7.21.Side-応錬-空にある敵拠点


 一人の男が気分よく街を歩いている。

 だがその隣に付き添っている男は呆れかえっているような表情をしており、目の前の男に嫌悪を抱いているようにも思えた。

 ジトーっとした目つきで睨むが、前を歩く男は一切意に返す様子はない。

 今この現状を心底楽しんでいるように思えた。


 二人は揃ってローブを羽織っており、フードを目深にかぶっている。

 外見的特徴が他の人間とは違うので、こうして隠さなければならなかったのだ。

 だが隠しているとはいえ目立つ行動は控えたい。

 鳳炎はそう言う考えを持って街中を歩いているわけだが、久しくのんびりできる時間を確保してしまったが為に、応錬はこの時間を有意義に使おうと楽し気に闊歩していた。


 ここは、天使の空中拠点から最も近い人間の街。

 名前は知らないし聞いてもいない。

 バルパン王国の所有する土地であるということは知っている程度だ。

 天使の拠点のおひざ元というだけあって、それなりに大きな街であった。


 この街まで来るのにはそう時間はかからなかった。

 飛べる鳳炎に加えて、応錬は途中までラックに乗ってここまでやってきた。

 空を飛べば馬車一ヵ月の旅など一日も掛からないのだ。


 アブスが来るまでは余裕があるため、それまでは気ままに散策しながら軽く情報を集めようという話に落ち着き、今に至る。

 因みに鳳炎は今、その提案をした自分に嫌気が差しているところだった。


「……」

「へぇ~、食べ物とか結構変わったんだなぁ~。まぁ魔物とか随分様変わりしてるだろうからそれも当然と言えば当然か。店主~これくれ~」

「毎度!」


 応錬はお金を払って果物を手に取る。

 リンゴのようなそれをすぐに口にし、咀嚼しては渋い顔になった。


「え、不味……」

「はっはっはっは! お客さん旅の人か? そりゃ皮が不味いんだ。だから向いて食べるといいぞ」

「へぇ~そうだったのか。そんじゃそうする」


 ポンッとそれを放り投げて一瞬で皮をすべて剥ききった。

 店主は驚愕していたが、応錬は構うことなく食べながら歩いていく。


「おい馬鹿、目立つなと言っているではないか」

「あれで目立つのか?」

「てかどうやった」

「ちっちゃい『鋭水流剣』」

「技能をそんなことに使うな馬鹿!」


 小声で怒鳴る鳳炎を軽く受け流し、応錬はシャクシャクと果物を食べながら歩いていく。

 既に疲れ始めている鳳炎は、早くアブスが来てくれないものか、と切に願った。

 アブスも連絡が入れば飛んでこれるため、そう長い時間ここでぶらぶらする予定はなかったのだが、如何せん遅い。


 前鬼の里を発ってからずいぶん時間が経った。

 日も暮れ始めているので、調査に向かうのは明日になりそうだ。


「というか応錬……お前なんでそんな余裕なんだ」

「別に警戒してないわけじゃねぇけどよ。『操り霞』でこの街全体を監視してるし、拠点も全部監視してる。あとで地図でも作って見せてやるよ」

「相変わらず無尽蔵の魔力だな……。で、その監視の状況からして、今は脅威となる存在はいないと?」

「まぁそういうことだな。俺だってむやみやたらに歩き回ったりしねぇさ。お前が気張りすぎてるだけだよ」

「そうであるか」


 そういえば、と応錬の能力を今更ながら思い出した。

 監視やら調査で応錬の右に出る者はいないのだ。

 『操り霞』は気配を消してようが姿を消してようが見つけることができる便利なものであり、展開する規模によって使用魔力量が増えるが彼の膨大な魔力量の前では微々たるもの。

 怪しい動きをしている存在を見つければすぐに分かる実力もある。

 確かに、自分は少し気張り過ぎていたなと思い直して肩の力を抜いた。


「ではアブスは今どこだ?」

「あと五分くらいで来るんじゃないかー?」

「結局調査は明日だな。それと結界を抜ける方法だが……本当に何か考えているんだろうな」

「任せろ任せろ」


 その適当な返事からして、やはり不安だ。

 何も考えずに真正面から結界をぶち壊しそうだった。


「頼むから面倒ごとは起こさないでくれよ……」

「まぁバレずに忍び込むことはできるから大丈夫。あの結界、結構欠点があるみたいだしな」

「ほぉ?」

「長い間攻められてもいなければ欠点の改善なんてできやしねぇだろうし。そこを突けば簡単って訳だ」

「……」

「そろそろ信じろよ……」


 さすがにここまで信用がないとこちらもへこむというもの。

 本当に策はあるのだ。

 とはいえ、抜け道を見つけたから、タイミングを合わせて入り込むだけの簡単な作業ではあるのだが。


 なんにせよアブスが来るのを待つだけ。


「……おい鳳炎」

「なんだ?」

「アブスって翼隠せるのか?」

「……さすがにそこまで抜かることはないだろ……。年齢的にも私たちより年上だしな」

「だよな……?」


 しかし、この街に近づいてきている彼女は、一向に地面に降り立つ素振りが見えない。

 本当に大丈夫だろうか、と心配しているとようやく地面に降りてくれた。


「え」

「……? どうした」

「いや……まじか……」


 応錬が『操り霞』でアブスの同行を確認していると……二人に分裂した。

 一人は森へ、もう一人はこちらへ。

 そしてやってきた半分のアブスは、子供のような姿だった。


「お待たせー」

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