第12話 鏡の男との再会

ある夜、

ベッドで寝ていたら、声が聞こえた。


『....おい.....おい......、お、...きろ、

おいっ!起きろ!!起きろっ!!

おーきーろー!!!』


は....、なんか声が聞こえる?

でも、ここは俺の部屋だ。

俺以外には母である美和子さんしか家にいない。

なのに、男の声がするなんて....ありえない。


うん、気のせいだ。

よしっ、俺は寝る!


声は、聞かなかったことにした。


『ちょぉーッ、待てぇぃっ!!

寝るな、寝るな!気のせいじゃないぞっ!!

起、き、ろ!』


今度は、キレ良くツッコむ声が聞こえる。


んん?気のせいじゃないのか?

だが、そうだとしたら幽霊だな。

うん、これは目を開けたら呪われるな....。


間違いない無視一択だ。


ぎゅーっと目を閉じて、布団を被った。


すると、やっぱり男の声で叱責される。


『無視すんじゃねぇー!!

起ーきーろっ!起ーきーろっ!

蝕妖しょくように、喰われたくなければ今すぐ起ーきーろっ!!』


んん?ショクヨウ??


こないだのバケモノの名前が、聞こえたので、ガバッと布団を跳ね除け、目を開けた。


周りを見渡す。


だが、やはり俺以外誰もいない。


でも、依然として声がする。

んん?やはり幽霊か??


『よ〜やく起きたか....。

お前、けっこう図太い神経してるな。


......そういうところ、美和子そっくりだ。』


最後の方は、ボソボソ言っていたので良く聞こえなかったが、呆れた声が聞こえてきた。


「えーっと、幽霊さんですかぁ?」


『違ぇよっ!!ちゃんと、実体がある!

今は、遠くにいるから鏡からしゃべってんだ!』


ん?鏡ぃ??


首元に目線を落とすと、チャラさんからもらったペンダントトップの隙間から、ぼんやりと光が漏れていた。


慌てて、カラクリを操作して鏡を開く。

鏡を覗き込むと、


なんと“人”がいた。



誰だ??



鏡には、目が覚めるような緑色の髪を、腰まで伸ばした美青年が映っていた。


顔立ちは、日本人とは違う。

でも外人とも言えないような...。

違和感がある外見であった。


とにかく鼻筋が、日本人にしては高すぎる。

顔のホリの深さも、日本人じゃない。

ローマ人だ。

つまり、風呂に入った阿○寛だ。


しかし、顔の造形に反して、目の虹彩が濃い色のため、白人っぽくは見えない。

真っ黒ではないが、深緑に近い黒だ。

つまり、瞳はアジア人の特徴である。


親近感が湧くような...湧かないような....。

どっちつかずの顔の印象。


そして、鏡に映る体躯は、スラリとしていて、なんというか儚げ?って雰囲気がする。

後ろにキラキラしたエフェクトが見える気もするな。


なんだこのひと?

イケメンには違いないんだが、しっくりとこない。なんて言うか、人間っぽくない。


一言で言うなら、神秘的って言葉になるだろうか。いや、中性的?



「えー、コンニチハ?ハロー?グーテンモルゲン?ニーハオ?ナマステ? ジャンボ??

....どれかアッテマースカー?」


ナニ人か結局わからないため、思いつくまま他国の挨拶をしてみた。


すると、また呆れられた。


なんだ、その目は!?

俺は、断じてネジが抜けているようなアホではないぞ!

あんたの特徴が、あべこべなのが悪いんだ!!


『すごいな...。

よくそれだけ、ポンポンっと他国の挨拶が出てくるな。頭はいい...、のか?

だが、最後のジャンボはあり得ない。

俺の肌を見ろ。黒人ではないだろう。

それに、今俺がしゃべっているのは日本語だ。普通、日本人だと考えないか?』


「いやぁ、その顔で?

日本人はないでしょう...。」


俺も負けじと、お前アホか?と言う目で見てやった。


ふむ、そうだろうか...と、顎に手を添えながら考え込む美男。

結局、この常識がズレていそうな美青年は、誰なんだ?俺になんの用が??


「ところで、あなたは誰なんですか?

声からすると、こないだ助けてくれた鏡の妖精さんですよね?

