4.27.魔族領ドロッグ山脈


 もう夜だというのに、ダチアはもう封印を解く気でいるらしい。

 明日でもいいのではないだろうか、とは思ったが、彼らなりの考えがあるのかもしれない。

 アマリアズを見てみると、何度か頷いて僕に『行こう』と促してきた。

 どうやら今から封印を解きに行くということに賛成している様だ。


 み、皆結構せっかちなのかな……。

 だけど早い分には問題ないだろうし、とりあえず行ってみるか。


「よし、じゃあこのゲートに入ってくれ」

「あの……それなんですか?」

「簡単に言うとワープゲートだ。すでにドロッグ山脈に繋がっている」


 そんな技能あるんだ……。

 確かにアマリアズが言っていた通り、悪魔の技能ってなんか特殊なのが多いな。

 それに、凄く便利。


 だけどこの中に入るの勇気いるなぁ。

 凄く禍々しいから入るのを躊躇してしまう。


「んじゃ、お先!」


 そう言って、アマリアズが迷いなく飛び込んだ。

 入ると紫と黒色の模様が動き、波紋が走る。

 数秒すれば先ほどと変わらなくなるのだが、反対側を見てもアマリアズの姿はなかった。

 どうやら本当にワープしたらしい。


 ほえー、と感心して見ていると、いつの間にか後ろに立っていたアトラックに背中を押された。

 彼はにこやかなまま力を強め、無理やりゲートをくぐらされる。

 まだ心の準備ができていなかったので眼前に迫ってくる不気味な渦を薄気味悪く思い、目を瞑って中へと入った。


 とんとん、とたたらを踏んで何とか転ばずに済んだのだが、目を開けてみれば別世界が広がっていた。

 周囲は赤く燃えており、所々で溶岩が流れている。

 そこにある森は常に燃えており、ゴウゴウと音を立てているが焼かれてはいない。

 どういうことなのだろうと注意深く見ていると、葉っぱ自体が発火しており、木々や葉は平然とその場に鎮座していた。

 火に耐性がある樹木なのだろう。


 夜ではあったが、周囲が燃えているので非常に明るい。

 その辺に転がっている石も燃えており、とにかくこの地形にあるものは大地以外の物がすべて発火しており、燃え続けていいる。

 時折ふと、燃焼を止める物もあったが、しばらくすれば思い出したかのようにシュボッと着火して燃え上がった。


「なにここ……」

「ドロッグ山脈。昔は危険な魔物が多いだけだったが、いつしか燃える植物、石が出現するようになった大地だ」


 聞き覚えのある声がして、僕はすぐに振り返る。

 アマリアズだけしかいないと思っていたのだが、そこには見知った人物が二人立っていた。


「えっ!? ウチカゲお爺ちゃん!?」

「そのせいで生態系変わったんだったわよね」

「お母さんも!?」


 熱そうに手で風を送っているウチカゲお爺ちゃんは相変わらずの和服だ。

 羽織を着ているから熱いのではないだろうか、と思ったが、そういえば年中を通して羽織をしていない姿を見たことがないような気がする。

 だが生地は薄くなっている様だ。


 そしてお母さんがいるんだけど……。

 声を聴くまで分からなかった。

 それがどうしてかというと、いつもと違う装備を身に付けていたからだ。


 黒を基調とした装備で、動きやすさを重視しているらしく防具はあまり目立たない。

 しかし急所となる部分にはプレートが付けられており、分厚い外套を羽織っている。

 腰には二振りの直刀を携えており、外套の下から少しだけ顔を覗かせていた。


 服装も気になるけど、聞きたいことが幾つかある!


「えっえっなんでウチカゲお爺ちゃんとお母さんがいるの!? 前鬼の里は!? ていうかお母さんの装備何それ!!」

「二人は俺が呼んだ」


 ゲートから最後に出てきたダチアが、そう呟いた。

 くつくつと笑ってなんだか楽しそうにしている。

 すると、ウチカゲお爺ちゃんに向かって手で軽く挨拶をした。


「久しぶりだな、二人とも」

「ああ」

「なんだか悪魔と知り合いって、変な感じねぇ……」

「そう言うな。で? 宥漸も聞いていたが、前鬼の里は大丈夫なのか?」


 うん、それが今一番聞きたい事。

 あれからずいぶん時間が経ったけど、向こうはどうなったのか僕たちはまったく知らない。


 ていうかダチアさんそれ聞いたってことは、前鬼の里がどうなったのか確認してないのにウチカゲお爺ちゃんを呼んだって事!?

 それはどうなの!!

 ま、まぁ呼んだから大丈夫かもしれないけど……。

 実際に直接会って話した方がいいのかもしれないけど!!


 僕が心の中で叫んでいる間に、ウチカゲお爺ちゃんは少し難しい顔をしながら前鬼の里で起こったことを簡潔に教えてくれた。


「案の定、ガロット王国の兵士が来た。だが調査だけして帰っていったな。宥漸のことは皆守り通してくれたし、しばらくの間は大丈夫だ。だが天使はガロット王国の国民の前に姿を現したらしい。そ奴の言葉を信じる者が多く居る故、敵は増えたと思っていいだろう」

「厄介なことだな」


 まったくだ、とウチカゲお爺ちゃんが口にすると、二人は控えめにくつくつと笑った。

 笑える状況ではないと思うのだが、彼らからすれば人間の勢力など脅威ではない。

 何処からか溢れるその自信が、笑いを込み上げさせるのだろう。


 兎にも角にも、前鬼の里は邪神の子供を匿っているという事実は払拭された。

 まだ疑いは掛けられているが、三日間の調査で何も見つからなかったのだ。

 兵士は少し安堵したようだったし、警戒心も緩んでいるのは確か。


 しかし問題が一つ。

 アマリアズのことだ。

 今はガロット王国の国王、スレイズ・コースレットが交渉をしているらしい。

 安全な所にいるから安心せよ、と説明しているようではあるが、彼らからの要求は依然として“親の元に返すこと”なので交渉は難儀している様だ。


 その話を聞いたアマリアズは、大きくため息をついて肩を落とした。

 自分の状況は自分が一番よく分かっている。

 今ガロット王国に戻れば天使に誘拐されてしまうのがオチだ。


「なんで分からないんだあのバカ親は……」

「アマリアズ君のお母さんが天使に狙われてるなんて知ってる訳ないでしょ?」

「そ、そうだけど……。スレイズさんとの話で納得したんじゃないのかよー!」

「……まぁ、半分……強引な感じだった気はするけど」


 あれは仕方がなかったとはいえ、少し強引に話を終わらせた記憶がある。

 まだ根に持っていたもおかしくはないのかもしれないが……。


「ま、なんにせよ」


 ダチアが一度大きく手を叩いた。

 集まった皆に視線を、こちらに集中させる。


「準備は整った。行こうじゃないか」

「それもそうだな」

「ええ、行きましょう」


 お母さんが、一つの方角を指さした。

 僕とアマリアズがそちらの方を見てみると、ぽっかりと口を開けている大きな洞窟が視界の中に入ったのだった。

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