第13話 明夜との関係

「俺が、樹で育った?」


『そうだ。お前の母親は、樹の巫女だったからな。』


はぁっ!?美和子さんが?

だが、とは?


「俺の母が、樹の巫女...。

じゃあ、美和子さんも蝕妖に襲われやすかった?

というか、過去形ということは、今は樹の巫女ではない?」


『その通りだ。昔、美和子はよく襲われていた。

だから、神徒がついていた。それが、俺だ。』


「っ!!!」


俺は、自分の母親と鏡の中の男が昔、関わりがあったことに少なからず衝撃を受けた。

そんな昔話を、今まで聞いたことがなかった。


『樹の巫女は、子供を子宮に宿して産み落とすと、樹を失い普通の人間になれるんだ。

自分の胎児の成長に、自分の中の樹を栄養として使うからな。

そうすると、人間の場合、普通の人間よりも強い赤ん坊が生まれる。

強いと言っても、風邪をひきにくいとかそのくらいなんだが。

だから美和子の場合、長子、つまりお前を産み落とした瞬間、樹を使いきって、樹の巫女じゃなくなった。

そこで、安全になったから、俺の役目が終わって神界に戻ったわけだ。』


なるほど、俺、今まで知恵熱以外の風邪を引いたことがなかった。

これは、樹の恩恵だったんだな。


「それで?いいとこ取りって言ってたということは、まだ何かあるんでしょう?」


すると、明夜は、言いづらそうに口を開いた。その表情は、真剣そのものだ。


『.....そうだ。



実は....、お前は...、



人間と神徒のハーフなんだ。』


「『..............。』」


シーンっと、会話が止まった。

何を言ってるのか、全くわからない。

処理落ちしたパソコン、ブラック画面になった気分だ。

なんならショートも起こして、煙も上げようかな。


.....ハーフって、なんだっけ?

あれだよな?人種が違うものが、メンデルの法則のように重なって、劣勢遺伝子と優勢遺伝子があって....??

白人の金髪と、アジア人の黒髪なら黒髪が勝って....


ん??

でも俺....、人種?、じゃねぇな。

神徒は、人じゃないもんな。


えっ?

もしかして、猫と犬が、交尾して犬が生まれちゃったみたいな感じか?

それって、ハーフって言うか??

キメラじゃね?

俺、血液検査とか引っかかったことないけど。尿検査も引っかかったことないけど。

ちゃんと、人間だよな??


「ハーフ??俺、人間じゃない?」


口に手を当て、悠夜は慄いた。

眉尻も下がり、悲壮な顔になる。顔色もこころなしか白い。


『何か、良くない想像してそうだな、その顔は。

安心しろ、お前は人間だ。古来より、人間と神徒の子は、人間と決まってる。

だから、万が一科学研究所に連れて行かれても、お前は人間となんら変わらん。実験動物になることはない。』


よかったァァァと、悠夜は全身から力が抜けた。


『だが、混じった人間は神徒の力を常に纏っている。だから、蝕妖には美味になる。気をつけろ。』


「気をつけろって言ったって....

逃げるしかないのに、どうすんだよ....」


乾いた笑いを、口から漏らすしかない。

がっくりと脱力した。


『まぁ、そう落ち込むな。

ダメで元々で、今日はちょっと試してみたいことがあってな。

実は、お前のような神徒混じりの人間の中に、まれに神徒の能力が使える奴がいるんだ。

そこで、今日はそれを使えるか試してみようと思う。』


「え?俺もでっかいカタバミとか、うねうね伸びる蛇結茨ジャケツイバラとかが、出せるかもしれないのか??」


『そうだ。』


まじか!?

俺、ふっつーの男子高校生じゃないかもしれないのか?

ちょっと、それはヤベェなっ!!滾る!!


「ど、どうやって出すんだっ!?」

と、食い気味に鏡に顔を近づけ問いかけた。


『お、おう...。ちょっと、離れろ。圧が凄いな...。びっくりしたぞ。』


目を輝かせた悠夜は、鏡から離れ、姿勢を良くして次の言葉を待つ。


『まず、教えるにあたり言っておきたいことがある。

普段この時間は、俺の本来の護衛の時間なんだ。蝕妖の活動時間だからな。

だが、教えるに至り、この時間じゃなければならない理由があって、今日だけは特別待遇だ。

だから、まじめにやれよ。

明日以降は、日が出てる時にしか話しかけれない。』


明夜が、真剣な顔で注意を促すが、別に日中の方が俺は助かる。

今の時間は、丑三つ時でめちゃくちゃ眠い。


『お前、鏡もう一つあるか?』


「あるよっ!はい、これ!」

嬉々として、カバンからダイソーのデカデカ鏡を出した。


さぁ、未知なる超常現象を俺に授けてくれ!


