8.21.Side-ウチカゲ-見知らぬ場所
「さて……参ったのぉ……」
そう呟きながら頬を掻く。
先ほどまで前鬼の里にいたはずだったが、瞬きをして見れば一瞬で知らない場所へと飛ばされた。
とはいえここは自然豊かな森であり、鳥のさえずりもよく響いている。
今のところ嫌な気配もなにもなく、目の前に広がる自然林に感嘆の声を漏らした。
全く素晴らしい森である。
木の根がここまで隆起し、ずっしりと根を下ろしている姿は早々お目にかかれるものではない。
更に日当たりもよい。
自然林独特の環境がここには整えられているようだ。
人の手だけでは、ここまでは絶対にできない。
しかし、感心してばかりはいられない。
いくら嫌な気配がなくとも、ウチカゲは天使に技能で転移させられてここに来たのだ。
何かあると見積もって動かなければ、不意を突かれる。
気配を隠すのが上手い獣もいるのだから。
音もなく、ウチカゲの背後から巨大な大蛇が現れて大きな口を開けていた。
ぐわっと勢いを増して急激に接近したところで、いつの間にか大蛇の頭は空を見上げていた。
「……小さいな」
大蛇の顎を思い切り殴り飛ばしたウチカゲは、もっと大きい獲物が襲ってきたと思っていた為少し加減を間違えてしまった。
下顎が完全に吹き飛んでしまっている。
蛇というのは生命力が高く、頭を落としてもしばらくは動けるためか、その大蛇も皮一枚で繋がっている首だけでウチカゲを見た。
だが次の瞬間、大蛇の見ている景色は高速で移動してしまう。
ウチカゲが頭を蹴飛ばしたのだ。
ありえない速度で吹き飛んでいく頭は、自然林を多少たりとも傷つけた。
近くにいた小動物や鳥たちの慌てる声が聞こえてくる。
「む」
地面から気配を感じた。
スッ……と片足を上げて大地を強く踏みつける。
硬いはずの大地にクレーターが形成され、そこに入った罅から大量の鮮血が噴き出してきた。
なにが下にいたのかは分からないが、相当大きな生物だったようだ。
和服が血まみれになるのは避けたいので、すぐさまその場を移動する。
クレーターに血だまりができて血の池のようになってしまった。
それを一瞥した後、大きなため息をつく。
「あの時に戦った異形より、マシだな。おおい、そろそろ姿をあらわせーぃ」
誰に言うでもなく、そう呼びかける。
しばらくは何も起きなかったが、ウチカゲはここに転移させられてきたのだから首謀者が何処かにいる筈。
もしかすると術者は前鬼の里で始末されているかもしれないが、ここで待ち伏せされている可能性は充分にあった。
それに、今し方殺した二匹の獣には妙な気配があった。
端的に言えば、使役されているように感じたのだ。
あんなにおおきな獣が鬼という小さな存在を狙うはずがないし、本能を有しているのであれば気配だけで己との違いを察知できるはず。
しばらくシン……とした空気が流れた。
いないはずはないが、どうにも出て来るつもりはない様だ。
「……左様か。では……『影媒体』」
片手からでろりと溶けて落ちた黒い塊が、鬼の姿を形成してその場に立った。
準備運動をしているようで、首や肩を動かしている。
骨はないので音はなっていないが。
ウチカゲと『影媒体』は一点を見据えた。
「!?」
「そこじゃろ?」
「──」
ダンッと地面を蹴飛ばした『影媒体』がその方向へと異常な速度で突っ走る。
最も強い姿の『影媒体』は、ウチカゲとほぼ同等の力を有していた。
鬼の力も相まって地面は抉られ、目的地に着いた瞬間片腕を日本刀の姿にして大きく振るった。
シンッ……!
一瞬何も起きなかったが、しばらくすると景色が傾き始めた。
何千、何万としてその場に鎮座し続けてきた大木がものの見事に両断される。
大地に倒れ伏す間に、他の大樹も巻き添えにして幾つか折ってしまった。
しばらくそれが続き、一際大きい大樹が彼らを支えることでその崩壊は終結する。
隠れる場所が一部、なくなった。
そしてようやく、待ち伏せをしていた天使を見つけることができた。
「……弱そうじゃな」
「チッ……」
真っ黒な服。
宥漸たちがガロット王国に向かったあと、テケリスから大天使の特徴はいくつか聞いていた。
応錬もその姿を見たと言っていたので、今目の前にいる存在こそが大天使で間違いないだろう。
アルテッツ。
意外とどこにでも出て来る大天使だ。
半不死身の技能を持つ彼は、死亡回数が増えていくと身に纏っている物すべてが黒に塗りつぶされるらしい。
分かりやすくて大変結構、とウチカゲは内心笑っていた。
「確か……五回殺せばよいのだったな?」
「一通りは死んだ。そう簡単に、殺せはしない」
「ほぉ、それは面白い。さて、ここには補給となる人間はおらぬな? であらば、誠に五回殺せば死ぬ様だ」
「殺せたらな」
「ではそうさせていただこう」
最後の言葉は、アルテッツの真横から囁いた。
目をかっぴらいて即座に反応しようとしたが、それをウチカゲが許すわけがない。
背中を平手打ちで強く打つ。
その瞬間、下から『影媒体』が飛んできて膝を腹部にめり込ませる。
「プレスされるのは、どの様な感覚なのじゃろうな」
「ごぇ……!!?」
ブツンッ……!
胴体が泣き別れ、早速残機を一つ、失った。
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