2.17.Side-アマリアズ-調査


「んーーーー……」


 私は蝙蝠の様に木の枝にぶら下がり、世界を上下さかさまにして落ちていく夕日を見ながら思案し続けていた。

 今いる場所は拠点であり、一日で作ったものだ。

 木の根にいい空洞があり、そこを整備して寝床として使えるようにしているのだがなかなか快適である。


 とはいえ、最低限の物しかないんだけどね。

 服はこれ一枚しか持って来てなかったから……しばらくは血まみれの服のまま過ごさないと駄目そうだ。

 怪我する予定はなかったんだけどなぁ。

 っていうかそれだよ。

 今まさに考えているのはそのことなんだ。


 あの魔物……ベチヌ。

 この世界の魔物を創造したロクナログという神が居たのだが、そいつからいろんな魔物についての語り合ったことがある。

 生物が居なければ人間の世界は成り立たないだろうし、その会議は必要なことだった。

 まぁ私も結構楽しく勉強させてもらったんだけどね。


 えーっと、そのなかで危険な魔物を作ろうという話になったことがある。

 人間に有利な世界環境というのはなんだか味気ない。

 まぁこの辺はお遊びみたいなものだった。

 あまりに危険そうな生物はトコロゼブナが想像した魔族領という場所に追いやり、生み出した魔物の研究を少しばかりした記憶がある。

 その中で作った一匹の魔物……それがベチヌだった。


 私はそいつに血液を爆発させる魔法を持たせた。

 初めは自分の血液のみを爆発させる程度の物だったのだが、どうしたことか相手の血液も爆発させることができるようになってしまっている。

 爆発というより破裂させると言った方が表現的には正しいだろうが、私が設定したのは爆発だ。

 なので爆発、と言わせていただく。


 さてここからが本題。

 どうして魔族領にいるベチヌがこんな平和な土地に現れたのか、ということ。

 魔族領はここから非常に遠く、ワープゲートでもない限り簡単にはいくことができない場所だ。


 ああ、そういえば魔族領にはあいつが眠ってるんだっけか。

 いや、今はそのことは置いておこう……。


「で、なんでベチヌはこんな所に来たんだ?」


 自分の足でやってくるとは到底思えない。

 ベチヌは基本的に憶病であり、食料の少ない魔族領で生き永らえることができるように移動することはほとんどないはずだ。

 極力体力を消耗しない生活をしている。

 深海魚のように。


 でだ。

 ベチヌがここに自分から来るということは、絶対にありえない。

 となると可能性は限られてくる。


「だーれが、ここにベチヌを連れて来たんだ……?」


 いや、うん、これしかないだろ絶対。

 他の可能性もあるにはあるけどワープゲートの自然発生とかある訳ないし、こいつの卵がこの辺でふ化したとも考えられない。

 ってなると人為的に連れてこられたというのが一番筋が通っている。


 だけど誰が?

 何のために?

 これが分からないんだよなぁ……。


「調査するしかないかぁ」


 足を伸ばして枝から降り、綺麗に着地する。

 腕組をした状態で前鬼の里がある方向を少しだけ眺めた。


 宥漸君もこっちには来れないだろうし、調査するなら今しかないよね。

 さーてさて、どこから調べたものか……。


 実際手がかりは一切ない状況だ。

 分かっているのは誰かがベチヌをここに連れてきたということだけ。

 ベチヌは危険生物に認定されていたはずだ。

 それに戦った時、あいつは一切体に傷を負っていなかった。


 傷を一切付けずに運搬してくる方法……。

 そしてそんなことができる人物……。

 もし私と宥漸君がいる場所にピンポイントでベチヌを運んできたとなれば、私よりも強い人物が近くにいる可能性がある。

 元神様とはいえ、今の私は全盛期の百分の一くらいの力しかないんだもんなぁ。

 技能もまだまだ戻って来てないから、調査も少しだけしかできないかも。


 ベチヌと戦った時は宥漸君が居てくれたから助かったけど、いなかったら確実に死んでたからな。

 それに、自分よりも強い敵がいることは間違いない。

 ってなるとやっぱり単独での調査は無謀かな?

 なにがいるか分かったもんじゃないからなぁ……。


「これは少し作戦を変えよう」


 幸いにして、私には周囲の状況を確認することができる『空間把握』という技能がある。

 私がまだまだ小さい時でも使えたとても万能な技能だ。

 これを使って広範囲を調査しようと思う。


 ……もし、それが気付かれた場合は逃げるしかないかな。

 前鬼の里の鬼たちがこの森を調査しに来るまで隠れられれば、多分生きて帰れるでしょ。

 まずは敵の把握だね。

 よし、やってみよう。


「スー……。『空間把握』」


 自分を中心にして水面の様な波が外に広がっていく。

 その距離は昔よりも伸びており、この森全体を覆うことができる程だ。

 赤ん坊の時は魔力制御が上手くできなかったけど、五歳くらいになればできるようになるというもの。

 なんなら今が一番の伸び盛り。


 頭の中に大量の情報が入ってくるが、アマリアズは冷静にその情報を仕分けて整理していく。

 地形、動物、樹木や草、流れている川や空中を飛び回す虫などをジャンル分けしてマップを作り、そして今回の元凶を探し出す。

 ここにまだいるのかどうかは分からないが、ベチヌを連れて来た痕跡くらいは残っているだろう。


 探索範囲をこれでもかという程広げ、ついには前鬼の里も範囲に入った。

 隣にあるガロット王国という国までは範囲を広げられるが、今回は森の中を重点的に探し出す必要がある。

 広がった範囲を調整し、森の形に変形させて捜索の制度を上げていく。


「えっ」


 南。

 ここからはるか南に下ったところに、何かがあった。

 いや、これは何かではなく、“誰か”だ。

 その誰かは今アマリアズが見ている目線に、目を合わせてきた。


「!! 気配を感じ取られた!?」


 即座に『空間把握』を遮断したが、その瞬間誰かがこちらに走ってくるのが分かった。


 ヤバイ。

 ちょっと私失敗しすぎじゃない?

 えーっと……こういう時は……。


「逃げろ!!」


 脱兎の如くその場から駆け出したアマリアズは、前鬼の里へ向かって逃走した。

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