7.27.テケリス解放


 応錬の『泥人』が最後の天使を拳で殴って沈黙させた。

 この攻撃には『衝撃波』や『内乱破』などが入っているため、一撃でも喰らってしまえば致命傷となる。

 天使の脳内はぐちゃぐちゃにかき回され、骨もすべて砕けているので再起は不可能だろう。


 そしてゆっくりと、地下にある水槽に近づく。

 コンコンッとノックをしてみて素材を確認してみたが、普通に壊せそうな代物だった。


 一歩引き、グッと力を入れて殴り飛ばすと、五つある水槽の内一つが完全に破壊される。

 もちろん『泥人』は壊した際に流れ込んできた液体に飲まれて消滅してしまうわけだが、一つ開放できればそれでいい。


 ばしゃー……と床いっぱいに広がった不気味な液体。

 それは暫くする自我を取り戻したように蠢き、一つに集まって形を形成していく。


「……はぁ~」


 むくりと立ち上がった液体は、人の形を取る。

 背が高くほっそりとした姿の好青年はコキリと首を鳴らして久しぶりに取る姿の動きを確認した。

 眠そうな目にギザギザの歯。

 それも相まって目つきは少しきつく、眼球は蛙の様で横に少し伸びていた。


 ぶかぶかのローブは明らかに背の丈に合っていないが、自分が使う技を考慮すればこれが一番適切な服装だ。

 ズボンもぶかぶかで、少しだらしない雰囲気が拭えない。


 テケリスは一通り体を動かしたあと、残り四つの水操に触手を伸ばして浸ける。

 するとそこからすべての液体を吸い取り、自分の元に戻らせた。

 これで本当に元通りだ。

 あとは、応錬がいる場所にある液体を回収することができれば、体すべてを取り戻したことになる。

 あそこにはアブスがいるので、回収は問題ないだろう。


「さぁあぁあぁあぁぁぁぁぁぁ……てぇ……」


 ドッ……と怒気を含ませると、周囲の物体が振動しはじめる。

 水槽に繋がれていた魔力回路はその振動で破壊され、薬品棚などは棚の扉が開いてガラガラと床に落下し割れていく。


 取っ捕まって八百年。

 利用されて三百年。

 天使の脅威とされて天使が総動員して捕獲した存在が、今復活した。

 長年ぞんざいに扱われ続けてきたが意識だけはなにがなんでも手放さなかった。

 その精神力の高さを維持していたのは、兄弟であるアブスとイウボラの存在。

 二人を残して逝けるかと、この数百年抗いに抗い続け、技能を作って対抗しつつ、ようやく解放されるときが来た。


 あの小さな分身では彼の本質を理解できていなかった。

 魔力の化け物応錬には感謝しなければならないな、と思いながらも今は暴れたい気持ちでいっぱいだ。

 長らく体を動かしていなかったのでどれだけ鈍っているのか分からない。

 それを確かめるためにも、今すぐに、何かを破壊したい衝動に駆られていた。


「……だけどアブスがいる所でそれはやめておくか」


 理性を何とか維持したテケリスは、大きく深呼吸をして気を落ち着かせる。

 だが天使の姿を目視してしまうと、この理性は簡単に崩壊してしまいそうだ。

 あの化け物応錬がすべて始末したと言っていたが、施設を破壊せずにそんなことができるのだろうか?


「……とりあえず、合流するかね」


 大きな服を蹴りながら歩き、アブスたちと合流するために廊下を歩く。

 あの場所は上階だった筈なので、サンプルとして運ばれた体の一部の記憶を思い出しながら行けば、問題なく到着することができるだろう。


 しかし……まさかアブスが助けに来てくれるとは思っていなかった。

 自分が捕まってからしばらく経つが、変わりはないだろうか。

 あの様子だと分身なのでまともな会話はできそうにないが、ああして生きているということは悪魔と共に元気にやっているはずだ。

 アトラックには頭が上がりそうもないな、とクスリと笑い、懐かしい記憶を思い出す。


 よくあんな馬鹿げた提案をするものだ。

 それに頷いた自分も自分ではあるが、結果として良い方向へと向かうことができた。

 その代わり、力は抑えられてしまったが。


「あの時狙われたんだったな。ったく、子育ての最中だったというのに」


 再び沸き上がりそうになった怒りをもう一度深呼吸で落ち着かせ、施設の廊下を歩いていった。

 そして階段を上がり、応錬たちがいる場所まで歩いて来た。

 カチリと扉を開けて中に入ってみれば、応錬が神妙な顔でこちらを見ており、小さなアブスがテテテテッと駆け寄ってくる。


 アブスを手に乗せて自分の肩に乗っけると同時に、応錬に手を上げた。


「助かった」

「お前には聞きたいことが山ほどあるんだが、付き合ってくれるか?」

「恩人の頼みだ。従おう。アブスも世話になっているようだしな」

「それは助かる。まぁその前にこの施設にある資料を全部掻っ攫いたいところなんだが……」

「同じことをするつもりか?」

「んなわけあるか! 天使の研究施設とその資料が消えたら敵の研究は全部パーになるし擬似技能の生産を止められるだろ!」

「ああ、そういうことか。ううむ、随分頭も鈍ったようだ……」

「あと、研究に使われた人間も助けないとな」


 応錬がそう言ってため息をつくと、テケリスが真面目なトーンで口を開いた。


「研究に使われていた人間も全て殺すべきだ」

「……え?」

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