1.6.宝魚の原に……
一生懸命石を運び、積んでは壊してを繰り返す様子を眺めていたウチカゲは困ったように小さく笑った。
あの年の子供が転んでも泣かず、放り投げた石が頭に当たっても傷つかず、何もなかったかのような様子で作業に没頭する様を見れば、誰だって何かがおかしいと気付くことができるはずである。
昔から彼のことを知っているウチカゲからすれば、この事は当たり前なのではあるが、他者から見ればこの様子がどのように目に映るのかは……想像に難くない。
以前、知らない間に鬼の子供たちと宥漸が遊んでいる時があった。
鬼たちは小さい頃から力が強く、制御が利かないことがしょっちゅうある。
昔はそうではなかったのだが、いつからかそうなってしまった。
子供の成長は著しい。
それは鬼の子供も例外ではなく、自分の力を制御できないと気付いてから約一年で普通の生活ができるようになる。
だがその一年間、及び、力の制御ができていないと気付いていない期間は、様々な物を壊したり遊び相手を傷つけてしまうことがよくあった。
今でもあるのだが、そんな子供たちと一緒に宥漸は遊んでいたのだ。
あの時はどうなるかと思ったが、肩を叩かれて地面に足が埋まっても平気な顔をしていた。
鬼は鬼の攻撃に若干の耐性がある。
しかし……宥漸は鬼の血を引いていないためそんなことはない。
スキンシップで取った行動が致命傷になりかねないのだ。
だが宥漸には何も効かなかった。
握手をしても、鬼の子供たちがふざけて石を投げ合って直撃した時も、強く背中を叩かれたりした時も平気な顔をして笑っていた。
宥漸は今、それが普通だと信じ切っているはずだ。
だからこそ……ウチカゲは彼を守るためにできる限りの時間を宥漸に使っている。
宝魚の原で眠る、とある人物のために。
ふと、対岸の宝魚の原を見る。
青々としていた草たちが色を付けていた。
風が吹かれると揺らめき、さやさやという音がこちらにまで聞こえている。
「……むぅ、歳を取ると、感慨深くなっていかん」
ふるふると軽く頭を振るって、宥漸を見てみる。
四苦八苦していたようではあるが、しっかりとした生け簀が完成しはじめていた。
そろそろタモに入れ続けている宝魚を向こうに移しても問題はないだろう。
立ち上がってそちらへと歩く。
宥漸が作った生け簀は丁度良い大きさで、同じ大きさの宝魚が後二匹くらい入りそうだ。
釣り上げた宝魚を入れ、自由に泳がせる。
「うむ、いいな。手慣れてきたか?」
「石が重い……。でも詰み木みたいで楽しい!」
「もう少し力を付けないとだな」
人並み以上に力があることも理解していない。
普通、宥漸と同じ歳の人間の子供が、これだけの大きな石を持ち上げるのは不可能だ。
鬼の子と遊んでいたら、その感覚も変わってしまうのかもしれないが。
……宥漸は、カルナ以外に人間との接触がない。
ここは鬼の里であり、カルナと宥漸は訳あって前鬼の里の近くにある家で過ごしてもらっている。
これが、一番良い選択肢だったからだ。
一般常識は前鬼の里でも教えられるが、人間の常識は教えられない。
そのことにウチカゲは一抹の不安を覚えているのではあるが、どう考えてもこれ以上上手く事を運べない事に歯がゆさを感じていた。
カルナと宥漸は“過去”の人物。
宥漸は歳が歳なので世間を知らないのは当たり前だが、カルナも知らないのだ。
どうすればいいだろうか、と頭を悩ませるが、やはり打開策は今のところ思いつかなかった。
「ウチカゲお爺ちゃん! 次の宝魚釣ろ!」
「そうだな。私も宥漸に負けてはおられんからな」
「へへー! 今は僕がゆーりだね!」
「ああ、そうだな」
可愛らしく笑った宥漸の頭をぽんぽんと撫でる。
親の心子知らずとはよく言ったものだ。
さて、宥漸の言った通り、釣りを再開することにしよう。
竿を取りに生け簀から離れようとした瞬間、何かの気配を感じた。
「……」
立ち止まってその気配の主を探し出す。
目を閉じて気配を辿っていると、魚が跳ねる音がした。
そちらの方を向いてみれば、宝魚が水面から跳ね上がって暴れている。
重力に従って再び水の中へと潜った瞬間、宝魚の十倍は大きいと思われる魚が宝魚を捕らえて飲み込んだ。
「わー!! なにあれー!」
「アシッドギル!? 宥漸! 下がれ!」
「え?」
ウチカゲがそう叫んだ瞬間、大量の水がこちらに押し寄せてきた。
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