1.7.不意に出た爆拳


 数百年という歳月は、弱かった魚が強くなるための進化を果たすのには十分な時間だろう。

 アシッドギルもその一匹であり、屈強で大きな肉体を手に入れた。

 川の中での生態系でトップに君臨するほどの力を有しており、使用することのできる魔法も多い。


 水流操作。

 これもアシッドギルの一つの魔法である。

 水の流れを急激に変更することができ、陸上にいる生物にも襲い掛かってくるという危険な魚だ。


 先ほど跳ねた際に、こちらに気付いたのだろう。

 ギョロリとした目玉がこちらを向いたのが分かった。


 咄嗟にウチカゲお爺ちゃんは叫んでくれたけど、そんなすぐに反応できるはずがない。

 ドドドドと大きな音を立てながら迫りくる水に成す術もなく飲み込まれようとした時、咄嗟に腕を振るった。


「わああああ!!」


 カッ!!

 水滴を払いのけようとした瞬間、周囲が明るくなる。


「え──」


 ボオオン!!

 大きな爆発が発生した。

 爆発の威力はなかなか強力で、押し寄せて来た水をすべて弾き返してしまった。

 大量の水を押し返すほどの爆発は、小さな宥漸を簡単に吹き飛ばしてしまい、森の中へと入っていってしまう。


 先ほど作った生け簀は破壊され、砂利や石、岩までもが宙を舞った。

 近くにいたウチカゲは危険を察知し、咄嗟に距離を取って事なきを得たようだったが、波に乗ってこちらに来ようとしていたアシッドギルは大きなダメージを負ったらしい。

 硬そうな鱗が剥げ、痛そうに水面で暴れている。

 あれだけの爆発を喰らって生きているのが不思議なくらいだったが、それよりもウチカゲは宥漸が気になった。


「宥漸!! 無事か!?」


 あの技には見覚えがある。

 まさかこんなに早く発現するとは思っていなかったウチカゲは少し焦ったが、遠くから聞こえてくる『だいじょーぶ!』という声を聞いてほっと胸をなで下した。


 やはり問題はなかったようだ。

 とはいえ普通なら大怪我を負っている爆発だった。

 大丈夫だと分かっていても、あれだけの爆発を目の前で見せられてしまっては不安になるというもの。

 本当に心臓に悪い。


「さて、やってくれたな雑魚め」


 大事な宥漸に襲い掛かった罪は重い。

 ウチカゲは手の中に黒い粘液質の塊を呼び出し、それをアシッドギルに向かって全力で投げる。


「闇媒体」


 ゴウッ!!

 腕を振るっただけだったが、それだけで爆風が発生して周囲の木々を大きく揺らす。

 凄まじい音と共に投げ出された粘液質の丸い塊は、周囲の石ころを吹き飛ばし、水面すれすれを走れば水が少し裂け、途中で鋭い槍のような姿になった。

 光に弱い闇媒体ではあったが、これは自分の影を使っている為少しは光に耐性がある。


 黒い槍はアシッドギルに向かって直進し続け、投げ出されてから一秒も経たずに突き刺さった。

 刺さった場所はアシッドギルのエラだ。

 だがまだ動いており、何ならこちらに攻撃をしようと再びこちらに体を向けようとしていた。


 そこでウチカゲが手をグッと握り込む。

 次の瞬間、突き刺さった黒い槍と同じ色の針がアシッドギルの体中から突き出してきた。

 中から飛び出すようにして出てきた黒い針は、骨や目玉、頭から尾にかけて細かく突き出している。

 何が起きたか分からないまま、アシッドギルはぼちゃんと水面に体を叩きつけてぷかぷかと浮いた。

 しばらく痙攣していたが、ほどなくして動かなくなる。


 握っていた手を緩めると、黒い針が引っ込んで粘液質の黒い塊がポンッと宙に浮いた。

 それは水面をぴょんぴょんと跳ねてウチカゲへと戻って来て、最終的には影に入り込んで消えてしまう。

 そこでようやく、ウチカゲは小さくため息をつく。


「ふぅ……。まだ、衰えてはいないな」

「ウチカゲお爺ちゃーん!」

「無事で何よりだ。だがどこか痛まないか? 怪我は?」

「痛む? んーー、大丈夫! それよりも見た!? 見た!? なんかさっき、僕ボーン! ってできた! あれなにかな!?」


 凄い勢いで転がっていったけど、結構面白かった。

 途中で木にぶつかってなかったらもっと転がって行けたのになぁ。

 だからもう一回やりたい!


「ウチカゲお爺ちゃん! あれもう一回やりたい! どうやったらいいかな!?」

「ふぅむ……。あれは危険だ。人に向けてはいけない技……」

「そうなの?」

「ああ」


 ウチカゲお爺ちゃんはまた困ったような笑顔を僕に向けた。

 こうして笑う時は、いっつも何かを隠している時だ。

 だけどウチカゲお爺ちゃんの言うことは聞いておかないと大変なことになることが多い。

 だから僕は素直に頷いた。


「じゃあ……使わない」

「よろしい。しかし、これはどうするか……」


 苦笑いしながら、ウチカゲお爺ちゃんは川に浮いているアシッドギルを見た。

 倒した手前、放置するわけにもいかないのだろう。


 そういえば、この魚について一回教えてもらったことがある。

 強い酸っていう液体を持っている魚で、あんまり美味しくないらしい。

 胃の中で作り出す酸は何でも溶かすことができるから、本当にいろんなものを食べてしまうんだとか。

 ここまで体が大きくなるのも納得だ。

 いろんなものを食べる雑食系の魚なので、その身は美味しくないのだとか。


 なんでいろんなものを食べると、美味しくなくなるんだろう?

 いっぱいいろんなもの食べた方が大きくなれるってお母さん言ってたのに。


「あっ。でもウチカゲお爺ちゃん、アシッドギルのお腹がお薬になるって言ってなかったっけ?」

「ああ。胃袋を水に浸して酸を抜き、次に煮込めばとろみのある液体が抽出できる。それが酸で負傷した怪我を直す塗り薬になる」

「……えーっと……?」

「フフ、宥漸の言う通り、薬になる」

「だよね!」

「となればやることは一つだな……」


 ウチカゲお爺ちゃんが川へと歩いていき、水の上を歩く。

 アシッドギルの頭を片手で持ち、ぐんっと持ち上げる。

 自分よりも大きい魚を軽々と持ち上げている姿は異様な光景だったが、もう見慣れてしまった。


「よし、帰ろうか」

「えー! 宝魚逃げちゃったのにー!」

「フフ、まぁいいではないか。薬師が喜ぶぞ?」

「むぅー」


 もう少し釣りを楽しみたかったけど、魚の死体を放置するのは良くない。

 それに生き物の素材から作る薬は鮮度が大切、ってウチカゲお爺ちゃんから聞いた。

 より良い薬を作る為に、持ち帰るのであれば早く持って帰らないといけない。


 なので渋々ながらも釣り具を片付け、ウチカゲお爺ちゃんと一緒に帰ることにしたのだった。

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