死神アレン〜出会った時から別れは決まってる〜 KAC20227

天雪桃那花(あまゆきもなか)

死神アレンが恋をした

 ――俺は死神だけど、恋をした。


『君の寿命はあと一日。

 俺は因果な職業に就いている』



      ◇◆◇



 俺は死神、死ぬ運命の人間に死ぬ数日ぐらい前から寄り添い、死んだら魂をあの世に連れて行く。

 正確には、天国事前診断ルームに連れて行く。ここまでが俺の仕事。

 魂を天国行きか地獄行きかを、判断するのは冥界の神々と天使の仕事だ。


 人が死んで魂だけになると、良からぬモノ達が魂をさらいに来る。

 そいつらは魂をいたぶったり喰らったりするから、たちが悪い。

 そいつら……、魔物や悪魔は人間の無垢な魂を狙っているのだ。

 だから俺達死神は、神々の命により魂を迎えに行くんだ。

 彷徨ったり迷ったりしないように。

 稀に未練を断ち切れずに現世に残りたがる魂がいるが、おすすめはしない。悪霊化すれば、魂はどす黒くなり罪が増える。

 何度か死神が出向き、成仏するよう説得はするのだが、たいがい意固地になってしまい我々死神の言うことを聞かない魂は存在する。

 無理矢理連れて行くことは、死神には出来ない。権限がないからだ。

 あくまでも穏便に自らの意思で天に昇ることが、最優先となる。

 命が尽きれば、今生は終わりだ。

 魂で浮遊し続けることは、人間世界の道理や規則を破り流転の流れに反している。

 


 悪人は当然裁きにあって、地獄で懺悔し罪を償うまで魂が浄化されない。

 浄化されない魂は永遠に近い時を地獄で過ごすとされる。

 その辺はよくは知らない。

 俺達死神の管轄外だからだ。

 人間世界では死神は誤解されている。俺が死を連れて来て、魂を奪うのではない。

 死は決まっている。

 誰も逃げられない。

 死なない人間などいないのだ。

 人間一人一人には、この世で生きるために与えられた時間が存在していて、死もまた決まっている。

 俺は死んだ魂を守り連れて行く道を司る神ではあるが、死のタイミングを決めているのは俺ではない。

 俺は魂の守り神だ。

 保護し、悪魔どもから守り、天に送り届ける。

 人間世界の言葉でいったら、お姫様を全力で守る騎士ナイトやヒーローみたいなもんだろう?

 この武器の大鎌は魂を狩るのではない、魔物や悪魔と戦う為にあるんだ。

 

 天国に行く時には、人間は全記憶は消去削除される。

 人は前世を覚えていては新しい生を生きられない。

 ところがごくたまに天国のシステムエラーにあい、魂の記憶浄化が完了していない人間が混ざっている。

 今回の担当するしずかもそんな一人だった。

 俺のことを覚えているというのだが……。


     ◇◆◇


「私とあなたは出会いと別れを繰り返しているの」


 儚い少女に見えた。

 俺は幼くして亡くなる魂を不憫に思う。

 死神だって感情はあるんだ。

 どうして皆、長生きをして、たっぷりと『生きること』を謳歌してから亡くならないのだろう?

 人は愚かだが美しい。

 俺は今回の担当の少女を見て、そう強く思う。

 神々の定められた寿命で生きるのに、生き方やどう過ごすかは人間自身が決める。

 だからこそ、争いや不幸は無くならない。

 神々が何もかも決めてしまえばいいのに。

 一様に幸せな人生を送らせてやればいい。

 俺がそう言うと君は言った。


「それではお人形さんみたい」

「決まりきった与えられるだけの幸せや決まりきった人生のシナリオで生きることは、神の傀儡だと言うのか?」

「それでは、生きるとは言わないわ」

「……。では幸せとはなんだ?」

「思い出して、アレン」


 静がゆっくりと言葉を発する。

 刹那、脳裏に駆け巡った光は思い出の数々を甦らせる。


「ああっ! あぁ、そうだっ。……俺は君に恋をしたんだ。君を好きになってしまったんだ」

「そうだよ、アレン。私とあなたは恋に堕ちたの。あの時から私たちは何度も巡り合う恋人同士。出会いと別れを繰り返してる」


 こんな残酷なことがあるか。

 死神と人間の時は違う。

 俺たちの時が合わさり交わるのはしずかが死ぬ間際と天国に昇るまでの、僅かな時間だけだ。

 こんな愛があろうか。


「この特別な時間は、誇り高く忠実に職務を全うする死神である君への、天からの贈り物だよ」


 俺と馴染みの天使がそう言った。


 今回はしずかとして生まれた俺の恋人は、病院の白い部屋でずっと眠っていた。

 ただ刻々と死に向かって流れる時間は、体を動かすこともなく眠り続けていた。

 今は魂が体から抜け出している。


「やっと会えたね、アレン」

「君はあと一日の寿命だ。二十四時間しかないんだぞ。俺と会ってる場合か! 目を醒まして起き上がり、この世界で何かやり残したことをやるとか……」

「ねえ? アレンは私と会えて嬉しくないの?」

「嬉しいさ、嬉しいけれど……」


 君は毎回生まれても、純白で純真無垢な魂のままだ。

 要するに、人間世界では恋も喜びも辛酸も経験しないで、何も生きたという証もないまま亡くなっていくだろう?

 たぶん、俺のため。俺に会い、たった数時間を恋人として過ごすためだけに……。

 そんな――

 君の一生を無駄にしている。


「大丈夫。私は犠牲だとか思わない。だってあなたに会いたかった」


 俺は君に会いたい、君会いたさ一心で、死神を続けているのだと思い知った。

 俺と君は二十四時間とちょっとの逢瀬を重ねる。それは幾百回め?

 二十四時間とちょっとの恋人。


 ――そして。

 俺も君も忘れる。

 何もかも忘れる。

 君を天空に送り届けたら。

 また、何もない愛を知らないただの死神に戻るんだ。

 君はまたただの魂になる。


 君が生まれて、死を迎える数時間前になれば思い出す。

 何度も何度も繰り返してきた君との出会いと別れ。


 なぜ、愛してしまったんだ。

 俺を――

 なぜ、愛してしまったんだ。

 君を――


 死神と人の恋は、報われることなどなく。

 ただ、深まれば深まるだけ、決して抜け出せない。

 互いへの愛情は枷になり、互いをえにしで縛りつけていく。


 俺なんかどうなってもいい!

 いつか彼女を、どうか人のことわりに戻してやってくれ。


 神に叫ぶ願いは届かず、俺はまたしずかの手を離し天空に渡す。


 繰り返される出会いと別れ。

 でもまた会いたいと願う心が片隅に隠されているのだろうか。





 今日も俺は魂を迎えに行く。

 限りない仕事だ。

 人が地上に生きる限り、神が俺に与える限り、続いていく。

 色んな魂と出会い守り、時には天空まで魂達とお喋りをしたり身の上を聞いてやる。

 俺は死神として一途に職務をこなす。

 それは――

 ……とても大切なもののため、だったよな?

 そんな気がする。


       了



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