4.28.封殺封印、解
洞窟の中は外とは違い、冷たく寒い。
地下から這いあがってくる冷気が、この洞窟すべてを冷やしている様だ。
歩いていくにつれて水の滴る音も聞こえてくる。
強い風が僕たちを通り抜けていく。
その冷たさにアマリアズは思わず身震いをしている様だ。
風が吹いて服が靡いているということは、何処か別の出口があるのだろう。
三人分の足音が、洞窟の中で響いている。
松明を持っているウチカゲとカルナの足音は一切聞こえず、静かに洞窟内を歩いていた。
反響するはずなのに音がしないのはなんだか不思議な感覚だ。
「ウチカゲお爺ちゃんはまぁわかるけど……。なんでお母さんの足音も聞こえないの?」
「秘密~」
「ええ……」
なんでそこで秘密にするんだ……。
ってかそうだ!
お母さんに聞かなきゃいけないことがあるんだった!
「ねぇお母さん。僕とお母さんが四百年前の人間って本当なの?」
「誰から聞いたの?」
「あっ、えーっと、アブスさんやダチアさんの話を聞いてなんとなく……」
ダチアは外で見張りを買って出たので、ここには居ない。
だが出会った時にそういう話をしているので、嘘はついていないはずだ。
アマリアズから聞いたって言うと絶対厄介なことになるだろうからね。
こっちの理由の方が安全。
お母さんはしばらく考えて、ウチカゲお爺ちゃんの方を見る。
なにか同意を得ているようではあったが、二人ともすぐに頷いた。
「そうよ。私たちは、応錬って人にこの時代まで飛ばしてもらったの」
「なんで……?」
「危険だったから。今も結局危険になっちゃったけどね」
「昔も危険だったの……?」
「あの人の子供だってバレる可能性が高かったの。だから、その時代から逃れるために応錬に助けてもらったのよね」
「あの人って……零漸って人?」
「そっそ。貴方のお父さん」
これもダチアが言っていた事だ。
何度か聞いていたので、名前は既に憶えていた。
お母さんが認めたんだったら……本当にアマリアズの言っていたことは正しかったってことになる。
ふと、アマリアズを見てみると、得意げな顔をしてこちらを見ていた。
してやられたような気がして、なんだか腹が立ったけど、これはもう認めるしかないだろう。
僕のお父さんは、今現在邪神とされている四体の内の一体だという事。
アマリアズが元神様っていうのも……これで濃厚になった気がする。
お母さんやウチカゲお爺ちゃんが言うはずがないもん。
誰からも教えられていないのに、知っていたんだから。
なんか……不思議な感覚だなぁ。
僕が産まれたのが四百年前だったら……あれ?
まって。
「お父さんってお爺ちゃん……?」
「あはははははは! 確かにそうかもしれないわね! あれから四百年だもの。どう思う、ウチカゲ。あの人、ウチカゲみたいによぼよぼかしら?」
「応錬様を見れば分かるだろう」
「ああ、確かにそうかも」
何が分かるのかさっぱりだが、二人はその会話で満足して足を速める。
僕を置いていかないでもらっていいかなぁ……。
話的にも、歩調的にも。
ごおぉぉ……。
ずぉおお……。
会話が終わって静かになった洞窟に、振動させるような音が聞こえてきた。
思わず足を止めてしまい、警戒する。
アマリアズも少なからず驚いたようだったが、すぐに気を取り直して先を行く二人を追いかけた。
僕も置いていかれないように走り出す。
次第にその音が大きくなっていく。
どうやらこれは、その応錬という人物……の寝息の様だった。
「そ、そういえばさ」
「なんだい?」
「応龍って、どんな姿をしてるの?」
「ん? 龍」
……えーっと、龍って……なに?
アブスさんが『四人』とか『あの人』とかいうから人の姿をしてると思ってたけど……。
この音から察するにとても大きな姿をしているのではないだろうかと推測できる。
明らかに大きいよねその応錬って人!
いや人なのかな!?
