2.22.Side-ウチカゲ-救援要請


 手の平から粘液質の塊を生成したウチカゲは、足元にそれを落とす。

 『闇媒体』は次第に形を形成していき、ウチカゲと同じ姿になった。

 だが色は黒いので、どちらが本体かは一目瞭然だ。


「良い暗さだ」


 ウチカゲの使用する技能『闇媒体』は、闇が濃いほど力を発揮する。

 既に日は落ちているが、まだ夕焼けの明るさが空に残っていた。

 とはいえ森の中は暗い。

 先にここで戦っていたアマリアズの『空圧剣』の攻撃で倒された木々も多く、影は至る所にある。


 久しぶりに力の上限を解放されたようにして、ウチカゲに化けた『闇媒体』は少し嬉しそうに腕を回していた。

 そして本体と同じようにして姿勢を低くし、両腕をぶらぶらとさせる。

 腕に熊手を作り出し、それを軽く打ち合わせて音を出す。


 キン、キンキンッ。

 これが合図だったようで、二人はその場から姿を消した。

 前方へと全力で駆け出し、邪魔な草木を熊手で切って勢いを殺さないように魔物へと接近する。


 最初に見えてきたのはベイローダーだ。

 巨大なイノシシではあるが足が短く体がでかい。

 少し不格好ではあったが、あの巨体が繰り出す『フライングバッシュ』は強力だ。

 当たればいくら鬼とはいえただでは済まないだろう。


 その隣にはディモールが翼を広げて警戒をしていた。

 だがウチカゲと『闇媒体』の速度には反応できなかったらしい。

 それはベイローダーも同じであり、傷を付けられてようやく攻撃されたと認識する。


 ガガシュッ!!

 硬い骨に熊手が当たる。

 ベイローダーの左右から二人は攻撃して通り抜けたが、足に傷がついた様子は一切なかった。

 どうやら巨大な体躯を支えるために足が非常に頑丈になっているらしい。

 鬼の力でも皮を少し切った程度で終わってしまった。

 初手で狙う場所を間違えたと、ウチカゲは舌を打つ。


 そこで上空から鳥の甲高い声が響いた。

 メチックだ。

 あれの攻撃範囲に入るのはマズいが、今追撃を止めてしまうとあの二匹に何かしらの対策を講じられてしまう可能性がある。

 いつもであればこのまま攻めるのだが、メチックがこちらに気付いて攻撃してくるとなれば話は別だ。

 即座に距離を取ろうと走り出そうとしたが、そこでメチックが騒ぐ。


「ギャギャギャギャッ!」


 ダダンッと何かが体にぶつかったらしい。

 それによって体勢を崩し、慌てて立て直している。


 今のはアマリアズの『空弾』だ。

 この距離から狙撃できるのか彼の『空間把握』があってこそなのだが、それを知らないウチカゲは『よくやるものだ』と素直に感心した。

 だがそのおかげでこちらに集中できる。

 まだバデバンは姿を現していないので、その前に目の前にいる二体のうちどちらかは始末する。


 再び地面を蹴って加速したウチカゲは、ベイローダーの後方から腹部を裂くように熊手を振るう。

 一方『闇媒体』は横腹を縦に切り裂くため跳躍し、空気を蹴って即座に落下する。

 ほぼ同時に斬撃を繰り出した二人はその場から即座に離脱し、距離を取ってどうなったかを確認した。


「グ、モォオ……!!」

「私が見えないようであれば、敵ではないな」


 ベイローダーの切れ込みの入った部分から大量の血液が流れ出る。

 腹部からは臓物も少し飛び出しているようで、放っておいても死ぬだろうと予測できた。

 あれでは自慢の『フライングバッシュ』も使用できないだろう。


 だがそこで異変が起きた。

 ベイローダーの傷が見る見るうちに塞がっていくのだ。

 あれにそこまでの回復力はなかったはずなので、これは違う存在が回復させているとみていいだろう。

 しかしその存在がどこにいるか分からない。

 いるのは、しきりに吠えているディモールだけだ。


「……お前か」


 ディモールが吠えている口から、微かに魔力がベイローダーに向けられている。

 最初に倒すべき相手を間違えてしまった様だ。


 だが……過去にウチカゲが戦った時、ディモールは回復系魔法を使用していなかった。

 特殊個体か、それとも進化の過程で何かしら手に入れてしまったのか。

 なんにせよあの回復力は厄介だ。

 ターゲットを変更し、ディモールを倒すことを優先した。


 とはいえそこまで相手も馬鹿ではない。

 ベイローダーが『闇媒体』を睨み、大きく短い脚を一歩踏み込んだ。


 ズドンッ!!!!

 衝撃波が『闇媒体』を襲い、樹木に激突した。

 技能なのでダメージこそあまりないが、今の衝撃の威力は危険だ。

 本体があれを喰らえば、ただでは済まない。


「『フライングバッシュ』……ではないな。こいつも複数の魔法持ちか」

「──」

「お前は大丈夫そうだな」


 逃げて来た『闇媒体』はウチカゲの言葉に小さく頷いた。

 攻撃担当と回復担当に別れられると少し面倒だ。


 すると小さな三つの気配がっこちらに走ってきているのが分かった。

 恐らくバデバンだ。

 幻影を二体作って本隊がその中に混じっている。

 そして上空からメチックの声もする。

 優雅に旋回してこちらに攻撃するタイミングを伺っているようだ。


 ……待て。

 アマリアズはどうした?


「アマリアズ!!」


 返事はない。

 戦闘に意識を集中させていることもあり、急なことが起きると少し頭が回らない。

 歳は取りたくないものだとぼやいたが、そこで『闇媒体』が手の中でローブの人物を作り出してそれを見せて来た。


 完全にあの存在のことを失念していた。

 なんと情けない事かと頭を掻くが、この四匹を自分一人では相手をすることができない。

 今『闇媒体』に離脱されるのは困る。

 一緒に救出しに行けばいいのかもしれないが、この四匹を野放しにする訳にはいかなかった。


「……ったく情けない。仕方ないか……! 『姫様! 姫様居られるか!!』」

『わーびっくりー。どーしたのよウチカゲ~。今私は宥漸ちゃんと遊んでるのー! 邪魔しないでよね! 折角新月で黄昏時から遊べるんだから!』

「『今すぐ宥漸をこちらへ送ってください!』」

『ええ? ほかの四人は?』

「『訳あって遅れております。それより、以前姫様が仰っていた占いの子が攫われました! 『伝達指揮』を受け取れる姫様でなければ直ちに手を打てないでしょうから……』」

『なにやってんのよ!!!!』


 強烈な叱責に思わず耳を塞いだ。

 物理的にも話的にも耳が痛い。


『ああ~もー! 折角遊んでたのに! このお馬鹿っ! はい座標!』

「『面目ない。私の場所へ送っていただければ後は何とかします』」

『それなら簡単ね!』


 そこで会話を終わらせ、じりじりと詰め寄ってきている魔物たちに目線を向け直した。

 これは厄介そうだ。

 とはいえやるしかないのは事実だし、逃げる気も今のところない。


 パンパンッと手を払って構え直したところで、真隣で白い煙が発生した。

 風に吹かれてそれが掻き消えると、キョトンとした様子で座っている宥漸がそこにいた。

 どうやら目隠しは取ってもらっているらしい。

 姫様にしては良い判断だ。


「ふぇ……?」

「宥漸」

「へ?」

「今からお前を投げる」

「……?」

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