それと気になってたんですけど、あの時なぜ、俺の名前を知ってたんでしょう??最後、俺の名前呼んでくれましたよね。」


ついでに、先日、去り際に名前で呼ばれたことが、俺の中でモヤモヤと引っかかっていたので尋ねた。

すると、鏡の男は、順番に答えはじめる。


『俺は、神徒シトだ。

鏡の妖精ではないが、こないだ助けてやったのは間違いない。


それから、お前の名前を、知っていた理由は後で話す。長くなるからな。』


長い理由があるのか。それは一体どんな理由なんだ?気になるけど、仕方ない。


「わかりました。

とりあえず、貴方はシトさんっていうんですね?」


『違う、それは名前じゃない。

種族だ。

名前は、明るい夜と書いて、明夜という。』


はぁ、やれやれって目で見るんじゃない!

誰って聞いたら、普通は名前を答えるのが常識だろう!

俺は、できない子じゃない!

さては、お前、不思議ちゃんだな!


ピキっと、こめかみに力が入ったが、とりあえず会話だ。初対面の人に、怒るほど、人間できてないわけじゃない。

若干顔が引き攣りながら、俺は会話を続けた。


「シトが種族で、名前が明夜さんですね。

ところでシトってなんですか?シトなんて種族、初めて聞きました。」


『漢字で書くと神様の神に、生徒の徒って書いて神徒しとになる。

字の通り、神さまの下に存在する種族だな。』


んん?

なんかいきなり壮大な設定がブッ込まれたぞ?

神?


「な、な、なるほど。

日本で言うところの神様の御使いさまですか?

いつもアリガトウゴザイマス??」


とりあえず、神様の類ならぞんざいに扱ったらバチが当たりそうだ。

尊崇なる気持ちをあらわしたほうがいいのか?とプチパニックになった俺は、意味もなく御礼が口から出た。


しかし、相手はお気に召さなかったようだ。

睨まれながら、威嚇された。

意外に柄が悪いようだ。


『あ゛あ?お前、何言ってんだ?

別に何もお礼を言われることはしてないぞ。』


「ですよね〜。」

へらっと笑いながら、同意する。


「えっと、じゃあ。神徒ってどういう存在なんですか?」


『神徒は、神の手足になって働く下ボク、、じゃないっ!

働き蟻とか蜂??違うな...、召使い?....。』


今下僕って言いかけたよな。

言い直したものも、どうかと思うが...。


明夜が、うまい表現を探して色々呟くが、全部が全部、あまり良くない印象の単語であった。

出てきた単語を要約すると、とにかく、全てにイエスと言いながら働く、日本の社畜のようなものだろう。

だとしたら、ちょっと不憫だ。


ややあって、明夜がポンっと手を叩く。


『そうだっ!神の代行者ってところだな!』と、満足げに言いきった。


そのあと、ブツブツと小声で『....うん、なかなかいい表現だ!これなら、神にも文句は言われないし、なんとなくカッコいい。完璧だ....』と自画自賛している。


小さい声で呟いているが、全部聞こえている。

なんだが、哀れに思うのは気のせいか?


結局、神様の手と足となって働く種族ってことはわかったが、それでも神徒のイメージが全く湧かない。そもそも神様が何をしているのかも知らない。

もっと詳しい仕事内容をプリーズ!!


「で、具体的には何をしているんですか?」


『色々あるが、今俺がしている仕事は、ほとんどが封印と護衛だ。』


「封印?こないだのバケモノの?」


そうだと言った明夜は、化け物について説明し出した。


曰くあれは蝕妖といわれるものらしく、人の精神を喰べる生命体で、形はさまざまであるらしい。

たまたま、今回は緑の粘液を纏ったやつだったそうだ。


はるか昔、神様が人間を生み出した時の副産物が蝕妖だった。

人間を生み出した時に出た、くずゴミや余り物が集まって、蝕妖が生まれてしまったらしい。


いわば、人間のなり損ない。

ゆえに、人間に対する渇望を抱えているため、人間を襲うそうだ。


なにそれ?ホラー映画のゾンビじゃね??


『昔は、神徒もたくさんいたから、余裕で全部の蝕妖を封印できた。

だから、今の世の中で蝕妖なんて存在、知られてなかっただろう?