でも封印されてるって話だったので、近づいても問題はないのだろう。
少し勇気が必要だったが、そう自分に言い聞かせてずんずんと歩いていった。
すると、ふと大きな空間に出る。
地底湖が奥に広がっており、僕たちがいる場所から向こう岸へ行くには船が必要だ。
だが、その間にそれはいた。
半透明の赤い結界で覆われている存在。
見えにくいが、その結界は果てしなく大きなものだった。
前鬼の城くらいの大きさはあるのではないだろうか。
それだけの大きさのものが収まるこの地下空洞も相当広いものだろうが、それよりも中に封印されている存在の威圧感が凄まじく、思わず一歩後退してしまう。
白い鱗に、目の少し後ろから枝分かれする様に生えている白い角。
松明だけでは照らしきれないその巨大な体躯は、地底湖に半分沈んでいた。
長い顔には太い髭が二つ生えており、それも水の中に沈んでいる。
襟巻の様に首に生え揃っている長い毛も、もちろん白色であり、それは背骨に沿って生えそろっていた。
尻尾まではとぐろを巻いていて見えないが、恐らくその辺りまであるだろう。
白い龍。
息をする度に洞窟が微弱に振動している。
驚きのあまり声が出なかったが、ウチカゲも、カルナも、アマリアズもその姿を見て驚いていた。
誰もが、彼のこの姿を見るのは初めてだったのだ。
松明を掲げているウチカゲがゆっくりと息を吐く。
どの様な存在かは知っていたが、これ程にまで巨大な存在だとは思っていなかった。
「こ、これが……。応錬様か……」
「ちょーっと予想外……。すごいわね」
「……よし、宥漸君! あとはよろしく!」
「そこで僕に投げるのぉ!?」
いや僕しかできないことだけどさ!!
あ、でもどうやって技能を使ったらいいんだろう。
手に魔力石が入った魔道具袋を握り込んでおくのはいいとして……。
えーっと?
念じればいいのかな?
そんな風に悩んでいると、お母さんが背中を押して僕の手を半透明の赤い結界に触れさせてくれた。
あとは分かるでしょ、と小さく呟いて、すぐに後ろへと下がっていく。
そういえば『決壊』を使った時、アブスさんの拘束には触れていたはず。
手に触れていないといけない技能なようだ。
「よ、よし……!」
封印を、解く。
そう念じた瞬間、体から少し魔力が抜けていく感覚があった。
魔法袋の中では魔力石が砕けたようで、ガラスを叩きつけたかのような音が聞こえてくる。
まさか、と思って魔法袋をひっくり返してみると、全ての魔力石が粉となってその場に舞った。
魔力石に込められていた魔力が少なかったのだろうか?
それとも『封殺結界』に使用されていた魔力が多すぎたのか。
なんにせよ一夜の努力はこの一度ですべてパーになったらしい。
しかし、封は……解かれていた。
半透明の赤い結界はいつの間にか掻き消えており、応龍と思われる存在の白い色が鮮明に見える。
しばらく寝息を立てていたが、ゆっくりと大きな瞼を持ち上げていく。
黄色く、蛇のような鋭い瞳。
ぼんやりとしていたようではあったが、不意に首を持ち上げた。
「わぁ、本当に動いた……」
アマリアズが数歩、身を引く。
僕も下がりたい衝動にかられたが、その場に釘付けになってしまっていた。
そのまま顔を上げ、応龍を見上げる。
地底湖に浸かっていた毛が水気を含んで持ち上がった為、水が落ちてざばーっと音を立てる。
巨大な蛇のようにも見えるが、顔が角ばっており、更に長い為、蛇とは似つかない。
毛の量や角があるということからも、まったく違う存在だと断言できる。
アマリアズの声に反応して、目玉がこちらを向いた。
ギョロリと僕たち四人を一人ずつ一瞥して、最後に僕と焦点が合う。
ゆっくりと首を傾け、口を少しだけ開く。
『……誰だ?』
低いような、響くようなそんな声が僕にぶつけられた。
緊張していたためかどうかはわからないが、僕はその問いに対してほぼ反射的に返答してしまう。
「……宥漸です」
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