2.18.Side-ウチカゲ-精鋭四人


 急ぎ足で城下町門前に帰ってきたウチカゲは、宥漸に自分の部屋に戻るようにと指示を出して肩から降ろした。

 宥漸が走って戻っていくのを確認してから周囲を見渡す。


 急ぎ足で帰ってきたのでまだ日は完全に沈んでいない。

 あの場所から五分で戻ってきたのだから当たり前のことなのだが、それだけウチカゲは焦っていた。


 そこで門番の二人の鬼に目が行った。

 屈強な体つきをしている門番の鬼はどちらも大きな金砕棒を手にしており、薄い和服を着ている。

 どちらも大きな赤い二本角が頭から生えており、顔の厳つさを更に強調させていた。


 一人はカンヌキという名前の鬼で、彼は細目が特徴的だ。

 もう一人はカドマという名前をしていて、とても厳つい顔つきをしている。

 カンヌキは細目なのでカドマほどの厳つさはないが、彼が真剣になった時の威圧感はカドマを遥かに凌ぐ。

 ウチカゲは彼らに声をかけた。


「カドマ、カンヌキ」

「「はっ」」

「共に来い」

「「えっ?」」


 前鬼城城主であるウチカゲに何の説明もなく『共に来い』と言われれば、やはり困惑する。

 それについて行けば、門番としての仕事を放棄してしまうことになるのだ。

 大丈夫なのだろうかと首を傾げると、今度は違う人物の名前を呼ぶ。


「シズヌマ、タタレバ。出てこい」

「「ここに」」


 ウチカゲの後ろで跪いた状態で出現したのは、鋭く黒い一本角を有した二人の鬼だった。

 どちらも女性のようで、スタイルにあった忍び装束を身に付けている。

 だが肌が露出している部分は一切ない。

 自分の白い肌を隠そうとしているらしい。


 二人は同じ忍び装束なので見分けがつきにくいが、シズヌマは髪の毛が長く、後ろで一つに束ねている。

 タタレバの髪は短く、片目を包帯で隠していた。

 ウチカゲは気配で見分けがつくが、他の者は髪の毛の長さと包帯の有無で判別をしている。


 呼ばれたので出てきた二人だったが、どうして呼ばれたのかは理解していない。

 シズヌマとタタレバはどちらもウチカゲを守る護衛なので常に近くにいるのではあるが、こうして呼ばれることは滅多になかった。

 ということは何かとんでもなく重要なことをこれからするのだろう、ということは分かっていたのだが……。

 ウチカゲがここまでの精鋭を集めて何かするのであれば、一筋縄ではいかなさそうな話である。


 カドマとカンヌキは門番をしているが、その理由は“鬼の本質を知っている”からだ。

 前鬼の里で若くして鬼の本質を知っているのはこの二人しかいない。

 どちらも体に似合った怪力を有しており、ウチカゲはこの二人を戦力的に信頼を置いていた。

 なにが起きても守ってくれる、里の壁として。


 シズヌマとタタレバはウチカゲの弟子だ。

 彼女らはまだ鬼の本質を知らないが、若かりし頃のウチカゲと同じ程度には仕上げている。


 この四人は、前鬼の里の精鋭。

 彼らが集まって仕事をするというのは……これが初めてだった。


「……えーっとウチカゲ様。何をするので?」

「どこへ行かれるかも教えていただいて宜しいですか?」


 カドマとカンヌキがクエスチョンマークを頭に浮かべてウチカゲに問う。

 ウチカゲはその問いにコクリと頷くと、踵を返して先ほどいた森へと歩いていった。

 置いていかれないように四人も後ろをついて行く。

 気配でそれを感じ取ったウチカゲは、人差し指を立てて歩きながら説明する。


「……ベチヌが出た」

「「ベッ……!?」」

「……カドマ、ベチヌってなんですか?」

「しらね」


 シズヌマとタタレバはその存在を知っていた様で驚愕の表情を浮かべたが、門番であるカドマとカンヌキは知らなかったらしい。

 再び首を傾げた。

 そんな二人に説明することもかね、シズヌマが確認の意味も込めてベチヌの特徴を口にする。


「ベチヌって……自身と対象の血液を爆発させるという魔物のことですよね?」

「左様。それが森で出た」

「おいおい、なんだよそりゃ。怪我したらそんなん負けじゃねぇか」

「カドマの言う通りですね。俺でもそうなったら負けそうです。しかしウチカゲ様……何故そんな危険な魔物があの森に?」

「それを今から調べに行く」


 するとウチカゲは懐から魔法袋を取り出した。

 その中に手を突っ込むと、一つの武器を取り出す。


 腕に取り付ける熊手だ。

 刃である部分を収納したり展開したりできるカラクリになっており、それを腕に付けた後ガチャッと刃を下した。

 ウチカゲの利き手である右腕に取り付けられた愛用の武器。

 この意味を、四人は理解した。


「うっそだろおい……ウチカゲ様がそこまで本気になるんだったら俺も本気出さねぇと後でしばかれるじゃん」

「カドマ……。ウチカゲ様の前ではもう少し話し方を考てください」

「お前だって宥漸君の前では砕けるくせに」

「うるさいですよ」


 カドマとカンヌキが話している間に、シズヌマとタタレバは自分の装備を手にして既に戦闘態勢を整えていた。

 無駄口を叩かず、ウチカゲの行動の意味を即座に理解して実行する。

 これはウチカゲから教え続けられてきたことだ。


 それを見てさすがに空気を読んだカドマは、自分の金砕棒を肩に担いだ。

 カンヌキもやれやれと言った様子でカドマと同じ様に金砕棒を肩に担ぐ。


 すると、ウチカゲが急に止まった。

 後姿しか見ていない四人は彼の表情を読み取ることはできなかったが、なんだか異様な雰囲気を漂わせている。

 声をかけるのを躊躇ってしまったが、そこで空気を読まないカドマが声をかけてくれた。


「ウチカゲ様? どうしたんだ?」

「……今のはなんだ?」

「今の? ああー、俺は感覚的なことはさっぱりだ。おいシズヌマとタタレバ。何か感じたか?」

「私は何も……」

「同じくだ」

「つっかえねぇな! はぁ、で? なんだってんだよウチカゲ様」


 ウチカゲはその問いに答えはしなかった。

 眉を顰めたまま、その感覚が飛んできた方角を凝視する。


(……これは……応錬様の操り霞の様な……)


 そこでふと、その感覚が消え去った。

 離れすぎていて何か分からなかったが、この正体を探らずに終わってはいけないと体が叫んでいる。

 それに応えた時には、ウチカゲは今持てる全速力で移動を開始していた。


「ってウチカゲ様ぁ!!?」

「えっ!? はっや!? ちょ、ちょちょちょちょっと待ってくださいって! って聞こえないですよね! シズヌマ! タタレバ! 道案内を! ……って二人ともいねぇ!!」

「おおーーーーい!? 置いてくなお前らああ!!」


 完全に置いていかれたカドマとカンヌキは、三人が移動した方向を辛うじて確認して重量感のある足音を鳴らして走っていった。

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