せいぜい、妖怪や悪魔の類ぐらいしか知らなかったはずだ。』


俺は、黙って頷き、話を聞き続ける。


『本来なら、はるか昔に封印したものが綻びだす前に術を再度かけ直すことで、平和を維持できていたんだが....。

だが、ちょっとした事情で、最近は、封印の修復が追いつかなくなって....。

だから、古くなった封印が壊れちゃってなぁ...。ゴニョゴニョ

それで今回お前たちを襲った蝕妖は、間に合わず封印が解けてしまったものの一つになる。』


「ちょっとした事情ってなんですか??」


決まりが悪いようでゴニョゴニョと尻つぼみに言葉を発する明夜さんに、どんな事情があったのか気になったので聞いてみた。

そのせいで、俺が見る人見る人蝕妖じゃないかと人間不信になりかけてるんだから、聞く権利はあるだろう。


明夜は、頭をガシガシとかきながら、

『あー、それ気になるよな。

....まぁ、神徒も万能じゃないってことだ。

神徒だって、人間と一緒で、楽したいって普通に考える。』と、気まずそうに前置きを話し出した。


悠夜は、目で話の続きを促す。

軽く頷いた明夜は、再び話し出した。


『つまりな、全ての封印が終わった後、俺たち神徒は、やることがほぼなくなったんだ。

それで、これ幸いと何をするでもなく、グータラしていたわけだ。

そうすると、役割もない神徒が大量に残る。

だから、人員を増やす必要性がなくなって、繁殖の必要性も感じなくなって....。ゴニョゴニョ...


だから、気づいたら、うっかり神徒の数が減ってて!

いざ封印が脆くなった時には、人材不足に陥っていたってわけだ....。』


えー、神世界でも少子化問題?

いや、老人が増えてるわけではないから、ただの絶滅危惧種か?

大丈夫か?神世界?


それにしても神徒には、人間の本能である性欲みたいなものがないのか?

そもそも繁殖は、神徒も性行為で成されるものなのか?

それとも分裂??


首を傾げる俺の様子を無視して、明夜さんは説明を続ける。


『順番に封印はしてるんだが、今回みたいに間に合わないものが最近では多々あるんだ。

人間を喰う前なら、蝕妖が日中祠で寝ている間に術をかけ直せばすぐに解決するんだが....。

今回は、既に喰っちまってるからな。

すぐに対処できない。』


「なぜ?どの蝕妖も日中、祠に帰るんでしょう?

人を喰っていると術を跳ね返されたりするんですか?」


『そうじゃない。封印自体はできる。

だが、それをすると喰われた人間の精神も道連れに封印されちまうんだ。

人間は、精神が抜けたままだと、衰弱して死ぬしか無くなる。今は、点滴とかで延命はできるが、それはそれだ。何も処置しなければ死一択だ。

しかも、最終的に肉体が死んでしまったら、輪廻の輪にかえることが出来ない。

魂の一部が、欠けているから異物として輪から弾き出されるんだ。』


「それは、まずいじゃん。多分だけど、輪廻大事っ!」


『そうだろう?神も、神徒も、それは望まない。

魂が輪廻できないと、生物の総数が減るからな。

だから、蝕妖を滅消させ精神を解放してやるか、蝕妖を弱らせたうえで、喰われた人間の精神を解放してから祠を封印するか、の2択なんだが。

滅消させるには、神徒の数が圧倒的に足りない。

お前の護衛にまわせないほどの人材不足の現状では、滅消はまず無理と考えてほしい。』


「じゃあ俺は、どうしたらいいんでしょう??」


『とりあえず、逃げるしかないな。こっちもどうしようもない。

俺が行ってやりたいが、今、じゅの巫女をひとり守っているから、なかなか難しいんだ。』


また、新しい用語だ。


「樹の巫女??」


『人間の女性には、胎に樹を持ってるものがいるんだ。それを樹の巫女という。

樹は、蝕妖の大好物で、これを喰べられると我々にとっても人間にとっても、厄介になる。

蝕妖に神に近い能力が備わってしまうんだ。

すると、何が起きるかというと、神界、人間界を巻き込んだ厄災が起きる。』


なるほど、樹というのは、蝕妖にとって手っ取り早いパワーアップアイテムか。


「それは、確かに不味いですね。

ですが、そもそも俺はなぜ狙われてるでしょう?

樹は、女性にしかないものなんでしょう?」


『あー、それはだな...。

まず、蝕妖の好物の一番は、樹を持った女。

2番が、俺たち神徒。最後に人間全般だ。

しかし、神徒には抵抗する術があるから、滅多に喰おうと襲ってこない。逆に滅消される可能性があるからな、蝕妖も馬鹿じゃない。


それで、お前は、あーなんというか....。

この好物のいいとこ取りをしたような存在なんだ。』


んん?いいとこ取り??


『樹こそ持ってないんだが、樹を使って育った赤子だから人間の中でも美味しい部類になる。』


ん?樹を使って育った?

どういうこと??







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