8.17.『ショック』


 スレイズが放った魔法は、他の魔導騎士よりも素早い速度で天使に着弾する。

 だが精度は若干悪かったらしく、着弾した箇所は翼の付け根。

 致命傷には成り得ない外傷となってしまったが、機動力を落とすことには成功していた。


「なっ……!?」

「当たった!」


 スレイズの魔法、『ショック』。

 ウチカゲから様々な知識を借りて極め続けてきた魔法であり、技能にも劣らない程の練度と威力、そして発動速度を有している。


 この魔法は三段階ある。

 人差し指を立てて超遠距離を狙うスナイパー。

 人差し指と中指を立てて攻撃するピストル。

 小指以外の指を立てて攻撃するショットガンの三種類だ。


 この名前には一切の聞き覚えはないのだが、ウチカゲ曰く『他の場所からの知識』から得た名前だという。

 応錬や零漸であればよく聞いたことがある単語であるが、スレイズはテキルという人物が作り出した武器から取ってつけた名前なのだろうと勝手に決め込んでいた。


 しかし、このスナイパーモードは狙うのが非常に難しい。

 小さな弾丸を弓では届かない位置まで直線状に射出するのだ。

 狙う場所が一ミリでもずれてしまえば、着弾箇所の誤差は一センチにも一メートルにもなってしまう。

 それを肉眼のみで狙おうというのだ。

 今回当たったのは奇跡に近かった。


 翼を狙撃されてしまったことで空を飛べなくなった天使は、そのまま地面に落下していく。

 しかし片翼だけで滑空し、地面に叩きつけられるという最悪の事態は回避することができた。


 ドバッシャアアアンッ!

 その間に、落としていた『ウォーターハンド』が落下する。

 カルナが『スローリー』を付与してくれたおかげで落下速度が非常に遅くなり、威力は大幅に軽減された。


 だが、その水はしっかりと重力に従って流れていく。

 重鎧騎士が『エリアシールド』で強い衝撃を完全に止めたは良かったが、水は四方八方へと流れていきまるで津波のように他の部隊を飲み込んでしまう。

 特に魔導騎士たちへの被害は深刻で、大量の水が彼らを遠くへ流していってしまった。


 無事なのは重鎧騎士のみ。

 中鎧騎士は若干被害に遭ったが、ほとんどの者はまだ動ける様だ。


「くそ……。来い、クレイン! あの天使を始末するぞ!」

「お待ちをスレイズ様! 国王自ら行かれるなど言語道断……! ここで『ショック』を使い援護を……!」

「ぐぬ……!」


 クレインと呼ばれた騎士団長に全力で阻止される。

 確かに彼の言うことは最もだ。

 この国の最高権力者であるガロット王国の国王がそう簡単に前線に出張っていいはずがない。

 だからこそ、騎士団がいるのだ。


「指揮を!」

「……うむ」


 前線に出て戦いたい自分との葛藤があったが、それを何とか堪えて騎士団を信じることにした。

 即座に中鎧騎士の数部隊を魔導騎士救出と編制再構築へと向かわせる。


 パリンッ……。

 上空から何かが割れる音がした。

 それはとても小さな音だったが、スレイズとクレインにはこの戦場に負けない程大きな音に感じられた。


 恐る恐る空を見上げてみると、ドーム型の結界の大きな穴が開いている。

 結界の破片が落下してきて、重鎧騎士を何名か押し潰す。

 これが指し示していることは、すぐに理解できた。


「入って来るぞ」

「中鎧騎士! 早く魔導騎士の救出を!! 急いで陣形を整えさせるんだ!」


 突破された。

 上で戦い続けているアブスとリゼの様子はここからでは分からない。

 しかし白い肉塊が見えないことから、アブスは空を飛んで戦っているのかもしれなかった。


 結界に空いた穴から、白い米粒が中へと入ってくる。

 まだ遠くにいるのでその実態を完全に目視することはできないが、十中八九天使だ。

 それはこちらへと向かってきている。


 カルナもそれを見て舌を打った。

 眉を顰めながら地面に片膝を着いている天使を睨む。

 手に馴染み切った愛刀を握り直し、ゆったりとした動きで構えを取った。


「まともな技能持ちは、あんたくらいでしょ」

「……お前たちを見くびっていた。再度、評価をし直さねばならないな」

「他の技能持ちはどこ」

「こちらの派閥には、技能持ちはほとんど居ない。俺と、あのバカみたいに強力な技を放った奴だけだ。一発しか撃てないから、もう役に立たんがな」

「へぇ、結構喋るのね」

「お喋りは嫌いか? 俺は嫌いじゃない。時間が稼げるからな」


 ボコボコ……と地面が泡立ち始めた。

 天使の周囲が沸騰したかのように煮え始めたその大地は、次第に熱を帯びていく。


「どうだ技能を持つ人間よ。大地を媒介にした技能すらも、遅くできるか?」

「無理ね」

「ぐっ!?」


 カルナの言葉は、耳元で聞こえた。

 次の瞬間には激痛が腹部を襲い、鮮血が大地に飛び散る。

 天使は久しく感じていなかった痛覚に顔を歪めた。

 歯ぎしりをしながら振り返ると、余裕そうな表情で立っているカルナがそこにはいる。


「自然界に固定されている物は確かに遅くできない。地面なんか遅くしてどうするのって話。海の波を遅くしたって一部だけじゃ意味ないでしょ? でも私は早くすることはできる。自分の動きとかね」

「……範囲攻撃を、回避できるとは……思えないがなぁ……! 『大地沸騰』……!」


 ボゴボゴ……!

 大地が煮立ち、熱波がこちらにまで飛んでくる。

 思わず顔を覆ったが、このままではこちらも、他の騎士たちも干上がってしまいそうだ。


 その前に何とか仕留めたかったが……天使は沸騰している大地の中心に座っている。

 カルナがそちらへ攻め込めば、確実に熱されてしまうだろう。


 天使は気付いていないだろうが、零漸の『身代わり』が強い攻撃を肩代わりしてくれるだけで、属性系の攻撃にはめっぽう弱い。

 それは本人も同じだ。

 なので炎や凍結といった技能は、しっかりダメージを与えることができるのだ。

 とはいえ元々の防御力が高すぎるので、耐性はあるのだが……。


「生身の私じゃ、ちょっときついわね」

「フハハハ……! さらばだ! にんげッ──」


 頭が急に動き、痙攣して地面に倒れる。

 カルナは一つ息を吐き、攻撃をしてくれた人物の方へ向かって手を上げる。


「やってみるものだな……!」

「こちらとしては肝を冷やしましたがね……。あれで失敗してたら、確実にこちらへ攻撃してきましたし」

「倒せたからよしとしよう。さて、今から来るのは比較的弱い天使共だ。しかし擬似技能という魔法より少し強い技を持っている。油断するなよ!」

『『はっ!』』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る