7.23.Side-応錬-侵入


 時刻的には17時くらいだろうか。

 日はまだ落ちきっていないが、この時間帯に結界の扉が解放される。


 応錬は『暗殺者』という隠密技能を使用しながら、その結界の扉の近くに待機していた。

 面白いことにこの技能を使っている間は動物にも感知されることがない。

 なので……。


「痛っ」


 背中や横っ腹に鳥が勢い良く突っ込んでくる。

 応錬は防御力が高いので、鳥の体当たりくらいでダメージを負うことはないが、ちょっとした衝撃は伝わってくるのだ。

 痛くはないが、思わず『痛い』と言ってしまうのは人間の癖に近いものだと思う。

 ゲームなんかをしていても、自分が操作しているキャラクターがダメージを負うと、ついつい『痛い』と言ってしまうものだ。


 支障はないが、鬱陶しい。

 鳥の体当たりで『暗殺者』の能力が途切れてしまうということもないのだが……地味にイライラしてくる。


 鳥の首根っこを掴んでペイッと投げ捨てた後、応錬は結界の扉を今一度見直して『まだ開かねぇかなぁ』と心の中で呟いた。


 この結界……。

 近くてみたらよく分かるのだが、魔法ではなく魔道具の一種だ。

 こんなものを作り出せる人物など、テキルくらいしかいないだろうと思っていたが、そもそも天使はテキルの魔道具の技術を盗んでいる。

 この話はウチカゲから聞いた。

 解読さえできれば、これくらいのことは簡単に出来てしまうのかもしれなかった。


 そう考えると技能はもちろん魔道具についても気を付ける必要があるのだが……。

 魔道具に関しての進捗も、恐らくこの施設の中の保管されているだろう。

 可能であれば魔道具に関しての知識がある天使も、ここで始末しておきたいところだ。


「おっ」


 そんな風にいろいろと考えていると、ようやく動きがあった。

 結界の扉がスライドして開く。

 それと同時に中から数人の天使が出てきた。

 なにか大きな荷物を持っているようだが、密閉されているようで中が何かは確認できない。


 あれを逃すのも癪なので、応錬は『操り霞』を追従させて足取りを追うことにした。

 もしかしたら天使の拠点をもう一つ発見できるかもしれないからだ。


「よし」


 手際よく『操り霞』の一部を追従させた後、応錬は閉じていく結界の扉からすんなりと中へ侵入した。

 そして施設へと飛んで行く。


 応錬は人間の姿だと飛ぶことができないので『多連水槍』を幾つか作り出して足場にし、その内の一つを頭上に固定して握って安定を取っている。

 さながらサーフィンでもするような形だが、意外と移動速度が早いので馬鹿にはできない。


 侵入することができそうな場所は既に目星をつけているので、そこに向かってまずは飛んで行く。

 着地した場所は天使たち憩いの場だろうか?

 施設の屋上には緑が多く、小鳥の声も聞こえてきた。

 道路もしっかりと整備されており、初めてここに迷い込んだものはここが施設の屋上だとは気付かないだろう。


「ずいぶんご立派なことで」


 作り出されたであろう自然を眺めながら、応錬は口を尖らせる。

 なんとも微妙な森だ。

 計算され尽くされたかのような木の配列に加え、掃除された形跡のない美しい草や低木の数々。

 自然林でもなければ人工林でもない。

 応錬からしてみれば、なんだか気味の悪い空間でしかなかった。


 そんな森をできる限り見ないようにしながら、目的地へと向かっていく。


「──」

「? なんだ?」

「──」

「あっち?」


 肩に乗っていたアブスが、髪の毛を引っ張って一つの方角を指さす。

 そちらの方向を見てみれば、一際大きな幹の大木がある。


 アブスが何の考えもなしに注意を引いて来るとは思えない。

 何かあるのだろうと思って近づこうとした瞬間、その大木に目が生えた。


「お……!?」

「…………」


 幸いなことに『暗殺者』を使っていたのでバレることはなかった。

 目玉は周囲をギョロギョロと見渡したあと、少し残念そうな様子を見せた後、目を閉じてしまった。

 どういう擬似技能を仕込まれたらあのような姿になるのだろうか。

 応錬はその考えが脳裏に浮かんだ瞬間、アブスがあの大木を指示した理由が分かった。


「……あれも元人間か」

「──(コクッ)」

「チッ……」


 天使はどこまで冒涜的な行為に手を染めているのだろうか。

 それを調べるために来たのだ、と応錬は今一度己を鼓舞し、魔道具袋から影大蛇を取り出した。


 施設の中の道は狭いはず。

 こういう場所では、短い得物が役に立つ。


「っし、全部さらけ出してもらうぞ」

「──(コクリ!)」


 応錬とアブスはそのまま、屋上の入り口にまで足を運び『無限水操』で水を作り出して鍵穴を満たす。

 水を固定して回すと、カチリと小気味のいい音を立てて鍵が開いた。

 そしてようやく、施設へ一歩踏み出した。

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