2.16.解体完了


 解体した肉を乗せる葉っぱを探してきた後、ご飯を食べてまたイノシシの解体作業を再開した。

 お肉は結構硬かったけど、食べられない程ではない。

 でもアマリアズにはちょっと硬すぎたらしい。

 まだ五歳だもんね。


 そんなこんなでイノシシの解体が何とか終わり、今は川辺で手を洗っている最中だ。

 解体した肉はアマリアズの今晩の食事になるらしい。

 アマリアズにとっては硬い肉だったが、小さく切って食べてを繰り返していたので食事自体は摂れたようだ。

 今晩もそんな感じで食べるらしい。


 はぁー……何とか解体は終わったけど……。

 もう夕方だよ。

 見えない状態でイノシシの皮を剥いで、部位ごとに肉を解体するのは難しすぎる。

 僕だって完璧に覚えているわけじゃないからね……。

 とりあえずできる限り正確に切り分けたつもりだったんだけど、アマリアズ曰く『骨に肉が付きすぎ』とのことらしい。

 頑張ったんだからちょっとは褒めてよ。


 手を洗い終え、軽く水気を払う。

 まだ少し油っ気が残っている気がするが、水だけではこれ以上落ちなさそうなのでこの辺にしておく。

 帰ったら改めて手を洗おうかな。


 すると後ろから声を掛けられた。


「こっちに置いてあるのが宥漸君の分ねー!」

「あ、わかったー!」

「じゃ、今日は僕帰るから、また明日よろしくね。ウチカゲお爺さんにベチヌのことちゃんと言っておいてよ」

「うん、そのつもり。でももしかしたらこの森に調査する鬼たちが入るかも」

「ああ、それもそうだね。まぁ宥漸君が来てるか来てないかは私なら分かるから、そうなった場合は前鬼城でその状態で日常生活を送れるように修行しておいてね」

「わ、わかった……」

「それじゃっ!」


 そう言うと、アマリアズは森の奥へと走って行ってしまった。

 昨日と同じ様に、途中で気配がフッと消えてしまう。


 やっぱりアマリアズって変な子だよなぁ。

 絶対に五歳の喋り方じゃないし、技や魔法のこともよく知ってるし。

 魔物のことも知ってるよね。

 修行のやり方もしっかりしてるし、どうしてそんな修行をするのかも教えてくれる。


「……んー、ウチカゲお爺ちゃんとは大違いだ……」

「私と何が違うって?」

「わああああああ!! あ、あれ!? きょ、今日はウチカゲお爺ちゃんに気付けなかったなんで!?」

「フフ、私はこう見えても隠密が得意だったのだ。昨日は宥漸に先に見つけられたからな。これならばどうだと思って近づいてみたのだが……。まだ私の腕も衰えてはいないらしい」

「む、むぅ……。やられた……」


 アマリアズの『木化け」並みに気配を感じ取れなかった……。

 ていうか音も何もなかったんだけど。

 今いる場所って川辺で、大小様々な石がごろごろしているところの筈なのに……。

 や、やっぱりウチカゲお爺ちゃんは凄いんだなぁ。

 声かけられるまで分からなかったんだもん。


 すると、ウチカゲお爺ちゃんが周囲を見渡した。

 眉を少し顰め、アマリアズが分けてくれたイノシシの肉を包んだ葉っぱを持ち上げる。


「……これは猪肉か。宥漸が狩って解体したのか?」

「そうだよ!」

「ほぉー……。目が見えないにしてはよく解体できている。だが宥漸。刃物はどうして手に入れた?」

「えっ!? あ、あーっと! あれ! 石を爆拳で砕いて、切れそうな石を……使った!」

「よく考えたものだ。ふむ、それならばこの肉の粗さにも納得がいく」

(む、むぅ……! 短剣使ったんだけどなぁ……!)


 実際のところ、宥漸が解体したイノシシの肉はこれでもかというほどボロボロだった。

 同じところに何度も何度も刃を入れてしまっていたので、肉が裂けて崩れてしまっていたのだ。

 上手く解体できたのは、内臓を取り出すまでだった。


 だけどウチカゲお爺ちゃんがすごく感心している。

 解体したイノシシの肉を見て何度も頷く。


「……獲物の位置も分かるようになったか。そして仕留められるだけの技量もある。あとは帰ってくるだけだな」

「が、頑張る……」

「では今日は帰ろう」


 昨日と同じ様にウチカゲお爺ちゃんが僕を肩の上に乗せてくれる。

 足をしっかりと持ち、そのまま前鬼城へと帰っていった。


 そうだ、ここでアマリアズに言われていたことを教えておかないと。

 ベチヌは確か魔族領にいるはずの魔物なんだよね。

 あ、そうそう……ベチヌっていう名前は出さないようにしないと。


「ねぇウチカゲお爺ちゃん。今日さ、血を爆発させる魔物を倒したんだけど何か知ってる?」

「……今なんと言った?」

「ち、血を爆発させる魔物」


 そう言った瞬間、ウチカゲお爺ちゃんの雰囲気が変わった。

 少し顔をゆがめ、義足の付け根を押さえる。


「ぐぬ……」

「え? えっ大丈夫!?」

「心配ない。幻肢痛だ。……待て、宥漸。今倒したと言ったのか?」

「う、うん。僕は硬いから……全部耐えられた。『ツタ縄』で捕まえて『爆拳』で倒したよ」

「……ふむ、分かった」


 義足の付け根をトントンと叩いて調子を確かめた後、また前鬼城へと向かって歩いていく。

 大丈夫かどうか心配になったが、普通に歩けているので問題はなさそうだ。


 だが、ウチカゲの頭の中は過去に戦ったことのある生物でいっぱいだった。

 あれが結局何だったかは覚えていないが、しっかりとその輪郭は覚えている。

 甲高い声で鳴いて自身の血液を破裂させる魔物。

 あの危険な存在の“一部”がこの近くに来ているのは、どう考えても異常でしかなかった。


 すぐにでもこの森の調査をしなければならない。

 そんな危険な存在がここに住んでいると知っていたら、宥漸を一人で放っておきはしなかった。

 安全が確保されるまで修行は一旦中止した方がいいだろう。


「宥漸。しばらくこの森を調査する。ゆえに前鬼城で修行の続きをしていろ」

「分かった」


 それから先は、一言も喋ることはなかった。

 ウチカゲは若干焦っており、少し速足で帰路についたのだった。

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