4.14.ご挨拶


 空を飛ぶことができる悪魔にとって、城の門はあってないようなものだ。

 目的の場所へ歩いていくのではなく、窓やテラスから入るのが普通となっている。

 人間の様に誰がどこまでなら入っていい、という基準は存在しておらず、誰でも出入りすることができるのが特徴だ。


 とはいえ、魔将や上級悪魔に謁見するのは中級、下級悪魔にとっては苦手とする者が大多数を占めるので、城に出入りするのは上級悪魔以上の悪魔たちが主となっている。

 因みにアブスは上級悪魔らしい。

 二百年ほど前に中級から昇進したようで、今では自分の大きな部隊を持っているほどだ。

 活動はそこまで頻繁にしていないが。


 城の大きな窓から城の中に入り、器用に僕とアマリアズを肉塊で掴んで降ろしてくれた。

 久しぶりの大地の感触。

 硬い床ではあるが。

 やはり空にいるより、こうして立っている方がいい。

 そうでないと特殊技能の『大地の加護』が発動してくれず、周囲の状況をいまいち把握しずらいのだ。


 一人で安堵していると、ふと周囲の様子が気になった。

 顔を上げて周りを見渡してみると、悪魔の城という割には禍々しさがなく、意外と普通な印象を受ける。

 どうやらここは講堂のような場所だが……教会の様に像は立っていないかった。

 ガロット王国より煌びやかではなく、前鬼の城ほど落ち着いていない。

 その中間にあるような雰囲気な気がする。


 昔は空が赤かったっていうし、その時は窓から入ってくる光とかも赤くてちょっと不気味に見えたのかな?

 んー、なんて言うんだろうこの雰囲気。


「あっ、廃城?」

「つい最近建て直したばかりなんだけど……」

「あっ!? 違う違う、違います! 雰囲気! 雰囲気が!!」

「に、人間からしたら廃城なのかぁ……」

「いやだから違いますってー!!」


 アブスは分かっていて茶化している様だ。

 笑いをこらえきれずに吹き出し、大きく笑った。

 その隣でアマリアズもくすくすと笑っている。


 明らかに僕の失言だったとはいえ、そこまで面白がらなくてもいいじゃないか。


「誰かいるのか?」


 威厳ある声が、反響する。

 カツン、カツンと足音を立てて歩いてくるのだが、その音が近づくにつれてただならぬ気配が濃くなってきた。

 殺気とはまた違う気配。

 ただそこにいるだけで威圧感を浴びせられるような感じだ。

 風は吹いていないはずなのに、なぜか服がはためいた。


 壇上の奥の扉が閉まる音がする。

 誰かが出てきて扉を閉めたのだろう。

 その人物はすぐにこちらに気付き、威圧感を放ち続けながら近づいてきた。


 鉄のような銀の角が頭から二つ、鋭く生えている。

 銀箔を塗ったかのような美しい翼は、動くたびに少ない光量をも反射してちらちらと輝いた。

 丈の長い黒色の服の襟には硬そうな毛皮があしらわれており、袖にはダイスらしきものが細い糸で幾つもぶら下がっている。


 少しやつれているように感じる顔立ちは細く、目つきが酷く悪い。

 疲れているのか眠そうな表情をしているが、見知った顔がいることに気付いて目を擦る。

 そして、隣にいる二人に気付いた。


「……アブス? ……ということは!!」


 眠そうな表情はどこへやら。

 カッと目をかっぴらいて手に持っていた書類を投げ捨てた。

 次の瞬間、瞬きしたと同時に、僕の目の前に銀の悪魔は瞬間移動してきており、ガシッと肩を掴まれる。


「ほわぁああああ!?」

「お前が宥漸か!! はっはっはっはっはっは!! 大きくなっているではないか!! なぁアブスよ!!」

「逞しすぎですよ。僕を見るや否や攻撃してきたんですから」

「ほぉ、悪魔を見て引けを取らんか!! さすが零漸の息子だ!! ははははは!!」


 がっしがっしと頭を撫でられ、視界がぐわんぐわんと動き回る。

 銀の悪魔は雰囲気ががらりと変わり、威圧感は完全に消えた。

 アマリアズもその様子に驚いている。


 この人は、誰!?

 何この銀の人!?


「だだだだ、誰ですか!?」

「うん? ああ、それもそうか。てかウチカゲの奴、俺のこと話していなかったのか?」

「隠してたみたいですからね」


 それなら仕方ないか、と口にしてから咳払いをする。

 にこやかな笑顔のまま、目線を合わせる様にして少し中腰になった。


「魔将、ダチアだ。初めましてではないが、あの時は赤子だったからな」

「そ、そんな昔に?」

「ああ、そうだ。あれから四百年……。まったく、ウチカゲめ。もっと早く知らせてくれていたら、こちらから会いに行ってやったものを。このような状況にならなければ連絡を寄越してこないとは。本当に釣れないな」


 背を伸ばして貧乏ゆすりをしながら、愚痴をこぼしている。

 ダチアが最後に宥漸と顔を合わせたのは、戦争が終わる少し前くらいだ。

 そのあとはカルナと共に未来へと飛んでしまったので、本当に久しぶりの再会であった。


 宥漸は十数年前の話だと勘違いしていたのだが、ダチアが『四百年』と口にしたので彼の言っている昔が自分が想定していたものよりさらに昔だということが判明した。

 もうなんとなくアマリアズの言っていたことは本当のことだと思いつつあったが、彼のせいでそれが濃厚になりつつある。


 お母さんかウチカゲお爺ちゃんに話を聞いて確かめるつもりだったんだけどな……。

 僕が四百年前に生まれた子供っての、本当の話なのか……。


 疑いの心は欠片ほどにまで減ってしまったが、それでも怪訝そうな目つきでアマリアズを見る。

 アマリアズは『本当だったろう?』と得意気な表情をして胸を張った。

 ちょっとむかつく。


「ああ、そうだ。お前に会いたいのは俺だけではないんだ」

「そんなに僕の事知ってる人多いんですか?」

「当たり前だろう。零漸の息子だぞ? 四百年前を生きて共に戦った戦友が鬼と悪魔にお前を託したんだからな」


 なんか話が大きくなってる気がする……。

 僕のお父さんそんなに凄い人だったのかぁ。

 なんか、親の七光りっていう言葉が似合う様な立ち位置にいる気がするのは気のせいかな。

 できれば気のせいであってほしいんだけど……。


「さて。アトラック様!」


 ダチアが聞いたことのある名前を口にした。

 アブスの話では、魔神であるはずだ。

 そんな人を急に呼び出して大丈夫なのか、と驚いたが、これが悪魔たちの習わしなのかもしれない。

 上下関係があまりない気がする。


 すると、床の一部が盛り上がった。


「え」

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