2.15.一人ですべてを


 半透明の短剣を持ってイノシシの前に立つ。

 ペタペタと体を触って教えてもらった位置に短剣を突き立てた。

 目が見えていればこれも簡単なんだろうけど、この状況では難易度が高い。


 と、とりあえずトドメはこれでさせたはず……。

 あとは血を抜いて……ってそういえば水がない。

 ウチカゲお爺ちゃんは水を使って血抜きをしてたもんね。

 でもあの川までは距離があるからなぁ。

 うん、今回は『ツタ縄』を使って中吊りで血抜きをしよう。


 良い位置にイノシシを持って行って、ツタで何とか宙づりにする。

 とりあえずこれで待っておけばいいはずだ。


「む、むぅ……難しい……」

「はははは、まぁ目隠しで日常生活ができたのであればもう大丈夫。次のステップに移れるよ」

「え、もしかしてまだあるの?」

「あったりまえじゃん。今は宥漸君の感覚を鍛え上げる修行だからね。戦闘修行はまだまだこれからだよ」

「大変そうだ……」


 終わりが見えたのに、全然終わりが見えなくなった。

 最後の修行の難易度が高すぎるよこれ。


 そういえばこのアマリアズが作ってくれた『空圧剣』の短剣。

 切れ味が凄い。

 イノシシの首も簡単に切ることができたんだもん。

 前鬼の里にある日本刀に比べると切れないけど、解体用としては十分な切れ味だ。

 でもこれ破裂するんだよね。

 持ってるとちょっと怖いんだけど。


「あ、そうだ。アマリアズ、僕はどれくらい日常生活ができるようになったら合格なの?」

「多分それはここじゃできないから、宥漸君が前鬼城に帰ってからの修行になるよ。ここでは予行練習かな。これからは慣れるまで狩りをして料理をしてっていう感じで修行をする予定だよ」

「りょ、料理かぁ……」


 あんまり料理は得意じゃない……っていうかほぼできないんだよね。

 お母さんが台所に立たせてはくれなかったし、手伝ったとしても道具の準備や片付けだけだった。

 こんな事になるなら、もうちょっと積極的に練習しておけばよかったかも。


 でもウチカゲお爺ちゃんが狩りのやり方だけは教えてくれてたから、そこだけは何とかなりそう。

 全部が初めてじゃないから、少しは楽ができるかな。

 とりあえず今は血抜きができるまで待つしかないね。

 座っておこう。


「はー……」

「早く目隠しが外れるといいねぇ」

「まだ取ってくれなさそうだなぁ……。でもウチカゲお爺ちゃんは一週間この状態で過ごしてもらうって言ってたんだよね」

「優しめの設定だね。まぁ何も掴めなかったら伸びると思うけど」

「やっぱり? でも今だったら外してくれそうなんだよねー」

「確かにね。でも今のままだとまた目隠しされるよ?」

「え、なんでなんで?」

「多分ウチカゲお爺さんは戦闘訓練だけを視野に入れて目隠し修行をさせるって決めてたはず。それが慣れてきたら今度こそ日常生活にもその修行を取り入れてくると思うよ」


 た、確かに……!

 だったら今の内にできるようになっておいた方が絶対に良いよね。

 あとでやり直しってなったら、僕心折れそうだもん。


 えーっと、今日で三日目だよね。

 てことはあと四日以内に日常生活ができるレベルまで頑張らないと駄目ってことか……。

 あ、そうだ。

 姫様とお話をしてみて何か参考になることがないか聞いておこうかな。

 それとウチカゲお爺ちゃんにベチヌのことを伝えておかなくちゃ。


 あっ、でもベチヌって名前を出したらだめだよね。

 僕そんなの聞いたことないから、どこで聞いたんだって言われちゃう。

 アマリアズから聞いてとはいえないし、この辺は隠しておかないと。


「ん~、ここでもやることいっぱいあるし、帰ってもやることいっぱいあるなぁ~」

「はははは、充実しているじゃないか。さ、そろそろ血抜きは良いんじゃないか?」

「え、でもウチカゲお爺ちゃんはもっと長くやってたよ?」

「……ぶっちゃけお腹空いたから早く食べたい」

「僕も!」


 隣りに置いてあった短剣を手に取り、ツタを操ってイノシシを地面に寝かせる。

 気配が完全に消えているが、うっすらとどこにイノシシがいるのかは把握できた。

 またペタペタと体を触り、どこに何があるのかを確認していく。


「おーい、それじゃダメだよー」

「ええー……」

「手で確認するのはだーめ。気配を感じ取れ~」

「無理だよ……」


 とりあえず内蔵を出すために、お腹を丁寧に開いていく。

 内臓を傷つけないようにして外へと掻きだし、地面に埋める。


 うへぇ、手がべとべとだ。

 あー、でも早く食べたいから今回はちょっと雑にしよう。

 もも肉付近の皮を剥ぎ取り、片足を切り離す。

 それをアマリアズに渡しておく。


「これお願い」

「はいはーい。骨付き肉でいいよね! あ、でも時間かかるか……。仕方ない、切り分けて焼いていこう。あ、これも直にやってもらうからね」

「が、頑張る……」


 本当に終わるのかな、この修行。

 とりあえずイノシシの解体を……あ!

 お肉を地面に置いちゃいけないんだった。

 どこからか大きな葉っぱを取ってこないとなぁ。

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