7.28.Side-応錬-擬似天使
テケリスのその回答を聞いて、応錬は首を傾げるしかなかった。
実験に付き合わされている人間は普通の人間だ。
確かに擬似技能を埋め込まれてしまっているかもしれないが、それだけなので特に問題はないはず。
いつか必ず普通の生活に戻れるはずなのだ。
だというのに、テケリスはこの施設にいる人間全員を始末すべきだと口にした。
元の生活に、元の人間に戻れる可能性がある以上、応錬としてはそのようなことはしたくない。
しかし擬似技能を付与していたのはテケリス本人だ。
なにか、この判断に至る理由をしっかり持っているはず。
「……何故だ?」
「擬似技能を付与するに当たり、天使共は実験体に一つの擬似技能を必ず付与させた。ううん、詳しく説明すればこれは擬似技能であり擬似技能ではない。ほぼ技能のようなものだが天使が自分を操って付与させたからこそ安定しなかっただけで──」
「うん、それはいいわ。で、その必ず付与させた擬似技能ってなんだよ」
「『天使昇華』」
「……え?」
「つまり、天使になる特殊技能だな」
なにがどう作用して天使に進化するのかは分からない。
なにぶんこの技能は天使が勝手に作り出したもの。
テケリスが自分の意思で付与していないということもあり、安定こそしなかったが確実に人間を強制的に天使へと昇華させる技能にはなった。
中途半端な擬似技能であるためデメリットが存在する。
それは記憶が完全に消える事。
しかし天使への忠誠心が逆に芽生えるようで、そうなってしまえば天使の従順なる駒になる。
「……」
「なんだ、この施設にいた人間と天使を容赦なく殺す割には、無害な奴には寛容なんだな」
「そ、そりゃあ……罪はねぇだろうし」
「罪はない、か。だが仇成す者共となる。芽は小さい内に摘んでおいた方が良いと、人間は言う様だが?」
「この世界でも言うのか知らねぇけど……。何とかならねぇの?」
「無理だ」
間髪入れず、応錬の疑問をぶった切る。
テケリスの『技能制作』と『技能付与』はやり直しが一切利かない。
作ってしまえばそれは半永久的に維持されることになるし、付与してしまえば死ぬまでそれと付き合う羽目になる。
天使が確実に自分たちの駒になるようにと作り出した技能、『天使昇華』も、もちろん取り消すことはできない。
テケリスは生み出し、与えることは得意とするが、消し去る、奪うということは不得手だ。
付与してしまった以上、それを奪うためには殺すしかない。
「まぁ、お前の良心が痛むというならば、自分がやるが?」
そういうと、テケリスは指全てを獣の顔に変えた。
どれも見たことのない不気味な面ばかりだが、そのすべてが悍ましい存在だと見ただけで分かる。
アブスは面白そうにそれを彼の方で眺めているが、応錬としては気持ち悪すぎて直視もしたくない。
しかしテケリスは応錬の返答を待っている。
選択肢は二択。
応錬がやるか、やらないならばテケリスが代行する。
彼の中で始末しないという選択肢は存在していないらしく、応錬がこの話題を反らしたとしても強行する構えだ。
アブスを見てみるが、どうやらテケリスのことを信じているらしい。
説得は難しそうだ。
「……無害な奴に、俺は何もできん」
「そうか。いや、それでいい。そういう人間も、必要だ」
ズルリ……と指から獣が生まれ落ち、各々不気味な姿を取って部屋を飛び出していく。
「嫌われ役は一人で充分」
その瞬間、廊下の外から人間の絶叫が聞こえ始めた。
応錬の時と違い、一瞬で殺すことはせずに獣の捕食行動に任せて蹂躙し始めている様だ。
対抗しようと知知恵る技能持ちもいるようだが、そもそもテケリスが作り出したのは分身であり、更に粘液質の命無き存在。
攻撃のほとんどは無効化され、ゾンビのように怯むことなく襲い掛かる。
これで本当によかったのか、と応錬は悩んだが……テケリスを止めることはできないとなぜか悟っていた。
これは応錬の中に吸収された日輪の能力だろう。
彼は、明らかに強い。
応錬だとしても、止められるかどうかわからない程に。
(……分かっちゃいたが、やべぇなこいつ……)
アブスとイウボラの兄。
二人の能力を一つにしたような存在だと、先ほどの力を見て分かった。
そして一体一体が凶悪で残忍。
一匹止めるだけでも相当な労力が必要だろう。
テケリスはアブスの頭を指先で撫で、その場に座った。
「で、お前名前は?」
「応錬」
「応錬か。自分を凌駕する魔力量を持つ者に会ったのは初めてだ。そこだけは化け物と形容しても良さそうだな」
「お前も大概じゃねぇか」
「否定はできん。元より人の姿を取るのは苦手としていたからな。で、何か聞きたいことがあるんだよな? この場を邪魔するものはもういない。好きなだけ聞くといい」
ずいぶん協力的な姿勢に、応錬は若干驚いた。
こういうタイプは堅物だったりすることが多いような気がするのだが……。
まぁ答えてくれるというのであれば、思う存分今分かっていないことをぶつけてみよう。
応錬もその場に座り、テケリスと同じ目線になる。
そして、まず一つ目の問いを投げかけた。
「擬似技能ってなんだ」
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