1.5.巨大魚
ぽちょんっ。
ふよふよ……ふよふよ……。
川の流れはそんなに速くない。
だから投げ直す回数は少なく済んでいるけど……釣れない。
既に十五投目なんだけどなぁー。
ちらりとウチカゲお爺ちゃんを見てみる。
向こうも今は釣れていないっぽい。
だけど真剣に、黙々と投げ直しては流し続け、チャンスが来るのを待っている様だった。
でもウチカゲお爺ちゃん、ずーっと対岸にある宝魚の原を見てて疑似餌を見てない。
宝魚を釣る時は疑似餌をしっかり見ておかないといけないって教えてもらってた。
だからずーっと僕は見てるんだけど……。
ウチカゲお爺ちゃん、見なくても釣る方法知っているのかな?
「むむむむ、悔しい……」
長年の勘と熟練度の差は簡単に覆るものではないが、そんなことを子供が知るはずがない。
疑似餌を見ずに釣る、というのはなんだかとても格好が良く見えて、つい真似をしてみたくなってしまうが、そんなに釣りが上手いわけではない僕はしっかりと疑似餌を見て、目視でチャンスが来るのを待ち続ける。
糸がピンと張った。
竿を振って疑似餌を手に戻し、また上流の方へと放り投げる。
ぽちょんと音が立って虫が落ちたということを水中に知らせるが、やはり釣れるような気配がない。
今日は釣れない日なのかな?
でも大きい宝魚が釣れるってウチカゲお爺ちゃんが言っていたし……。
あ、時間の関係もあるのかもしれない。
もう少しのんびりしていてもいいかも。
バシャンッ!!
「……?」
僕が握っている竿についていた疑似餌の近くで、大きな魚が水しぶきを上げて跳ねる光景を見た。
少しびっくりしてしまったが、それよりも気になったことがある。
「あれ? 僕の疑似餌……どこ?」
「宥漸! 釣れているぞ! 竿を上げろ!」
「え!? ええっ!! そ、それー!!」
ぐんっと引っ張ると、竿がこれでもかというくらい曲がり、ゴンゴンゴンッという感触が手に伝わってきた。
今まで感じたことのない強い引きにびっくりしたが、足を踏ん張って何とか耐える。
だがそれよりも今釣れている大物が引く力の方が強かった。
竿が持っていかれる。
だが必死に握っているので体が川に落っこちる。
「わっ、わわわわっ!」
「っとと! よーし、もう大丈夫だ」
「ウチカゲお爺ちゃん! ありがとう!」
間一髪、というところでウチカゲお爺ちゃんが僕を掴んで竿を一緒に握ってくれた。
ずいぶん離れた場所に居たはずだけど……どうやってここまで来たんだろう?
でも今はそれよりも目の前に集中しなければならなかった。
魚が暴れ、竿がぐんぐんと引っ張り込まれる。
だが鬼のウチカゲお爺ちゃんがいるので絶対に負けることはない。
でもずいぶん慎重に釣り上げようとしているようだ。
「ウチカゲお爺ちゃん! もっと引っ張らないの!?」
「遊ばせて疲れさせるのだ。それに、無理に引いたら竿の方が折れる。そう言ったと思うが忘れたのか?」
「そ、そうだった……!」
「型がいい……。もう少し遊ばせてからタモで掬おう」
「分かった!」
宝魚が暴れれば竿を下げ、少し落ち着けばゆっくりと上げる。
これを繰り返して体力を削っていくと、次第に暴れる回数が減っていった。
そしてようやく、宝魚の顔が水面から出た。
大きく開いた口は何でも飲み込んでしまいそうだ。
口の中に疑似餌がしっかりと入っており、針がぐっさりと刺さっていた。
ずいぶんいい箇所に食い込んでいるらしく、あれであれば絶対に針が外れることはないらしい。
「ぅわー! おっきい!」
「うむうむ、良い型だ。ではそのままこちらに引き寄せよう」
「分かった!」
ぐいーっと竿を立てると、糸がこちらに近づいてきた。
それと同時に水面で口を開けている宝魚も近づいてくる。
あと少し……!
ウチカゲお爺ちゃんが片手でタモを準備し、そーっと近づけながら水面に浸ける。
頭から掬い上げるようにしてタモを動かしてしっかりと宝魚をタモの中へと入れた。
じたばたと最後の抵抗を見せたが、これに入ってしまえばもう逃げられない。
そこでようやく一息つくことができた。
「ふー! やった! やった!」
「ほぉ……今年の宝魚はずいぶん丸いな。よく肥えている」
針を外してくれたウチカゲお爺ちゃんが、タモの中に入っている宝魚をまじまじと見てそう言った。
そういえば、宝魚って前鬼の里でお祭りとして使うんだっけ。
収穫祭っていうお祭りがあるんだけど、その時に振舞う料理として使われたはず。
あれ美味しいんだよなぁ~……!
お刺身っていうらしい。
酢飯? っていうご飯の上に乗っけて食べるお寿司も美味しい……。
前鬼の里には美味しいものがいっぱいある。
「フフ、これはあの方が喜びそうだ」
「……ウチカゲお爺ちゃん、あの方って誰?」
「ん? ……ああ、口に出ていたか……。歳をとると、どうも独り言が多くていかんな」
「独り言かー」
「うむ、独り言だ。さて、生け簀を作っておこうか。作り方は知っているな?」
「だいじょーぶ!」
魚を釣った時は、持って帰るまで生け簀を作って生かしておかなければならない。
そうやって教わった。
水がないと生きられないから、浅瀬に石をたくさん積んで石の生け簀を作るんだ。
宝魚は大きい魚だから、少し大きめに生け簀を作らないといけない。
それに合わせて、簡単に壊されないように作る。
できるだけ大きな石を運んできて、それを並べていけばいい。
手ごろな石を見つけた僕は、すぐに持ち上げて走る。
だがそこでステンッと転んでしまい、思いっきり顔を大小様々な石が転がっている河原にぶつけて滑った。
更に上に放り投げてしまった石が頭にゴチンッと当たる。
「宥漸!」
「なにー?」
「……はは、まったくあの人譲りだな……」
何事もなかったかのようにむくりと立ち上がって、顔についた汚れを簡単に払う。
先ほど頭にぶつかった石をもう一度持ち上げ、浅瀬に生け簀を作っていく。
それを見ていたウチカゲはなんだか複雑な気持ちになりながら、その様子を見守っていたのだった。
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