俺たちの別れは突然に〜寂しき俺らの愛の行方〜

宮瀬優希

【俺は君を……愛しているよ】

『好きだよ』

それは、遠い遠い昔の記憶。記憶も霞むほど、遠い昔──華奢な身体で俺を抱きしめ、彼女はふんわりと笑って言った。朝日に照らされる彼女の姿は、空のような美しさと儚さを秘めていたっけ──……。


あの時と同じ丘の上、俺は遠い昔の記憶を想起していた。あの時と同じような空が広がり、遠くから波の音が聴こえてくる。「あの時と同じ」俺にはそれだけで充分だった。ただ一つ、違うことがあるとするのならばそれは……

「彼女が居ないこと、か……」

自嘲気味に俺は言い、朝日の眩しさに目を細めた。


彼女との出会いは突然だった。物心ついたときにはもう側にいて、二人で一緒によく遊んだ。彼女は艷やかな黒い髪をなびかせ、いつでも朗らかに笑っていた。

中学、高校、そして大学。俺は将来の夢を叶えるために、せっせと勉学に励んだ。それは彼女もまた同じで、大学まで、一回も離れることはなかった。ただの偶然、俺は学生のときまでそう思っていた。俺は君を愛しているけど、君が俺を愛していることはないだろうと。無駄な期待はしないでおこうと、そう思っていた。しかし、大学卒業の年の春、彼女ははっきりとこう言ったのだ。

「好き。これからもずっと、あなたの側に居させて……?」

サァァァァと降り続く雨の中、彼女は俺にしがみつき、小さく、でも確かに彼女は言った。

その後、俺たちは一回も別れることなく一緒に過ごした。楽しげに「暑いね」というと、彼女もやはり「暑いね」と返してくる。そんな、穏やかで尊い関係だった──


「ごめんね」

彼女はある日突然、俺に言った。とても悲しげに微笑んで、同じ丘の上で、同じ時刻にそう言った。訳がわからなかった。つい昨日まで楽しく笑い合っていたのに、こんなにあっさりと別れを告げられてしまうのか。やり場のない感情が、俺の中に渦巻いて行く。

「待って……、行かないでよ……。俺は、君が……ケイちゃんが居ないとっ……」

「好きだよ」

一言一句違わぬ言葉。……その言葉に、俺への愛はどこにも無かった。

「私はあなたのこと、好きだよ。……でも、もう終わり。……幸せになってね」

「まっ……!」

「さようなら」

彼女はそう言い、二度と帰ってこなかった。


「どうして、どうしてなんだよっ……!」

あの時のことを思い出す度に、ホロリホロリと涙が溢れる。ああなる前に、もっと出来ることがあったはずだ。彼女をここに留めておくために、俺は、何をした……?まさか、彼女が離れていくなんて考えず、のうのうと生きてきてしまったではないか。どろどろと、あの日の感情が再び溢れ出す。この傷が永遠に癒えることはないだろう。涙に濡れる顔を上げ、心の底から、俺は彼女への思いを叫んだ。


「俺は君をっ……愛してるよっ!!!戻ってきてよ!毛衣けいちゃああああああああああああん!!!!」


毛衣けいちゃんはもう、俺の頭のどこにも居ない。42歳。若くして毛という衣を失った頭が、朝日に照らされつるりと光った。

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