1.4.宝魚釣り


 釣り具を取りに屋敷を出ると、沢山の鬼が慌てるようにして集まってきた。

 ウチカゲお爺ちゃんはここのお屋形様なので、こうしてふらりと何処かへ行ってしまっては困る、とのことらしい。

 だが僕が隣にいるということを知って、鬼たちは一斉に状況を理解した。


 ウチカゲは何故か宥漸という子供をとても大切にしている。

 その母親、カルナも同様に。

 若い鬼たちはもちろん、老齢の鬼たちでもその理由は知らないが、鬼ではない人間の子供が物珍しく可愛がっているのだろう、ということで話はまとまっている。

 とはいえその執着は異常だ。

 この子が一歳にも満たない時から、ずーっと構っているのだから。


「……ウチカゲ様ぁ……。宥漸君が可愛いのは分かりますが、城主たるもの職務を疎かにしてもらっては……」

「今日の仕事は既に終わっている。白書院の違い棚に書類は置いているからあとで確認しておくれ」

「ぐぬ……」

「ではせめて御付きを」

「不要だ。各々に任された仕事を全うせよ」

「ウチカゲお爺ちゃん、まだ行かないの?」

「ああ、そろそろだ。では頼んだぞ」

「「ウチカゲ様ぁー……」」


 がっくしと肩を落として諦めた鬼たちは、大人しく見送ってくれたようだ。

 どうして引き留めたのかあまりよく分からなかった僕は、そのままウチカゲお爺ちゃんについて行く。

 倉庫から釣り道具を取り出したあと、お母さんと一緒に来た道を辿るようにして降りていった。


 前鬼城は広い。

 二の丸から三の丸はずいぶん遠回りをして降りなければならなかった。

 どうしてこんな迷路みたいな造りをしているんだろう、と疑問に思いながら、大手門をくぐる。


 すれ違う鬼たちはウチカゲお爺ちゃんを見て驚き、深々と頭を下げて挨拶をしていた。

 彼らに一言かけながら、ウチカゲお爺ちゃんは笑顔を向ける。


「人気者だねーウチカゲお爺ちゃん」

「宥漸はそう思うのか?」

「違うの?」

「ううむ、少し違うかもしれないな。とはいえ、宥漸には少し難しいか」

「そんなことない! 人気者だもんウチカゲお爺ちゃん!」

「ではそういうことにしておこう。さぁて、私も久しぶりに休めそうだ」


 そう言って腕を伸ばし、肩を鳴らした。

 どうやらあまり休めていなかったらしい。

 こうして外に出るのも久しぶりだと、小さく呟いた。


 それから城下町を出て、田んぼや畑が並んでいるあぜ道を通る。

 収穫時期が近いのか稲は金色色になっており、風が吹くたびに気持ちよさげに揺らめいていた。

 僕たちも風に背を押されるようにして歩いていくと、森に入る。

 整備された道を進んで行けば小川の音が聞こえはじめ、水の匂いが濃くなっていく。

 そしてようやく、宝魚が釣れる川までやってきた。


 ここは数回来たことのある場所だ。

 前もウチカゲお爺ちゃんに連れられて魚釣りをしたことがある。

 大きな川で、対岸までは距離があり、その奥には高原が広がっていた。


 あの高原の名前は宝魚の原ほうぎょのはらっていうらしい。

 初めて宝魚を釣った場所だったから、そういう名前が付いたんだって。

 結構そのまんまだね。


「ふむ、この辺りでいいか」

「ここで釣れるの?」

「多分な。宝魚は大きい魚だから釣るのが少し難しい、ということは前に教えたな?」

「覚えてる! 無理しちゃうと竿が折れちゃうんだよね」

「その通り。鬼たちはこれで力加減を覚える者も多い……」

「ウチカゲお爺ちゃん、早く釣りしようよ」

「そうだな」


 その場にストンと座り込んだウチカゲお爺ちゃんは、荷物をすべて地面に置く。

 釣り竿に巻き付けてあった糸を解き、ピンと張って針に餌を取り付けた。

 宝魚を釣る時に使う餌は疑似餌だ。

 大きな羽虫に見立てた疑似餌を上流の方に投げ、流れに任せて流させる。

 糸が張るまで流し続け、糸が張ったらもう一度投げ直す。

 この繰り返しだ。


 とても簡単な釣り方なので僕でも簡単にできる。

 でもこの釣りで難しいのは、待たなければならない事。

 楽をして歩きながら流し続けると、宝魚が足音を聞いて逃げてしまうんだって。

 だから一つの場所にじっとして、何度も投げ直さなければならない。


「じゃ、僕こっちで釣るね!」

「では私は下流の方で釣ろう。川に落ちないように気を付けるんだぞ」

「大丈夫!」


 釣りは好きだし、二回くらい宝魚は釣ったことがある。

 でもその時は結構小さめだったんだよね。

 今度こそは、大物を釣ってお母さんをびっくりさせるぞ!


 僕は自分の竿を持ち、ヒュッという音を立てて上流に疑似餌を投げた。

 あとはこの繰り返しだ。

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