1.2.家族


 目が覚めた瞬間掛けられていた布団を蹴飛ばし、ベッドの上で立ち上がる。

 周囲を見渡して自分の服を見つけ、いそいそと着替えて寝室から飛び出した。


 子供は歩くのが苦手である。

 彼……宥漸ゆうぜんもそれは同じであり、基本的に走って移動することがほとんどだ。

 そこまで速く移動はできないが、子供の体力は無限に近い。

 できるだけ足音を立てないように移動するが、やはりバレてしまうものなのだろう。

 廊下を走って玄関の扉を開ける一歩手前で、誰かに首根っこを掴まれる。


 優しそうな顔をしている女性で、髪の色は茶色。

 すらっとした体型だが、その首根っこを掴んでいる手の力は強かった。


「わっ! わー! また見つかったー!」

「朝ごはん食べてから行きなさい、宥漸ゆうぜん

「はーい」


 やれやれといった風に困った笑顔をしているのは、僕のお母さん。

 名前をカルナ。

 いつもこうやって抜け出そうとするけど、どうしても捕まってしまう。

 しっかり周囲を確認しているのにも拘らず、急に出てくるんだ。


 どうやっているのかは分からないけど、捕まったら放してくれないので大人しく朝ご飯を食べることにする。

 本当ならすぐにでも外に出て遊びたいのだが、こうなってしまったら仕方ない。


 リビングへと入り、用意されていた朝食を食べるために椅子へと座る。

 手を合わせてから匙を手に取り、スープやパンをゆっくりと食べていく。

 うん、美味しい。


「ねぇお母さん、今日は何かするのー?」

「今日はそうねぇ。ウチカゲの所で畑を手伝おうと思ってるわ。宥漸ゆうぜんも来る?」

「ウチカゲお爺ちゃん!? 行く!」


 ウチカゲお爺ちゃんは、昔からお世話になっている鬼という種族の人物だ。

 鬼の中でも最高齢の鬼で、本当にいろんなことを知っている。

 性格も非常に優しく、いろんな鬼から慕われていてとても頼れる鬼だ。


 僕もそんなお爺ちゃんが好きで、よく一緒に遊んだりしてもらった。

 久しぶり、とまではいかないが、会えるとなればすぐに支度をしたい。

 朝ご飯を口の中いっぱいに詰め込み、咀嚼して飲み込む。

 置いてあったミルクを飲んで流し込み、椅子から立ち上がった。


 早く会いに行きたい!

 ウチカゲお爺ちゃんがいる場所に行くのに、なにを準備すればいいかはもう覚えている。

 服装はこれでいいとして、帽子と鞄、あとは籠を持っていかなければならない。

 向こうに行くといろんな物を貰えるので、こうして入れ物を準備しておくのだ。


「お母さんこれでいいー!?」

「いいわよ。じゃあ荷物持ち頼めるかしら?」

「できる!」


 それくらいなら簡単だ!

 少し大きめの籠をしっかりと持って、玄関へと歩いていく。

 前が見えなかったので思いっきりこけて頭を打ってしまったが、すぐに立ち上がって扉を開けた。


「え!? ちょっと大丈夫!?」

「なにがー? 早くいこーよ!」

「さすがねぇ……」


 なぜか納得した後、お母さんは必要な荷物を持って玄関の扉を出た。

 しっかりと戸締りをしてから歩いていく。


 ウチカゲお爺ちゃんの所までは数分歩けば辿り着く。

 もうすでにお城が見えているから迷子になることは絶対にない。


 お城は一度だけ建て直されたらしいが、ほとんど昔通りの造りとなってその場に鎮座している。

 大きなお城の手前には、これまた大きな城下町が広がっており、多くの鬼たちが行き来していた。

 畑仕事をしたり、荷物を巨大な手押し車で運んだり、出店を出して商売をしたりと様々だったが、ここにいるのはすべて鬼。

 それもそのはず。

 ここは鬼の里、前鬼の里なのだから。


 今歩いているところは城下町の外に広がっている田んぼ、という畑だ。

 あぜ道を歩いている道中畑仕事に区切りをつけた鬼たちが休憩していたので、そこに元気な声で挨拶をする。


「こんにちはー!」

「やぁやぁこんにちは! 今日はどこに行くのかな、宥漸ゆうぜん君?」

「ウチカゲお爺ちゃんのとこ!」

「殿様のことお爺ちゃんとか言う奴なんて、宥漸ゆうぜん君しかないよなぁ……」

「いや、うん。まじで」


 呆れるような、感心するような表情で頬を掻いた鬼たちは軽く笑い合った。

 何か変なことを言っただろうか?


「カルナさん、また何か必要な物があれば言ってくださいね」

「ありがとうございます。そろそろ寒くなってきますので服や布団が欲しくて今日は来ました」

「おお、だったら俺の実家に寄っていきなよ。呉服屋やってるからさ! 布団とかは殿様に聞いた方がいいかもなぁ」

「分かりました。では行ってみます」

「気をつけてねー」


 手を振ってくれたので、僕も振り返して城下町へと入っていく。

 ここにいる鬼たちはいい鬼ばかりだ。

 こうして挨拶をして、挨拶が返ってくるだけで気分がいい。


 上機嫌に歩いていると、城下町の門に辿り着く。

 そこでは大きな鬼が二人、金砕棒を手にしてこちらを睨んでいた。

 なんだか真剣な様子だ。

 こちらも負けじとむむむっと睨み返すと、二人の鬼が盛大に笑う。


「はっはっはっは! いやぁすまんすまん。ていうかお前怖がらねぇな!」

「こわくないもーん!」

「お前の目力がまだ足りねえってよ」

「おいマジかよ……」


 困ったように頭を掻く大きな鬼と、茶化して楽しそうに笑う鬼。

 良く構ってくれる二人の鬼だ。

 何をされたって二人の性格を知っているので、怖くもなんともない。


 二人はその後すぐに通してくれた。

 城下町の中へと入り、目的の場所まで進んで行く。


 目指す場所は……前鬼城二の丸御殿である。

 

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