『よし、じゃあそれと今の鏡を向かい合わせにしろ。』


その言葉を聞いて、スンっとテンションが下がった。

夜の合わせ鏡は、昔から凶兆って言われている事柄だ。


「え?美和子さんに、夜に合わせ鏡をすると、異界の門が開くから、してはいけないって教えられてるから無理。」


悠夜はにべもなく断ったが、明夜はそのことを肯定した上で促してきた。


『それは、本当のことだ。

だ・か・ら、あえて合わせ鏡にするんだ。

異界の門を開く必要があるから言ってる。

早くしろ。』


なんだかわからないが、指示通りに鏡を向い合わせにする。

これでいいのか?

俺、とんでもない罰当たりなことしてないよな....


若干、不安になりながら、鏡と鏡を合わせると、鏡の中の鏡に、明夜が無限に映りこむ。

ここまでは、普通の現象だ。

しかし、ピカリと、一瞬、鏡が自ら強い光を出してからが普通じゃなかった。


「っ!?」


信じられないことに、無数の鏡の中の虚像が、グネグネゆっくり渦を巻き始め、一つの像にまとまり出した。


息を飲み、鏡の変化を見守っていると、やがて鏡の真ん中の空間から指が出てきた。


指っ!?と、ビクッと目を見開く。


異界の門が開いたのだ。


指、腕と続け様ににょろりと出てきて、数秒のうちに人間がヒョイっと着地した。


悠夜の目の前には、鏡に映っていた男が立っている。

モデル並みに足が長くて、スラリとした体躯の緑の毛髪の美青年だ。


周りには、気のせいかもしれないが、やはりキラキラしたエフェクトが舞ってるように見える。

実際、部屋が薄暗いのにそこだけ明るく見えているので、紛れもなく光ってるのだろう。


「よっ、と...。

やあ、悠夜。実際にはちょっと違うが、初めましてだな。」


ニヤっと白い歯をチラリと見せて、笑いかけられた。

今まで鏡を通して、しゃべっていた男が目の前にいる。

なんとなくワクワクと興奮を覚える。

俺は、不可思議な現象に慄くよりも楽しむたちだ。(バケモノは別だが...。)


「はじめまして。

俺は、佐々木悠夜。高校一年になった。」


対峙した明夜が、悠夜の挨拶を受けて、目を細める。

そして、悠夜を上から下までじっくり観察すると、慈愛の表情を浮かべた。


おぉう....、男なのにドキッとするような微笑みだな。

落ち着いた話し方だったから、結構年上かと思っていたけど、こうしてみると鮫島さんくらいか?


「...でかくなったな...。」


思わずと言ったように、明夜はつぶやいた。

それに、やっぱりと思い至る悠夜だった。


まるで、小さい頃に会ったことがあるようなセリフだ。

先程も初めましてじゃないと言っていた。

鏡を通して会話していたからだとも思ったが、明夜の懐かしむような表情に、心臓が早鐘を打つ。


この神徒は、今までの会話でなんて言ってた?

俺は、神徒のハーフって言ってた。

そして、美和子さんの護衛がこの目の前の男だ。

母親の近くにいた神徒が、この人。導かれる答えは、一つだろう...。

俺も、ハーフと聞いた時にもしかしてと思い至った。

まだ確定ではなかったが、縁を感じて、会話も敬語を取り払った。

さぁ、答え合わせをしよう。


「俺と前にも会ったことが...?」


「あぁ。悠夜が、赤ん坊の時にな。」


明夜の目尻にいっそう皺が刻まれるほど優しい笑みが深まる。

やはりこの表情は、生半可な関係の人物にするものではない。

もっと、他の、大事な恋人や、家族に対する愛情が含まれたものに感じる。

やっぱり......


「それは...、美和子さんの樹がなくなるまで担当していたから、生まれたばかりの俺とも会ったことがあったってこと?

それとも....。


あなたが、俺の、..遺伝子学上の父親ってことであってる?」


緊張により言葉の最後、声が掠れてしまった。

目は真っ直ぐ逸らさず力強く見据える。

グッと握った拳が、痛い。

心臓は絞られるかのように苦しい。


さぁっ!答えを言ってくれ。


体の奥から緊張が溢れて、体が震える。


一瞬のこの時間が、とてつもなく長く感じる。

やがて、明夜が口を開いた。


「そうだ。お前は、俺の息子だ。」




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