気持ちが落ち着いた所で、椅子に座り、彼と言葉を交わしていた。


「僕、ウルズ・スタフォードに興味があって、こうして昔の本を読みながら彼女のことについて調べているの」

「どうして興味を持ったの? あんな大昔の存在、名前を知る機会なんてあまりないと思うけれど」

「最初は、魔術の本を売りに来た魔法使いの人が、本の査定中に話してくれたのがきっかけだったんだ。吸血鬼って、人間とはあまり関わらない種族なのに、ウルズ・スタフォードは積極的に協力してくれて、そのおかげで、魔法の研究がかなり進んだんだって。僕は使ったことないけど、魔法を使ってる人達を見たことはあるから、すごいことをした方なんだなって、それで調べたら、面白い話やかっこいい話がいっぱいで、もう止まんなくなっちゃって!」

「……そう」


 きらきらと輝く紫の瞳に、それって人間側の印象よね、なんて、とても言えない。

 私が聞いた話では、母は……。

「お姉さんも、ウルズ・スタフォード好き?」

 私の思考を遮って、彼が問い掛ける。

「僕の知らないウルズ・スタフォードのこと知ってたし、好きなんじゃない?」

「……」

 難しい質問だ。

 私にとって、両親はどうでもいい存在だった。

 彼らを探すことより、旅を楽しむことを優先するくらいには。

 物心つく頃には傍にいなかったし、もう、何の感情も湧かないと思っていたのに。

「そう、ね」

 似ているのかどうかも分からない絵を、彼らの名前を目にして──今、沸き上がってくるこの感情は、何なのか。

 意味もなく、胸に手をあてる。

 彼は不思議そうに私を見ると、

「……僕、もっとお姉さんと話したい」

 ぐいっと近付いて、そう口にする。

「僕はシリウス。シリウス・クラウン。お姉さんはなんてお名前なの?」

「私?」

「そう!」

 力強く頷かれ、少し迷う。

 言うべきか、言わないべきか。

 かなり母に興味を持っているみたいだし、フルネームを口にしたらどんな反応をするのか。

 ちらりと様子を窺えば、

「……!」

 見えない尻尾が、彼の背後で忙しなく動いている。

 何でそんな、期待に目を輝かせられるのか。

「……オールド、ローズ」

「オールドさん?」

「……」

 誤魔化す?

 オールド・ローズだって。

「ミス・オールドだね、じゃあ」

「……」

 いや、きちんと名乗ろう。

 爛々と輝く紫の瞳を前に、誤魔化しをしたくない。

「……スタ、フォード」

 初めて目にした時からずっと、気になって仕方ない。

 ──宝石みたいに、綺麗なんですもの。

「オールドローズ・スタフォードよ」

「……スタフォード?」

 ぱちん、と瞬きを一つ。

「ウルズ・スタフォードと一緒だっ!」

「娘だからね」

「……へ?」

 一瞬、沈黙。

 すぐに、

「えぇっ!」

 椅子から立ち上がるくらい驚かれた。

「え、娘? 娘って、子供?」

「子供」

「子孫じゃなくて?」

「子供」

「じゃあ、吸血鬼なの?」

「そうなるわね」

「へぇ……」

 まじまじと私を見つめてくるから、少し気恥ずかしくなってくる。

 思わず視線を逸らせば、ははは、なんて笑い声が聴こえて。

「なら、僕の知らないことを知っていても、不思議じゃないね」

 屈託のない声に、悪意など微塵もなく。

「……あまり一緒にはいなかったから、話せることはないかもしれない」

「それでも別にいいよ」

 そう言われ、手を差し出された。

「僕はあなたと話がしたいんだ、ミス・オールド」

「……」

 小さな手。

 それでも、お嬢様よりは大きい。

 二分にも満たない間眺めると、そっと、その手を握った。

 すぐに握り返される。

「時間はまだ大丈夫? そろそろ朝になるけれど」

「あぁ……」

 耳をすませば、もう、雨音は聴こえてこない。

 窓を見れば、ほんのり外が明るい。

 お嬢様が起きるまでに、帰らないと。

「……そうね、今回は」

「そっか、残念。でも正直、眠くなってきちゃったかも。雨の日って妙に眠れないはずなんだけど、止んだからかな」

「……眠れないの?」

「そう。まぁ、ウルズ・スタフォードのことを調べられるから、いいんだけどね。ミス・オールドにも会えたし」

 そういうことをさらっと言う。

「……なら、こうしない?」

 私も毎夜出歩けるわけではないし、それなら、

「次に雨が降った夜に、また会わない?」

 窓に視線を向けたまま、問い掛ける。

「……私も、あなたと話したい」

 嫌じゃなければ、と。

「もちろんだよ!」

 即答だった。


「なら、雨が降ったら、会いましょう」


 以降、雨が降った夜、私は本屋へと出掛け、そこでシリウスと朝まで話す。

 彼が調べてきた母のことについて。

 私が見てきたものについて。

 ただ、会話を楽しんだ。

 ──彼が大きくなるまでは。

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