7.24.Side-応錬-物色開始


 施設の中に侵入した応錬とアブスは、それぞれが周囲を見渡しながら警戒していた。

 応錬の使う『暗殺者』は肩に乗っているアブスの気配さえもかき消すことができているようだ。

 その証拠に、先ほどすれ違った人間には一切バレていない。


「人間がいるのか……」


 この施設を歩き回って実験を繰り返しているのは天使だけだと思ったが、研究員らしき人間が先ほど横をすれ違った。

 入る前からどこに何がいるか、というのは『操り霞』で分かってはいたのだが、技能か何かで隠しているのだと思っていた。

 しかし予想は外れてしまったようだ。


 あれは本当に普通の人間。

 アブスも頷いてそれを肯定している。


「ふむ……」


 いろいろ思うところはあるが、これは完全に敵だ。

 天使に認められてこの研究施設に運ばれてきているのだから、それは確実だろう。


 しっかりと覚悟を決めて廊下を歩いていくと、幾つかの扉が見て取れる。

 それぞれ会議室のようになっているようだが……。

 応錬はなんだか懐かしみを感じていた。


「会社かよ……」

「──?」


 この施設の作り……。

 やはり日本の会社や研究所によく似ている。

 明らかにこの世界にあった知識で作られるようなものではない。


 周囲は鉄筋コンクリートのような素材が使われており、床にはタイルが敷き詰められている。

 さらに扉は鉄製の扉。

 電力関係は魔道具などで補っているようではあるが、それを抜きにしてもここまでの施設を、この世界の人間が作り出せるとは思えない。


 天使はどこでこの知識を得てきたのだろうか。

 気になることが増えていく一方で何も解決できていない事に気付いた応錬は、とりあえず一つの扉に手を掛けた。

 中に誰もいないということは既に分かっている。

 カチャリと開き、中に入ってすぐに閉じると、そこは真っ暗で何も見えなかった。


 だが見えないのはアブスだけであり、応錬はしっかりと見ることができる。

 どうやら耐性にある『視界不良』が発動している様だ。

 暗闇でも発動してくれるだなぁ、と感心しながら、周囲にある物を物色を開始する。


 ここはどうやら資料室の様だ。

 これすべてを今調べるのは非常に時間がかかる。

 ということで所持していた魔道具袋にすべて突っ込むことにした。

 大昔に鳳炎がやっていた事とまったく同じことをしているな、と胸の内で笑いながら、次々と資料を魔道具袋に流し込んでいく。


 資料の数は膨大ではあったが、応錬が作り出した『泥人』のお陰で案外すぐに仕舞うことができた。

 役目を終えた『泥人』を解除し、そそくさと部屋を出て次の場所へ向かう。


 だがそこには、天使がいるようだ。


「とりあえずさっきの部屋はすぐに空けられないように鍵穴ぶっ壊しておいたからよしとして……。まぁとりあえず聞き耳でも立ててみるか」


 誰にでも聞こえるように言ってみても、やはり『暗殺者』の能力で掻き消えるようだ。

 扉を少し開けて、中の会話を聞いてみる。


 そこには三人の天使と、一人の人間がいた。

 誰もが研究者の様で白い白衣を身につけており、何かの研究資料を確認し合っている様だ。

 すると人間が口を開く。


「ずいぶん馴染むのが遅いですね。もう少し早くしたいところですが……」

「できることはできる。しかし負担が増える。そうすれば組織が破壊されてしまう」

「魔力回路に馴染ませる時間は長く確保すればするほど、よい擬似技能となる」

「まぁそれは実験で分かっていますけどね。ううーん、やっぱりテケリスに無理矢理技能を使わせてるのが問題ですね。あれからやってくれればすぐにでも馴染むのですが」

「それは難しいだろう。この八百年、抗い続けているのだ」


 ヘタッ……。

 アブスが肩の上で座る感触を感じた。

 立っているのが疲れたのだろうと、特に気にすることなくその会話に耳を傾ける。


 会話を聞きながら、応錬は考えた。

 テケリスとは誰なのか。

 八百年間抗っていると言っていたが、そのテケリスという人物はアトラックと同じくらい長く生きていることになる。

 もしかすれば……アトラックと同い年かもしれない。


 アトラックの年齢は確か千九十二歳。

 これが、応錬たちが昔活動していた時期の話なので、あれから四百年経っているのに加え、応錬が寝ていた時期を合わせると千四百九十八歳くらいになるだろうか。


 さすがにアトラックと同い年とは思えないが……天使に利用されている存在がここにいるかもしれない。

 応錬はもう少し天使たちの会話を聞くことにした。


「ではどうしますか? いつも通り擬似技能作り出して埋め込みます?」

「数を増やせとのお達しだ。二週間以内に増やしておけと」

「二週間だとテケリスを操る術者にもよりますが、二千程度しか作れないと思いますよ?」

「術者は今どうしている」

「休んでますね。一人は動けますが」

「ではそれを動かそう。それかテケリスを操れる擬似技能を付与させて効率化を計ろう」

「分かりました」


 どうやら話は終わったようだ。

 なるほど、と思いながら扉を開けてその場にいた天使と人間の首を『多連水槍』で切り飛ばす。

 ついでに一番最初にすれ違った人間も屋上で始末した。

 すぐに『無限水操』で死体を回収し、付着した血液を吸い取ってしまう。

 あとはぐぐぐぐ……と水圧を上げて圧縮し、紙を丸めた時と同じ大きさにした後、ごみ箱に捨てた。


「まずはこの調子で片付けていくか~」


 パキリと肩を鳴らし、この辺りを物色していく。

 応錬はその間、アブスの顔を見ることはなかったのだった。

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