8.22.Side-ウチカゲ-仕留める
泣き別れた胴体は地面に水っぽい音を立てて落ちてしまった。
明らかに死んでいる状態ではあったが、それは次第に淡く光り出して消えていく。
初めて見る光景をウチカゲは興味深そうに見ていたが、ようやく姿を取り戻したアルテッツを見て気を引き締める。
もう、同じ技では死なない。
ここで自分が五回分の死をもたらせなかった場合、次彼を相手にする仲間が不利になることは明白だ。
相手が天使だろうとなんだろうと、ウチカゲはこの場にてアルテッツを仕留める事だけを考え続けていた。
負ける気など毛頭ない。
人の姿をしている以上、殺し方などいくらでもあるのだから。
それに『影媒体』もついている。
一人では無理かもしれないが、二人いればやりようはさらに増えるものだ。
今日ほどこの技能を心強く思ったことはないだろう。
そして久方ぶりに戦う強者。
遊びではないことは分かっているが、死ぬ前にこうして全力を吐き出せる相手が出てきたことを嬉しく思う自分がいた。
全盛期はとっくに過ぎてしまっただろうが、心根は未だに若いままだ。
「やるか、天打」
「──(首を傾げる)」
「ん? うむ……私も考えたが、お前は再会を好まないだろう?」
「──(コクリ)」
「では隠すまでだ。応錬様には、秘密にしておこう」
応錬がこの存在を知ったらどう思うだろうか?
それは非常に気になったが、天打は再会を好まないし求めてもいない。
知らない方がいいことも多いのだから。
「──(二本指を立てる)」
「そういえばそうだったな。伝えないように、と言っておかねば」
帰る理由ができた。
それだけで活力が湧いてくるというもの。
ようやく立ち上がった天使は酷い顔をしていた。
眼球がないためそう見えるだけかもしえないが、憎しみが籠った表情をするとは思っていなかったのだ。
彼らにも、感情というものは存在しているらしい。
「で、お主はどれ程に速いのだ?」
「ンガッ──!!?」
ウチカゲの『影媒体』がアルテッツの頭を掴んだ。
速度こそウチカゲに劣るものの、その力はウチカゲを越える。
大して速くもない『影媒体』に一手を簡単に取られているところから見るに、今まで半不死身の能力を施行し続けたために戦闘能力は低いと見えた。
そのまま、『影媒体』はアルテッツの頭を片手で握りつぶす。
さすがにこのような死に方、想定はしていなかっただろう。
これで、二回目。
「やはり脆いのだな」
「──(コクリ)」
近くまで戻って来た『影媒体』が肯定するように頷く。
天使が思いつく死に方など、たかが知れているのかもしれない。
もう一度復活し、歯を食いしばりながらこちらを睨みつけてくる。
ふらり、と一歩よろめいたと同時にようやく攻勢に出た。
だがその瞬間には既に、ウチカゲと『影媒体』はアルテッツの左右に移動していた。
「プレスはやった。握りつぶすのもやった」
「──ッ!!?」
「では、絞殺などはどうか」
真横にいた『影媒体』が変形し、アルテッツを飲み込む。
それからロープ状に姿を変えてギリギリと締め付けていく。
ロープで首を絞めたことはあるかもしれないが、体を縛ってそれが肉体を引き裂くのは、さすがに経験していないだろう。
ウチカゲが『影媒体』の一部を掴み、鬼の力でぐんっと引っ張る。
バシュアァッ!!
案の定、アルテッツの肉体は細かくなって地面に落ちた。
「三回目」
「──(コクリ)」
あと二回。
さすがにアルテッツも焦ってくるはずなので、逃げてしまう可能性があった。
それを阻止するために『影媒体』は一部を切り離す。
すると小さな『影媒体』はトコトコと何処かへ歩いていった。
その間に復活したアルテッツは、焦燥の笑みを浮かべている。
余裕はないが、余裕は見せたいらしい。
既にウチカゲの速度について来れていない時点で勝負はあったも同然なのだが、向こうも諦めてはいないようだ。
「これだけのやり方で殺したのだ。ここで始末させてもらうぞ。大天使」
「『万物硬化』」
「それは対象に狙いを定めねば使えぬらしいな」
「ぐぬ!?」
ガァンッ!!!!
ただ普通に真横から殴ると、アルテッツは小石のように転がりながら吹き飛んでいった。
大樹に深々とめり込んだが、さすがにこれで死んだ経験はあるらしい。
この程度の攻撃では死なず、むくりと立ち上がった。
「くそ……!!」
「さて、次はどうするか」
「『光の針』……!」
アルテッツは長く鋭い光の針を作り出し、それを地面に突き刺した。
本来であれば技能を口にしている瞬間にウチカゲは動くことができたのだが、こうして見過ごしたのは期待外れだったからである。
普通に死んでしまう。
耐性など、あってないようなもの。
光の針が地面に突き刺さると、大きな結晶となった光の棘が地面から山のように突き出してきた。
細い物もあれば大きい物もあり、なかなかの範囲を攻撃できる技能であるらしい。
だが、発動速度は遅かった。
無論それは、ウチカゲにとって遅い、である。
トンッ……とアルテッツの頭に手を置かれた。
グッと軽く力を入れられ、グリンッとねじ切られる。
「誠に、何度も死んだのか?」
ぽーん、と投げた頭部を殴り飛ばし、アルテッツが作り出した結晶の半分を破壊する。
光の粒子になって消えていったそれは、見事なものであったようにおもえる。
(無理だ……!!)
今までとは違い瞬時に再生したアルテッツは、翼を広げて一気に飛び上がり上昇した。
一瞬で雲の上にまで到達したため、さすがのウチカゲでも追ってこれないだろう、と気を緩めた。
その瞬間、翼が動かなくなる。
「は?」
「──(ケタケタ笑う)」
細く網のように纏わりついた『影媒体』が、翼を完全に拘束していた。
ご丁寧に小さな鬼の顔を作り出し、動きでもってして笑っていることを表現している。
次第に、重力に逆らうことなく落下しはじめた。
「貴様!! キサマァア!!!!」
この状態ではアルテッツが最も得意とする『万物硬化』は使えない。
今硬化させても『影媒体』を払うことができないからだ。
相手の技能を考慮し、この拘束方法を『影媒体』は選んだ。
因みにこれは小さく分裂した『影媒体』であり、アルテッツが大樹にめり込んだ時に引っ付いた。
ウチカゲがこの分裂した『影媒体』のいる所に、アルテッツを向かわせたのだ。
アルテッツの『光の針』で何とかしようとするが、『影媒体』はそんなもので切れはしない。
地面が急速に近くなり、その落下地点と思わしき場所には……。
「私がいる、と」
アルテッツが目の前に落ちて来た瞬間、ウチカゲは蹴りを繰り出した。
その時、周囲の音が消えた。
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