲの蹴りが、音を置き去りにする。
落ちてきたアルテッツの重心を捉え、自身の蹴りが最大限の効果を発揮する位置にしっかりと足をめり込ませた。
腰骨が砕ける感覚が伝わってくる。
無理矢理くの字に曲げられた肉体は一瞬その場で停滞したが、すぐに目に見えない速度で銃弾のように吹き飛んだ。
放物線は描かれず、重力も無視して直線上を走っていく。
障害物は尽く破壊され、時には破壊した物が宙を舞う。
次第に勢いを失うと思いきや、一切そのようなことはなく逆に速度を増しているのではないだろうかと錯覚してしまう。
大小様々な障害物を破壊しながら突き進み、ようやく手が地面に触れた。
なにかに引っ掛かったのか、そこを起点に勢いよく地面に体が叩きつけられ、縦回転しながらまだ進む。
とはいえ、それでようやく勢いが失われてきた。
最後に二本ほどの大木を破壊したところで、ようやく岩に体をぶつけて停止した。
体が亡き別れていないのが奇跡である。
これ程にまで強い蹴りで死んだことはないらしく、無事にアルテッツは最後の魂を手放した。
「ガホッ……! お、のれ……!」
だが、アルテッツは目を覚ます。
彼の持つ技能『五魂』は五回分死んでもいい技能。
結果的に六回殺さなければならないのだ。
ウチカゲの話しぶりからして、五回殺せばいいと思っているはず。
それにこの技能で復活できなくなったとしても、死因は保存されているので同じ攻撃では死なない。
なんとかその場から体を起こし、痛む節々を庇いながら歩いたが、まだ上手く力が入らず地面に膝を着く。
「何故だ……。設定が、ずれていた、のか……?」
『五魂』は死因を保存する。
これは死んだ原因か、死をもたらした対象から再び迫る死を防ぐことができるというもの。
アルテッツは『影媒体』からの受ける攻撃全てを防げるはずだった。
そう設定したのだ。
だが、その『影媒体』から二度も殺されてしまった。
「あれは……技能ではないというのか……!」
生きている生物には、死因としての保存ができない。
普通の技能であればそれができるはずだった。
しかしできなかった、ということは、『影媒体』は何かしらの魂を定着させている特別な技能だということになる。
それがもっと早くに分かっていれば、やりようはあった。
なんにせよ、今その脅威は見当たらない。
吹き飛ばされた勢いで翼に絡まっていた小さな『影媒体』も姿を消したようで、自由に動かせる。
「補給をせねば……」
もう残機は残っていない。
早く新鮮な人間を見つけ、その心臓を喰らわなければならない。
そうすれば今度こそウチカゲを仕留めることができる。
あれだけ殺してくれたのだ。
さらに五回殺せるとは思えない。
「……? な、なんだ……?」
腹の辺りでもぞもぞと何かが動いている。
虫だろうか、と思ってまさぐってみるが、一向に手に触れる気配がない。
「──」
木の上に、さかさまにぶら下がっている『影媒体』がいた。
彼が指を小刻みに動かすと、アルテッツが苦し気に呻きだす。
「んぐ!? 腹の……! 中……!!?」
メチッ……。
腹、背中、喉、脚、様々な箇所から細く黒い針が飛び出した。
それはまた引っ込み、違う箇所からピシっと飛び出す。
「が!? ぎょあ……げぁ!!?」
「──(不満げに頭を振る)」
「ほぉ、ここまで吹き飛んできよったか。小さいのを引っ付けておいてよかったの」
「──(コクリ)」
「……天打。お主心臓を狙えぬのか?」
「──(頭を掻く)」
「はははは、小さいのは操り慣れぬか」
その後も何度かアルテッツの体から黒い針が飛び出したが、最後にようやく心臓を狙うことができたらしく、動きがぴたりと止まった。
彼はこちらを見ながら、恨めしそうに顔を歪ませている。
大天使とはいえ、弱点はあるのだ。
そこを突くことさえできれば、このようにたった四百年程度しか生きていないウチカゲでも、倒すことができる。
(こんな……!! 相手、に……)
そこで、ようやくアルテッツは倒れた。
もう動くことはなく、長年『五魂』という技能だけに頼って生き永らえてきた大天使は、その長い生涯を終えた。
ここで仕留めることができて良かった、とウチカゲは心底安心する。
厄介な相手ではあったが、自分の速度について来れないのであれば、まったくもって脅威ではない。
こちらには天打もいるのだ。
そうそう負けてなるものか。
「しかし、ここはどこだろうか。未だに分からぬ。……天打? !? 天打!?」
いつもなら何かしら動いて言いたいことを表現する天打が消えていた。
バッと振り向いて周囲を確認するが、その姿は見えない。
気配を辿ってみると、遠くの大木から体を持ち上げたところだった。
「音も気配もなく……天打を吹き飛ばしただと? !! いかん!」
ウチカゲもその場から瞬時に離れる。
その瞬間、足場にしていた大木の枝が吹き飛んでいった。
凄まじい威力。
そして、音も気配も何もない。
ここは敵地だと分かってはいたが、まさかアルテッツが死んだ後にやってくるとは思っていなかった。
単独行動だとは思っていたが、どうやら見積もりが甘かったらしい。
敵の姿はまだ目視出来ない。
どこだ、と探している間に『影媒体』が戻って来て、指をさす。
「……なるほどな。『暗殺者』持ちという訳か」
ようやくその姿を確認した。
次の敵は……魔道具を持っているようだった。
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