4.13.魔族領へ
アブスに運ばれて魔族領にようやくたどり着いた。
運ばれている内にその速度にも慣れてきて、到着前には顔を出して景色を楽しむ余裕があったのだが、慣れるのが遅すぎた。
目の前に飛び込んできたのは、大地がひっくり返ったのかと疑いたくなるほどに荒れ果て、鋭利な大地が隆起している場所で、到底人が住める環境ではない所だ。
魔物も好んでこんな所に住むわけもなく、見るからに数は少ない。
だがぽつぽつと黒い影が見えるので、完全に居ないというわけではない様だ。
しかしこういう過酷な環境だからこそ、規格外なほど強い魔物が生息している。
生存競争に勝ち残ったものだけが子孫を残しているのだから、そうなるもの当然と言えば当然だ。
アマリアズも僕と一緒に顔を覗かせる。
すると大地ではなく、まず空を見上げた。
「あれ、空が青い」
「ん? どういうこと?」
「いや……確か昔の魔族領は空が赤かったと思うんだけど……」
へぇ、そうなんだ。
今は快晴で前鬼の里にいた時の空模様と何ら変わりないけど。
ていうかそれって本当の話なのかな?
「アブスさーん」
「なぁに?」
「魔族領って、昔は空の色が赤かったんですか?」
「そうだよー。応錬が魔族領で眠ってすぐの時だったかな。なんでか分からないけど、空の色が普通に戻っちゃった」
「理由は分からないんですね」
「うん。アトラック様が言うには応錬の魔力が原因だとか言ってるけど、僕にはよく理解できなかった」
膨大な魔力を有している応龍の応錬は、その場に存在するだけで環境を変えてしまう力を持っていたらしい。
水系技能が得意だったということもあり、知らない間に水が湧き、いつの間にか苔が生え、気付けば湖ができていたこともある。
そのおかげで荒地だった魔族領に緑が芽生え、昔より格段に住みやすくなったようだ。
今僕たちが飛んでいる場所はまだその恩恵にあやかることのできていない場所ではあるが、ゆっくりと、着実に緑の勢いはこちらにまで伸びてきているらしい。
あと三百年もあれば、荒れ果てた土地はすべて緑で覆い尽くされるだろうと、アトラックは口にしているのだとか。
大きく翼を広げ、風を掴んで加速する。
滑空姿勢に入って緩やかに降下していった。
強い風を受けて目を細めながらも、顔を出して周囲の様子を眺める。
……アトラックって誰?
「アブスさん、そのアトラックって誰なんですか?」
「あっそうか。知らないんだった……。アトラック様は魔神」
「魔神!?」
「ロクマログにトドメ刺した奴か……」
アマリアズが聞こえないようにぼそりと呟いていたが、そんな事よりアブスさんに話を聞いた方がいい。
というか僕はあんまり種族について理解がない。
ひとえに魔神とは言うけど、普通の悪魔とどう違うんだろう。
そう聞いてみると、アブスは『そうだなー』っと口にしてから、思案した。
どう説明したものか悩んでいるようだったが、案外早くに答えが出て来たようで、飛行に集中しながら教えてくれる。
「一番最初の悪魔。悪魔の始祖みたいな感じかなぁー? えーっとあの人何歳だっけ……」
「ん!? もしかして……!」
昔、誰ならウチカゲお爺ちゃんに勝てるか本人に聞いたことがある。
その時、五人は勝てる可能性がある人物がいる、と言っていたことを思い出した。
最初の悪魔……。
そのアトラックって人だったら、勝てる可能性が……ある?
絶対にウチカゲお爺ちゃんと知り合いだよね。
わぁ、なんだか会うのが楽しみだなぁ!
……ってことは、アトラックさんって悪魔も、技能を持ってるのかな?
最初の悪魔ってアブスさんも言ってるし、四百年は余裕で生きていると思う。
技能のお話しできるかも。
「って、アブスさんも技能持ってるんですよね?」
「うん、持ってるよー。でも技能を持ってる悪魔は少なくなっちゃった」
「……天使に狙われてたのかい?」
「いや、寿命だったな」
その言葉に、アマリアズは首を傾げた。
悪魔は長寿であり、二千年を優に生きる個体も存在する。
歳をとるという概念が存在せず、個体差はあるがある一定の大きさにまで育ったらそこで成長がストップし、そのままの姿でほぼ永遠の時を生きるのが彼らだ。
なのでアトラックより後に生まれたはずの悪魔たちが、寿命で死ぬはずがない。
怪訝そうにしているアマリアズの気配を感じ取ったのか、アブスはくすくすと笑った。
悪魔は長寿だということは人間にも知られていることだ。
予想通りの反応を見て、可笑しく思ったらしい。
「技能持ちのほとんどの悪魔は、四百年前の最後の戦いでその力のほとんどを使い果たしたの」
「……? どういうことですか?」
「自分の寿命を使って、戦ってたって事」
それを聞いて、アマリアズはすぐに納得した。
当時、魔族を壊滅へと追いやったわけではあるが、やけにしぶとく生き永らえ、なかなか仕留めることができななった悪魔の軍隊がいたことを思い出す。
どれだけ大量の魔物を投入しようと、一切引けを取らず最後まで戦い抜き、最後に一体の邪神を討った。
あのしぶとさにはそういう理由があったか、と感心する。
しかし誰がそんな技能を持っていたのだろうか?
寿命を大幅に消費する技能は、とても珍しく長生きすることのできる種族にしか付与されないはずだ。
それも、相当珍しい技能である。
「誰がそんな技能を?」
「ダロスライナ。上級悪魔だった半裸のマッチョさん。死ぬ直前、直属の部下に同意を得て『
技能『命減』。
これは寿命を短くする代わりに、能力値を大幅に上昇させる技能だ。
技能を掛けられた各個人は特に上昇させたい技能を一つ選ぶこともできる。
力自慢であれば攻撃力を。
魔法が得意であれば魔力、魔法力を。
機動力があるのであれば俊敏に。
そんな力を有した彼らではあったが、それでもやられることは多かった。
最後まで生き残った悪魔の総数は五百七十二人。
この内の三百四十二人はダロスライナ率いる部隊であり、百年後には二百三十名にまで減ってしまった。
だが悪い事ばかりではない。
その百年の間に生まれた子供たちは多かったのだ。
もちろん技能を持っている個体は生まれなかったが、それでも大きく数を減らしてしまった悪魔たちは、その子供たちのお陰で、過去の賑やかさを取り戻しつつあった。
「ま、そんなところかな。技能持ちの悪魔はこの時代にしては多い方だけど、無暗に使う奴らはいないかな。精鋭部隊になって助かってはいるけど」
そこで、緑の大地が見えてきた。
大きな城を中心に森が広がっており、山も青々として活気づいているように感じる。
家屋なども数多く建っていて悪魔たちの営みが手に取るようにわかった。
「よし、じゃあお城へ行きましょう!」
アブスは大きく翼を動かし、城へと向かって滑空していった。
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