1.3.ウチカゲお爺ちゃん


 前鬼城二の丸御殿。

 大きな大手門をくぐり、警備をしている鬼たちに挨拶をしながらいくつかの階段を上がっていくと、お目にかかることができる。

 純和風建築の造りとなっている屋敷は外から見ているだけでも圧巻するほどの厳格さを有していた。

 昔ながらの工法で造られた柱や瓦は存在感が強い。


 とはいえ小さい子供にはその価値が一切分からない。

 玄関の格子扉をガラガラッと開け、靴を脱いだ。


「おじゃましまーす!」

「あ、ちょっとこら、宥漸待ちなさい」

「えへへー!」


 手に持っていたかごを頭に乗せて、廊下をぱたぱたと走っていく。

 縁側を走り抜け、曲がり角を曲がって幾つもある襖を通り過ぎた後、一つの部屋の前で立ち止まって襖を開ける。


 そこは白書院という部屋であり、言うなれば仕事部屋だ。

 中は書院造りとなっており、掛け軸と違い棚、天袋てんぶくろが見える。

 その中央手前に、一人の老人が座っていた。

 巻物と和紙が何枚か隣に積まれており、それを手に取って内容を見ている。

 必要があれば筆で書き直し、もしくは新しい和紙に文字を書いて届けさせるために専用の漆塗りの箱に仕舞い込んだ。


 老人は少し長くなった白髪をかき上げていた。

 白い一本角は綺麗であり、少し長い。

 顔に深く刻まれた皺が老齢の鬼だということを教えてくれるが、彼の目だけは未だに若々しい力が籠っているように見えた。

 細い体つきをしており、鬼にしては頼りなさそうではあるが、彼はこの前鬼の里で一番強い実力を持っている。

 並の鬼では手も足も出ないだろう。


 老人は藍色の和服を着ており、それには背中に前鬼の里の家紋が刺繍されていた。

 番傘の後ろに、長い日本刀と鞘が描かれている。

 それらを囲む円は鈴を模しているようで、一部だけ欠けていた。


 老人の姿を見てぱぁっと明るくなった僕は、名前を叫ぶ。


「ウチカゲお爺ちゃーん!」

「お? おおー、宥漸か。なんだ、もう来たのか?」

「久しぶりー!」

「ああ、久しぶり」


 ぽーんとダイブして飛びつくが、全く微動だにせず僕を受け止めた。

 ぽんぽんと頭を撫でてくれる。


「宥漸、母はどうした?」

「あとで来るよー! ねーあそぼー!」

「鬼の遊びは危ない。……が、宥漸なら問題はない、か。では何をするか……。そうだな、釣りなんてどうだ? そろそろ秋となり宝魚ほうぎょが旬となる。今でも十分良い型が釣れるはずだが……」

「魚釣り! 行く!」

「では準備しないとな」


 そう言うとウチカゲお爺ちゃんは隣にあった書類をすべて机の上に置き、巻物と書類に分けておぼんの様な入れ物に分けた。

 立ち上がって違い棚に置き、上に着ていた羽織を脱いで専用の羽織掛けに掛ける。

 ウチカゲお爺ちゃんの左足は膝から下がない。

 なので鉄の義足をしている。

 これはウチカゲお爺ちゃんにしか理解できない構造をしているらしく、修理なんかは自分でやっているみたい。


 するとお母さんが丁度やってきた。

 すぐに軽く頭を下げ、にこりと笑う。


「こんにちはウチカゲ」

「ああ、こんにちはカルナ。何か困っていることはあるか? なんならこちらに居を構えても良いのだが……」

「大丈夫よ。あの人が帰ってくる所があるなら、あそこで十分」

「……前にも言ったが……あのお方たちの封は……」

「うん。知ってる。でも大丈夫」


 何の話をしているんだろう?

 ウチカゲお爺ちゃんが少し困っているような顔をしているけど、お母さんは明るく振舞い続けている。

 悲しい話?

 よく分からない。


 ウチカゲお爺ちゃんは小さく息を吐いてから、気を取り直したように話し始める。


「宥漸が遊べとしつこくてな。釣りにでも行こうと思うのだが、カルナはどうする?」

「お買い物をしてから農作業の勉強をするわ。いつもの田んぼにいけばいいかしら?」

「ああ、それで構わない。しかし今日は畑の方で収穫作業があったはずだ。そっちの経験もしてみるといい」

「ありがとう。じゃあそうさせてもらうわ。宥漸、お利口でいてねー?」

「大丈夫!」


 元気よく返事をしたあと、お母さんは一度頭を撫でてから部屋を出て廊下を歩いていった。

 ウチカゲお爺ちゃんがもう一度ため息をついたが、一つ頷いて明るく振舞う。


「よし、宥漸。行こうか」

「うん!」

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